2018年9月17日 (月)

沖縄の「ほんとうの話」

ジョージ・オーウェルは、権力と大衆について、考えずにはおけなかったらしい。両者を、ともに信用していなかったから。
推理・犯罪小説についての書評「ラフルズとミス・ブランディシュ」のなかに、次のような一節があります。
「ふつうの人は政治に直接関心を持ってはいないから、政治のことを読むとすれば、現在の世界の抗争にしても、それを個人をめぐる単純な物語に置き換えたものでないと興味がもてない。GPUやゲシュタポには興味が湧かなくとも、スリムやフェナー(『ミス・ブランディシュの蘭』のなかのギャングと私立探偵)の話ならばおもしろく読めるのだ」
で、こういう。
「庶民は自分に理解できる形の権力を崇拝する」

クリミア併合に歓喜したロシアの庶民とプーチン大統領の関係が好例でしょうか。アメリカの復権を吠えたてて低所得者層の票をかき集めたトランプ大統領、「日本をとりもどす」という意味不明なスローガンをぶちあげた安倍首相もしかり。
いまや世界の政界は「おもしろく読める」ストーリーで、あふれるようになりました。
笑えないのは、これが推理・犯罪小説のようなフィクションではなく、まぎれもない現実だからです。

沖縄県知事選が告示されました。
先日、ある沖縄県出身者がお茶の席で、「基地がなかったら、沖縄はやっていけない。経済がまわらないんだから。反対派なんかほんの一握りで、地元の人は基地の建設が頓挫してじつは困っている。それをマスコミがおもしろく伝えているにすぎないんだ」と、大きな声で解説しておりました。
沖縄県出身者自身が語る「ほんとうの話」とあって、周囲の人々も「実際はそうだろうなぁ」と深くうなづいておりました。
「基地がなかったら、沖縄はやっていけない」は、いかにも「ほんとうの話」のように聞こえます。
が、そればかりで語りきれるほど、ことは単調でなかろうとも思うのです。そもそも、現状をそのまま肯定するだけだったら、政治など不要なのだから。選挙そのものが、無意味だということになる。詰まるところ、民主主義などいらないと言うにひとしい。

オーウェルが言うところの「おもしろく読めるストーリー」とは、「自分に理解できる」範囲で描いた、既成の世界です。目の前にある現実そのまんま。新たな情報や、未知の見識を介在させる余地を持ちません。
言葉を変えると、それが「ほんとうの話」となるわけです。
なるほど、いまある現実だから「ほんとう」にはちがいないんでしょう……
一方で、理解できないものを、「マスコミがおもしろく伝えている」だけのフィクションと、ひとことで片づけてしまう。
れいの沖縄県出身者は、こんなことも話しておりました。
「基地問題なんて、どこにもないんだよ。あれは、沖縄を知らない、外の人間が言っているだけ」
わたしは、こういうものいいに、ファシズム(全体主義)の匂いを感じてしまう。現状にものをいう人間を排除する気配を。

べつのエッセイに出てくるオーウェルの言葉をもうひとつ紹介しておきましょう。
「全体主義の真の恐怖は、「残虐行為」をおこなうからではなく、客観的事実という概念を攻撃することにある。それは未来ばかりか過去までも平然と意のままに動かすのだ」
冷静に考えてみれば、沖縄に米軍基地ができたのは、わずか70年ほど前のことです。「ほんとうの話」を聞いていると、米軍基地はあたかも琉球王国の時代から、ずっと沖縄にあったかのような錯覚を覚えてしまうのだけれど。

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2018年9月 9日 (日)

台風と地震と

猛夏が、過ぎようとしています。相変わらず暑いけれども、7月の凶暴さはもうない。
大阪を破壊した台風21号と、北海道の大地震とが、日を置かずに申し合わせたようにやってきました。
人の営みがどれほどちっぽけで、なす術がないか。災害を予想する50年、100年という時間軸がいかに「瞬間的」か。ただ、思い知るのみです。
まして、地球環境の破壊は、絶望的に歯止めがかからない。被害の状況を前に、言葉が見つかりません。

