2020年7月14日 (火)

あの日から


朝方の雨がやんで、曇り空です。
去年のこの日も、雨模様でしたね。
急にいなくなってしまって、もう1年ですか。
なにしておりますか。
さみしいとは言いたくないのですが、やっぱりさみしいです。
たまには連絡をください。
どうでもいいこと、どうでもいいお知らせなんか書いて、せっせとメールをくれたじゃないですか。
ときどき返信がとどこおったこと、後悔しています。
そういえば、書籍の仕事が終わっても、あいかわらずかんらん舎に出かけているわたしに、あらたまって「ほんと、ありがとう!」と言ったことがありました。つい目が泳ぎそうになりましたよ。だれが、だれに、なんの「ありがとう」なのか、よくわからない。そういう「ありがとう」、ときどきありましたね。
だれかに代わって、だれにでも「ありがとう!」って。

新橋で大酒を飲んだ日。
約束していた掛け軸サイズの絵を、わたしが10枚ばかり持っていきましたね。欲しいという見知らぬ客に一枚あげたら、ほかの人ものぞきに来て、たちまちなくなりましたっけ。でも、大切な友人の供養に描いた弥勒菩薩だけは手元に残したはずでした。
あまり愉しく飲んだので、その1枚も気がつけば、どこかにいってしまいました。
1年ほど後、お店のどこかにあったその1枚をあなたが届けてくれました。
「だめじゃない、こういうものはちゃんと持っていないと」
ていねいに包装紙で包んでくれておりました。夏の暑い日でした。で、ウナギの串焼き専門だという駅前の珍しい居酒屋で、薄暗くなるまでひとしきり飲みました。すでに咳はひどくなっていましたね。
でも、あれが最後の酒宴になるとは、思いもしませんでした。その秋には、容易に出かけれない状態でしたものね。
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1年のうちに、供養のために1枚描こうと思ったのですが、いまだ描けていません。でも、もう描くものはわかっているんです。いい紙がありますので、もう少し暑くなったら、天気のいい日に墨を摺ります。
で、その紙に、気持ちよく墨と水を流してあげるつもり。

               駒村吉重拝

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2020年7月 9日 (木)

このごろのこと

雨だから早く帰ろうと思うのに、なぜかぼんやりとターミナル駅の書店に立ち寄ってしまいました。新刊書店をのぞくのって、考えてみれば久しぶりです。ひょっとしたら、ことしに入って初めてかもしれません。

いずれどこかの古書店で見かけたら買おうかと思っていた新書と文庫を一冊ずつ、あと予約注文の本と一緒に引き取る予定だった1冊を加えた計3冊をバックパックに入れたらずいぶん重くなってしまいました。こういうときほど、電車の座席には敬遠されます。

最寄り駅に着いたら案の定、降りが激しくなっていました。
先週、面会願いの手紙を投函した駅前ロータリーのポストが、なすがまま雨粒を浴びています。そろそろ一週間になりますが、返事を期待するのは無理だと思ったほうがよいでしょう……
さて、どうしたものか。行きどまっては右に曲がり、左に折れ、前の分岐に引き返したり。座り込んでしまったり。
書籍の構想は、いつもこんなことから、はじまります。やりながら、書籍原稿を書きだす日がくるという確信はおろか、少しの自信すらも持っていない自分を、突き放してみている自分がどこかにいます。

バックパックにレインカバーを着せて、家に向かって歩きだしました。
雨の日に、本なんか買うんじゃなかったな……

 

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2020年7月 5日 (日)

このごろのこと

どうでもいい言葉に、ひっかかります。
だいぶまえでしたが、「数寄」(すき)という言葉が妙におもしろく思えた時期がありました。風流文雅を好むという意味から、しだいに茶の湯を好むことに変わっていきました。日本の美意識に関わる、ちょっと詫びた、かつ高尚な響きを自分に引きつけようとしたしたのは、まさにその素養にまったっく欠けるからなのです。いわばコンプレックス。

昨今、しみじみ敬愛するのは「襤褸」(ぼろ)とか「雑魚」(ざこ)、「紙魚」(しみ)。「ぼろっちい」とか、「ざこキャラ」、「しみたれた」といったほうが、きっと馴染みがありますね。でもなぜか、ぼろは響きが優雅です。ざこもまた語感が、こざっぱりしている。しみは当て字が、ふるっています。