そういえば東日本大震災の直後に政権を奪った安倍首相は、ほどなく「国土強靱化」というわけのわからぬ言葉をつかいだしました。
津波に呑まれた三陸沖の町村でまだ行方不明者の捜索がつづき、放射能を放出する福島第一原発の状況すらはっきりと分からぬ濃い霧のなかで「国土強靱化」は、闊歩をはじめる。それを初めて耳にしたとき、体が反射的に硬直しました。
〈正気かーー〉
この言葉のセンスは、尋常な人間のそれではない。
陳腐で、稚拙で、劇画のように非現実なのだけど、大の大人が勇敢に連呼することで、その言葉をあたかも常識のごとく、あるいはさも誠実そうに響かせる。まるで、言葉の錬金術です。
驚くべきことに、この言葉はふつうにメディアで流され、社会に受けいれられました。10年でおよそ200兆円を山野を刻んだり固めたり、堤防を高くするなどの土木事業に投下するという壮大な国土強靱化法案は、すんなり国会を通過しました。
200兆円で、わたしたちは国土を「強靱化」するサービスを買ったわけです。

人知の及ばぬ領域を、金で塗りつぶすという発想ーー
民主主義社会ですから、政治家と市民の双方が、同質に狂っていないかぎり、こんな常軌を逸した取り引きは成立しないはずです。言葉を発する側も、受けとる側も、とてもまともとはいえない。「国土強靱化」などというマジックが現実的かどうか、考えずともわかりそうなもんだけど……

現在、予算のうちの20兆円ほどが使われたそうです。まだ序の口で、ほんの10分の1ていど。あと180兆円で、国土の強靱化は完了するそうです。
たがが外れた尊大さを持った「強靱化」という空洞が、こうしている間もむくむくと膨張していく。森を、川を、海を、社会を、人の心を強靱につくり変えるために。
言葉が、見つかりません。

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2018年8月29日 (水)

ゲリラ豪雨

途中駅で列車のドアが開いた瞬間、石つぶてのような雨が飛びこんできて、ドア近くの人はたちまちずぶ濡れになりました。異常な降りかただと思ったら、案の定、列車は止まってしまった。昨夜のこと。
風雨をもろにひっかぶっただれひとり、「こいつぁ、弱っちまったなぁ」というあきらめ顔をしない。みごとに無表情です。で、一瞬、心底不快だという憎しみの色を浮かべるや否や、すっとそれを隠してしまいました。わずかにずれた仮面は、すぐにもとにもどる。

複数の中央省庁が、障害者雇用の数を水増ししていたことが明るみになりました。
行政府の仕事において公正さが担保されないということは、国家の基本システムが正常でないことを意味します。
でも、この問題にそんなに驚く人を見たことがない。ということは、日ごろから異常な状態をだれもが受けいれていることに、なりますね。ならばさぁ、異常なことにことさら反応したり反発を覚えることは、「正常」な考え方だとはみなされないことになる。そいつは、異端にされてしまう。

なんせここは、官僚が政治家の国会答弁にしたがって、記録を改竄しても、許される社会なのです。
ということは、だれがどんな理由で記録を改竄したのかは、あまり問題ではない。改竄をほどこした記述こそが、事実としてまかりとおることになります。
なにがあったか、ではない。なにが語られたか、です。
であれば、考えることは無用です。

いまや、わたしも、だれもかれもが、「建前」というものを忘却してしまいました。建前に沿って、見つくろうなどという無駄な労力はつかわない。結果、なんでも、わりやすい単色で語られるようになりました。まちがっていようが、ぜんぜん的をはずれていても、単色でとおすのです。
異常を否定できずとも、せめて建前があれば、異常と正常の区別ぐらいはついたのに……

結局、いなおってしまえば、まかりとおるのだ。
ゲリラ豪雨に全身を打たれながら、そう胸のうちでつぶやいたとき、ふと浮かんだのが、終戦直後の小林秀雄のことでした。

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2018年8月15日 (水)