辻まことは、身内の居酒屋を「雑魚亭」と命名しましたが、このセンス、わりと好きです。余談ながら、だれが呼びはじめたものか「ぼろ市」とか「蚤の市」というのも、なかなか味があります。なんだかいい。マイナスイメージの「ぼろ」や「のみ」を逆手にとる茶めっ気に、すこしの自虐と暮らしの遊びのようなもの、あえていえば小さな余裕を感じるのです。愛すべき言葉。

 

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2020年7月 1日 (水)

「日本モデルの力」

暗くなるころから激しくなった、雨と風の音を聴いています。
ただ聴いています。
ラジオをつけようとも、音楽を聴こうとも思わない。
取材に関する大事な手紙を書かないといけないなと思いつつ、書く気もおきない。

台湾について考えています。近代日本が、最初の対外戦争をしかけ、もぎとった最初の植民地について。これが、大日本帝国の「それから」を決定的にしたといっていい。
植民地を手にした帝国は、さらなる植民地をもとめるために戦争をしかけ、そしてその必然としてつくった「敵」から植民地を死守することを運命づけられる。敵は、そこで暮らしていた人びとであり、周辺の国々です。抵抗運動を軍事力で徹底弾圧する。その支配を容認しない国々との敵対関係は、引くに引けないものとなります。
植民地帝国の「仕上げ」に打ち込んだ楔が、かの満州事変です。言わずと知れた、日中戦争へと続く15年戦争の「入り口」です。
でも、すこし長いレンジで歴史をみれば、中国東北部を支配下に置く大きな絵図は、植民地構想の終章、総仕あげにほかなりませんでした。教科書にある日本の蹉跌は、そこからはじまるのだけれど、現実はすでに相当数の血を台湾で、朝鮮で、中国大陸で流しています。そこは、まぎれもなく終着点だったのです。

満州事変に行き着くまでに、はたしてどれだけの「ばんざい」と、快哉があっただろうか。
雨の音を聴きつつ、ふと思う。
にぎやかな提灯行列の光の渦を、ふと思う。
無数の「ニッポンすごい!」が、植民地帝国の民意であり、原動力だったはずです。

2020年の5月のこと。自国のウィルス対策の素晴らしさを讚え、全国民と世界にむかってほこらしげに胸を張る政治家がおりました。
「日本ならではのやり方で、わずか1カ月半で今回の流行をほぼ収束できた。まさに、日本モデルの力を示した」
緊急事態宣言を解除するにあたり会見を開いた安倍さんの言葉は、90年あまりも前の植民地帝国に満ちていた「ニッポンすごい!」と、さして変わない、じつに無邪気なものでした。

 

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2020年6月27日 (土)

このごろのこと

このごろ、コインをこぼすことが多いのです。
買い物のとき、手ににぎってなにかほかのことをしていると、うっかり指から放れてしまう。バックパックの奥に落ちてしまったり、店舗の床をころころと転がったり。
想定していないことが起きて、レジのまえでうろたえることが、一度や二度ではありません。

わたしの小銭入は、口がけっこう大きい。これがつかいやすかったのだけど、このごろファスナーの口がすこし開いていることがあって、取りだしたはずみで、お店でぶちまけてしまうことが続きました。
すこしファスナーのすべりが悪くなって、しまりにくくなっているのはたしか。でも、根本の原因は「しめ残し」だと認めざるをえません。こういうことが、きっちりできない。もともとそうか、このごろのことか。自分では、よくわかりません。

知人に話したら、「そりゃ、もうおじいちゃん」ですよと、けらけら笑われました。
で、「どうです、この機会にスマホにしたら。いつくつかの決済アプリをインストールしておけば、かなりのお店でつかえますよ」
と、助言をなさるのです。
「おお、お財布ケータイね」
といったら、笑い顔がちょっとかたくなりました。
「そうですが、最近あんまりそういう言い方はしないですね……」

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2020年6月25日 (木)

デザインについて

デザインとは、問題解決の方法である
たぶん、デザイナーの梅原真さんの言葉であったかと(ちょっと怪しい記憶だが)。
なにかのインタビュー記事だったと思うのですが、これを読んだとき、わたしはひとりうなずきました。以来、ものをつくるとき、必ずこの言葉が浮かぶようになりました。