八月十五日に読む「象を撃つ」

敗戦の日ーーポツダム宣言受諾を裕仁天皇がラジオ放送で公表した日ーーが近づくと、戦争の悲惨を伝える報道が増えます。空爆で犠牲になった市民や召集された若き兵士の死を、メディアは書簡や記録から掘りおこします。記録を記憶にするために。
報道のベクトルは、もう一方にも向かいます。政治決断や戦闘の検証です。積みあがったひとつ一つの判断が、いかに場当たり的で無謀で、そして傲慢であったかが、浮き彫りになります。

ジョージ・オーウェルの散文に、「像を撃つ」(『オーウェル評論集』所収 小野寺健編訳 岩波文庫)というのがあります。
原題は「Shooting an Elephant」で、1936年の作。
ミャンマーがイギリスの植民地であったとき、オーウェルは、南のモウルメインという地で警官をしていました。支配する側の治安維持要員であった彼は、「大勢の人々に憎まれていた」ことを日々実感していました。
あるとき、現地人に飼われていた像が脱走します。繁殖期で、気が荒くなっていた像は貧民街で暴れて一人の犠牲者を出していたのですが、通報を受けたオーウェルが駆けつけたときは、田んぼに入っていつもの落ち着きをとりもどしていました。
一応、伝令に持ってこさせたライフルを肩にかけて、象の様子を見にゆこうと歩きだしたとき、オーウェルは人々の異変に気がつきます。
暴れる象にさほど関心を示さなかったはずの「その地区の住民のほとんど全員が家からぞろぞろ現れて、わたしの後からついてきた」のです。

護身のためにライフルを携帯しただけで、そもそも象を撃つ気などなかったオーウェルは、不安になります。帰ろうとして、ふり向くと群衆は2000人はいて、さらに増えています。
「結局象を撃たないわけにはいかないと、そのときわたしはとつぜん悟った。群衆がそれを期待している以上、撃たないわけにはいかないのだ。二千人の意志によって否応なしに前に押しだされている自分をわたしはひしひしと感じていた」

このときオーウェルの思いは、もっと奥深く、仄暗いものに触れるのです。
「わたしという白人は銃を手に、何の武器も持っていない原住民の前に立っていた。一見したところはいかにも劇の主役のようである。だが現実には、後についてきた黄色い顔の意のままに動かされている愚かなあやつり人形にすぎないのだった。この瞬間にわたしは悟ったのだ。暴君と化したとき、白人は自分自身の自由を失うのだということを。(中略)支配するためには一生を「原住民」を感心させることに捧げなくてはならず、したがっていざという時には、常に「原住民」の期待にこたえなくてはならないのだ。仮面をかぶっているうちに、顔のほうが仮面に合ってくるのだ」
彼は、支配と被支配の関係に潜む本質的な構造を見ぬいてしまったのです。
「白人」を「為政者」や「軍」に、「原住民」を「市民」に置きかえると、オーウェルの「悟った」ことは、じつに恐ろしい。支配することは、支配されることなのです。政治活動でも、戦争でも、この歯車は人知れず起動している。

「大東亜戦争」を遂行する権力は、総動員する資源(物資、国民)をたしかに支配しました。
けれどもーー大陸での植民地獲得や傀儡国家の建設は、市民を大いに喜ばせもしたはずなのです。期待にこたえていたのです。もっとも、群衆の昂揚した息づかいは、あの「八月十五日」を境にぴたりと聞こえなくなってしまいました。

オーウェルならば、脳裏に焼きついた象の鮮血と苦しげな断末魔の呼吸を思いおこしながら、こう言うでしょう。
「ライフルを持って歩きだしたとき、為政者や軍は、すでに後もどりする自由を持っていませんでした。ふりかえって、後についてきた群衆の表情をごらんなさい。残された選択肢は、引き金をいつ引くかだけだったのです」

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2018年8月 5日 (日)

『おぎにり』便り

東京新聞夕刊(6月23日付)に『おぎにり』が載っていたよ、知ってた?
この数日、知人が申し合わせたように続けて電話をくれました。わたしも2週間ほど前に、知人が知らせてくれるまでとんと知りませんでした。
掲載日は6月23日で、わずか数行の新刊紹介という。
せっかくの電話だけども
〈もう2カ月も前のこと。なんでいまごろになって……〉
と思わないでもない。おそらくは、「おい、元気かい」という暑中見舞いのきっかけなんでしょう。