デザインは、こたえを提示する手段ではありません。が、問題や課題を明確にすることができる。
うらがえせば、デザインをないがしろにしたり頓着しない態度は、問題意識が希薄か、問いが見えていないということ。
そんなふうに思うのです。
それゆえに、モノのつくり手や、コトの企画者の「姿勢」が、デザインには如実にあらわれる。軽薄ならば、軽薄に。鋭利ならば、鋭利に。視野が奥深ければ、奥深く。時代の波にあらわれると、それはもう隠しようなくあらわになります。

デザインは、「素材」を飾ったり、素のおもてを塗布するようなものかと思われがちですが、そのものの骨格をつくる仕事でもあります。ですから、その表現はとても正直です。広告や商品パッケージ、住宅のデザインなどには、必ずや表層の奥深くにまで時代の気分がうつりこむわけです。
じゃ、いいデザインってなんだろうか。
私論であり、現時点での理解でしかないけど、こう考えます。華美だったり、強烈な印象だったりという外形にその本質はなく、いいデザインはモノやコトをつなぐ構造を持っている。その構造(コンセプト)が、人やモノに時間や空間を行き来させたり、離れた時間や場所をひきよせたりするのではないか。
と思えば、書籍というのはデザインの塊に見えなくもない。デザインの塊たる意志を放棄した書籍であらば、それはたんなる閉じた紙束だとも言えるかもしれません。

 

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2020年6月21日 (日)

企画書のようなもの


ずいぶん久しぶりに、書籍のための企画書を書きました。
ただしくは、描きたいことの概要がかろうじてわかる「企画書のようなもの」です。そこには、「狙い」も、想定の顧客数も顧客層も、販売戦略も、商品単価やら利益率も記されていません。
担当編集者は、電話でこんな言い方をしましたっけ。
「レジュメのようなものでもいいです。とりあえず、ほしいんです」
戦略至上の世のなかでは、稀なやりとりといっていい。ガラパゴスであり、化石であり、そろそろこういうことも、通用しなくなるかも。

いっぱんの商品開発や新規事業の企画書ならば、必須事項をおさえた「フォーマット」に則っていないと、つっかえされてしまうところでしょう。
昨年末だったか、大手版元の知人がくれたメールに、出版企画の編集会議では「あるていどの売れ行きの目算がたつもの」でなかったら、「数秒でボツ」になるとありました。昨今は、企画段階から「販売主導」という雰囲気なのだそうです。
これを読んだとき、思ったものでした。もしこれから自分がこの版元に声をかけるときは、売れる「根拠」を表明しないといけないのだな。でも、そんなものは、どこをしぼっても出てきそうもない……

クラウドファンディングなどを推奨し「ブランド戦略」を売るという企画会社の知人は、投資の資金集めもひっくるめ「売れないものなどひとつとしてない」ときっぱり言います(すごく歯切れがいい)。売れるものと売れないもの、仕事のある企業と仕事が減る企業の差は、柔軟にネットを活用して、顧客開拓できるかどうか、それだけだと。
なるほど。ネットがつなぐマーケットの可能性は無限かもしれません。しかし、可能性や限界には、「売るもの(こと)」個別の事情も必ず反映されるはずです。そいう差異に一切ふれない、可能性一辺倒の主張の仕方そのものに、わたしはつい引っ掛かりを覚えてしまう。
「でもさ、ひろくたくさん売れないものって、やっぱりあるでしょ」
「いえありませんよ」
「じゃ、ぼくの詩集なんかもじゃんじゃん売れちゃうの?」
「コマムラさん次第ですよ」
禅問答のような、あるいは宗教論争のような。つまるところ、信じない者はすくわれない、のですな。

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2020年6月16日 (火)

「夜の街」が悪い

コロナ禍は、社会を分断するだろうといいます。
そうかもしれない。が、わたしは少しちがうとも思っています。
コロナ禍が社会を分断するのでなく、コロナ禍によって分断が明らかになるのだと。

「ふつうに生活していたら、コロナなんかに罹りはしない。コロナに罹るやつらは、ふらふら夜の街で遊んでる連中だけだ!」
こんな発言を耳にしました。感染者のニュースで強調される「夜の街」悪人説を、そっくりなぞっているのでしょう。