おもしろいことに、『おぎにり』は、『おにぎり』といいまちがえられて、掲載されてしまった。で、7月7日付コラム「コンパス」に再登場します。
見出しは、「おぎにり?」。
ともあれ、校正・校閲の「チェックの目をすり抜けて実際に新聞に載ってしま」ったというから、それはもう『おぎにり』のすまし顔に脱帽するべきでしょう。
言いまちがいの連鎖におつき合いいただいた、東京新聞の小佐野さんに感謝いたします。

『おぎにり』を読んだ方の感想には、だいたいそれぞれの「いいまちがえ」体験が記されています。どうも、いわずにおけないらしい。
うちの娘や息子は、こんないいまちがいをしていました。わたしは小さいとき、こんないいまちがえをしていたそうです、などなど。
「おいも」が「おもい」だったり、「たかい」が「かたい」だったり「ゆたか君」が「ゆかた君」だったり。
わが息子たちは小学生になるまで、「テレビ」を「テビレ」、「プレゼント」を「プゼレント」といっていました。ほんのいっとき、「スープ」を「プース」、「ジャガイモ」を「ガジャイモ」とも。どこで気づくのか、すぐになおるものもあれば、ずっと言いつづけていたものもありました。
ちなみに「おぎにり」は、わたし自身のいいまちがえ(小学校3年生ぐらいまで、正確な綴りが身につかなかった)。発音する限り、だれの指摘も受けないのですが、いざ文字に書き起こすときに迷走がはじまる。そうなると、「おににり」か「おぎにり」か「おにぎり」か、毎度まいどさっぱりわからなくなってしまうのでした。

子どもの耳は、既成概念ぬきに、音をただ音として聴きとり、(たぶんリズムを加味して)感覚と気分で再構築します。だから、どの言いまちがえも、おとなにはとても想像がつかない。まさか、このことばを、こんなふうにひっくりかえすとは、こんなふうに解体するとは、という驚きの創造力に満ちています。
身構えなし、自然体の「いいまちがえ」というのは、おとなの常識を踏み倒してかけだします。思いがけずパワフルなのです。

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2018年7月29日 (日)

詩集の書評をめぐって

twitterでもお知らせしましたが、詩誌『回生』のコグマさんが、『おぎにり』の書評を書いてくださった(http://jyouhoutanshin.seesaa.net/article/460644672.html)。
詩集の書評が載るスペースは、まず大手メディアの媒体にはありません。マーケットがない、あるいは極小だからですね。文化欄は、ある意味で販促欄でもあります(べつに皮肉じゃないよ)。

そうした事情は、おのずと書評の方法にも反映されるのかもしれない。コグマさんのテキストを読みながら考えた次第。
詩をどう読むか。
批評は、評者と詩の対話です。詩の作者すら介在しなくともよい、じつにすっきりした空間。
その対話は、評者が作者の意図を汲んでいるとか、書評を目にする読者にどう訴え、マーケットを盛りあげるかとは、別の次元で行われます。もちろん、「共感」や「あおり」もなくてよい。

たとえば、コグマさんの引用が「はりがね」であることは、わたしにとって意外でした。
副題にあえて作者名は記しませんでしたが、これはある彫刻にインスピレーションを受けた一篇。彫刻そのものが、意味を語ってはいない。コグマさんの言葉のとおり、まさに「完結していない世界」。吹けば飛ぶほどの小さな作品は、「逆さの世界がどっちが本当は逆さなのか、誰もわからない」という、不穏な存在感を漂わせ、どうじに恐ろしい重さで存在を定着させている。

新聞や雑誌の書評では、広範な読者層に理解されやすい一篇を選ぶのが通例。でも、コグマさんはそうしませんでした。
コグマさん自身の詩の世界と、批評する一篇はたぶん地続きなのです。そうでないと、詩のことばは、批評のなかで元気に息をしてくれないのです。評者とその詩は、どこかで似ている。

批評を読んだわたし自身が、もういちど「はりがね」を読みかえす。と、なんだか別の詩に思える。不思議なことです。

こうでなくちゃいけない
いっさいははりがねの意志

と、思わせる。この書評までもが。

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2018年7月27日 (金)