ちがう言い方をすれば、コロナに感染するのは、社会的責任に乏しく自制心のない者ばかりということ、です。
つまりこの現状は、正しい市民である自分たちが、そうでない一部の愚か者のあおりを食って損を強いられているーーわけです。
感染者をさげすみ差別する一線が、もうここにしっかりと引かれているのです。たいへん、恐ろしいことに。

でも、「夜の街で遊んでいる連中だけ」が罹患しているというのは、たぶん彼の願望です。そして、不安と不満を膨張させた人びとの。さらには、さかんにこれを宣伝する自治体や国の。ほんとにそうならば「夜の街」を一気に吹き飛ばしてしまえば、コロナ禍はたちまちおさまってしまうでしょう。
たぶん、そうはならない。ウィルスは、そんなに都合のいい忖度はしないでしょ。

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2020年6月12日 (金)

梅雨がきた


とうとう梅雨入り。しばらくは、雨模様を受けいれないといけません。拒否したところで、降るものは降るのだし。
なぜかのっぴきならない用があるときにかぎり降られます。出発の朝、晴れてよかったと思っても、飛行機を降りたさきがどしゃぶりだったり。好んではいないはずですが、雨とは縁があります。


大降りでもこまらないように、ゴム長靴を買っておこうと思ったまま、もう5年ぐらいが過ぎてしまいました。傘などさしても役に立たないような雨の日は、毎度、じゃぶじゃぶ水を吸った靴で電車に乗ることになる。
昨日、たまたま立ち寄った店で、手ごろな値でいいかんじのレインブーツを見かけました。財布の中身をたしかめて、「よし、買って帰るか」と思い立ったのに、サイズ切れだと。こんなもんです。


傘を持ってでると、持ち帰ることがない。子どものころからです。
自分で自分にあきれてしまい(遅いが)、10年ほど前、試しに少し値の張る超軽量の折り畳み傘を買ってみました。使ったらすぐに畳んでバックパックのポケットにしまってしまうのです。
なんと、いまもつかっています。その傘もこの数年、水をはじかなくなりました。すこし濡れると、生地がべったりとくたびれてしまう。
メーカーに聞いたら、なんと2000円で生地を張り替えてくれるそう。ただ、いま修理にだすならば、別のものを買っておく必要がある。とはいえ、この傘で梅雨をしのぐのは心もとない。
と、ぐずぐず考えていたら、今晩から大雨の予報(あっ、どごんどごん降りだした)。明朝は約束があって出かけないといけないのです。

 

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2020年6月 8日 (月)

エンドウのこと


あっという間に、スナップエンドウの季節が終わってしまいました(大好きな野菜です)。変わって、無人野菜売り場にたくさん並ぶのはサヤインゲン。青身がつよくて、これもまた、さっと茹でるだけで十分おいしい。
スナップエンドウやインゲンを茹でるときわたしは、小さなかたい実であった野生種がどんなものであったかをつい想像します。エンドウならば、現在の10分の1サイズだったようです。


食料生産がはじまったは、紀元前8500年ごろだといわれています。検証できうる範囲で、もっとも早かったのが地中海の東側、現在の南西アジア(メソポタミア)の肥沃な地域です。
野生種の栽培に成功した主要な植物は、小麦、オリーブ、そしてエンドウ。どれもいまにいたる。


進化生物学者のジャレド・ダイヤモンド教授は、『銃・病原菌・鉄』(草思社)のなかで、作物がどのように改良されてきたのかを、こう考察しています。
「彼らは、ちょうど現代人のわれわれが野生のブルーベリーを摘むように野生の小さなエンドウを集める生活を何千年かつづける過程でもっとも魅力的な個体を選抜し、その種子を植えるようになったのである。つまり、狩猟採集民が、大きい野生種の個体を選んで植え、収穫したもののなかから大きい個体をまた選択して栽培するーー農耕をするようになるまでには、何千年という時間がかかっているのだ」
古代人はまったく無意識に、効率よく喰うための「選択」を重ねました。それが、種に変化をもたらすとは知らずーー


この選択により、1万500年以上もの間、エンドウは絶えず「改良」されてきたのです。そのことを思うと、エンドウにもインゲンにも、特別な敬意と気の長くなるような「時間」を感じてしまうわけです。喰うことが、よけい愉しくなったりもします。
ビールなどあれば、なお愉しかったりもします。

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