ものの怪の森ーことば

ぼっとしてしまうほどの暑さです。
で、むせるような炎天下を朦朧と歩いているとき、この「暑さ」をなんと表現したらいいのだろうか、といったことを考えてしまうのです。
猛暑、酷暑、炎暑といったことばが浮かぶのだけど、どれもしっくりとはこない。強烈な陽射しに加え、せり上がるアスファルトの照り返し、湿気、そしてエアコンの廃熱がまじる異常な熱気。
いずれだれかが、「うまいことを言うなぁ」とうなづきたくなる表現を、つかいだすことでしょう。
新しいことばは、気候や社会環境の要請があれば、いさんでこちらにやってきます。おなじように、人のもとを去ってゆくことばもあることでしょう。

明治のはじめごろに日本国内を旅したイザベラバードは、よく世話をしてくれた茶屋の老女が、その山にはかつて天狗がいたと真顔で教えてくれたことを記しています(ただし、天狗は最近去ってしまった。老婆が見かけなくなったのだという)。
粘菌学者の南方熊楠は、柳田国男への書簡で、紀州の山中で経験した不思議な出来事について切々と述べています。
国学者の平田篤胤が『仙境異聞』に克明に記録したのは、7歳から8年にわたり「天狗界」に出入りしたという寅吉がそなえていた驚異的な能力についてです。寅吉に彼が会った翌年文政4年には、『古今妖魅考』を上梓して、天狗や妖怪、狐狸などの怪現象を記した古今の記録を集めています。

西洋科学を知らなかった昔の人々は、無知な故に怪奇現象を妄信的に信じたのでしょうか。
そうではないと、わたしは思うのです。彼らは、神や妖怪、霊魂を、森羅万象のひとつとしてとらえていました。目に見えずとも、知覚していたのです。
人智を超えたことは、日常にいくらでもありました。
わたしの祖母は、医者にも見放された男の難病が、家相を直しただけで快癒した話をしてくれました。問題を指摘したのは、村の祈祷師だったといいます。聖域の木を切り倒した男が、なぞの死をとげたという話しもありました。または、生まれつき不自由な目に光を入れたのは、知恵の遅れた村のやっかい者だったというのもありました。死の直前に、目の前にあらわれた人の半身がなかったというのも聞いたことがありました。すべて彼女が見知ったことのようです。
論理的に説明できないことを、祖母は平然と受けいれていました。呪いや祈祷、霊魂、精霊、神といったものが、彼女のなかでは渾然とひとつになっていました。

おそらくそれら「ものの怪」が近づいてきたとき、昔の人々は五感とはまた別の神経回路を開いたのでしょう。
近代になり、怪異現象をとらえる回路は退化しました。天狗や霊魂の存在は自然科学によって否定され、信仰の領域に組みこまれました。信じるか、信じないか、です。
科学は生活を変え、社会を変え、教育を変えました。きっと、ことばも大きく変えたはずです。語彙や話す速度、語調にもっとも影響を及ぼしたのは、合理的な思考法だったでしょう。

とうぜん、怪現象にまつわる多くのことばも失われただろうと思われます(話し方、話しの間や、それが話題となる空間もふくめ)。
いや、それらことばが自ら、人のもとを去っていったのです。彼らが住処とした暮らしの隙間が、人間になくなったのですから。
ことばには、言いあらわすという機能とはべつに、それを発した人間の意図をはなれて浮遊する能力があります。「意志」といっていいのかもしれません。だから、完全には制御できない。その意味で、わたしはことばそのものが、かつては「ものの怪」だったと思うのです。

いま、ことばを、ものの怪にかえすことができる唯一の場所は、詩ではないでしょうか。ここでは合理性は、もとめられません。マーケットの支配もおよばない(というか、マーケットのほうがそっぽを向いている)。そこは最後の森です。近代の社会生活にあって、詩がもし完全に不要になってしまったら、ことばは痩せて、最後には機能しか残らないかもしれません。
それは、言霊への畏れをわたしたちが忘却することを意味します。

安倍総理の答弁を聞いていたとき、ふと思ったことがあります。言霊のぬけたことばとは、こういうものか。彼の森には、ものの怪がいない。とうに去ってしまったのか、それともはじめからいなかったのか。

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2018年7月 8日 (日)

このごろのこと


とうに忘れていた知人が電話をかけてきました。携帯の登録も削除していたので、声の主がだれかしばらくはだれかわかならい。
相手は、そんなことにかまわず、勝手にしゃべっている。まるでいつも、わたしたちがそうしているかのような、親しさで。
「すみませんが、いまから出かけないといけないんです」
「では、5分だけぼくに時間をください」
そうだった、彼が、精神の奥深い森に迷い込んでもうだいぶたつはずでした。
相手は、藪から棒に問いました。
「人間と動物のちがいについて、いますぐに思いつくことをすべて挙げてください」
言語を持つこと、着衣、火をつかうことなど5つほど挙げてみましたが、あとが続かない。
二足歩行と社会の形成、道具をつかうことは、「人間だけじゃありませんね」と、あえなく却下されました。貨幣をつかうこと(交換の概念)は、なるほどね、と相手に感心されました。
「まだ重要なことが、ぬけていますね」
「教えてくれませんかーー」
「これは、コマムラさんが自分で考えないと意味がないんです。明日また電話しますので、考えておいてください」
「………」
夜、ふいに浮かびました。
絵を描くなどの造形表現も人間固有のものだろうなぁ。彼が「ちょっとちがいますね」というか、「それを待ってましたよ」と言うかは、さっぱりわかりません。
とはいえ、それっきり電話は鳴っておりません。

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2018年7月 7日 (土)

このごろのこと

春過ぎから「ちよちよ」の休業が、増えました。べつに休んでいるつもりはないのだけれども、手が動かなくなっております。
もうしわけありません。

時間を行きつ、もどりつしている感じ。どこに行こうとしているのかが、ちょっとわかりません。どこに行きたいのかもわかりません。
自分に問うこと。それすらわずらわしくなってしまっていることに気づく。

ひとの気力の量は、生まれたときに決められているのだろうと、このごろ考えます。もうわたしは、それをつかい果たしたのかもしれません。

メールの返信に、ますます時間がかかるようになりました。
さいわい、質量のある本を読むことは、かろうじてできています。ただ、考え、文字に定着させるところには、向かわない。
ニュースは、視界の右から左にながれてしまう。興味らしきものが動かない。
塩梅とか加減という力が働かなくなった気がします。 Photo


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2018年6月21日 (木)

ヘビ

川沿いの歩道をいつものようにぶちと歩いているとき、ヘビに会いました。野生のヘビを眼にしたのは、ざっと20年ぶりぐらいのこと。
あいては、せまい道にゆうゆうと体を投げています。
かつては、玄関や縁側を開けっ放しにした家はめずらしくもなかった。子どものときですが、引出を開けたらヘビがいたということがありました。
祖母はそれを、平然と外につかみだしました。

明治40年生まれの祖母は、家屋敷のどこかには必ず白いヘビが住んいるのだと教えてくれました。白いヘビは、家の守り神の化身だとも。ともあれ、敷地まわりでヘビを見かけたら、白かろうが赤かろうが、絶対に殺しても、かまってもいけないと戒められました。
古い箪笥のうえに、マムシ酒の一升瓶があり、わたしはよく「標本」となったマムシの姿をまじまじと見つめました。
あるとき、ずっと気になっていたことを祖母に尋ねました。守り神をアルコール漬けにしてもいいのかと。祖母は、これは山のヘビだからかまわないのだと、おこたえになった。

ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』では、アウリンという重要なアイテム・首飾りが登場します。2匹のヘビが尾をかみあって楕円をつくっている、というのがそのデザイン(表紙まわりにも、これが箔押しされていますね)。
アウリンは、本のなかに存在する異世界と、少年バスチアンが住んでいた現実世界をつなぐキーです。

ヘビのうしろをついていったら、見も知らぬ世界に立っていたーー
太陽がぎらつく夏の日、少年だったわたしはヘビをみかけるたびに、そんなことを漠然と考えておりました。
ヘビは、どこかちがう世界からするりとこちらにはいりこみ、またあちらへもどってゆくことができる。いまだにそう思えてしかたない。

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