2020年9月17日 (木)

このごろのこと

いつの時代の、どこにいるのか、わからなくなります。現在地がわからないのだから、自分がどこをめざしているのかも、なにをさがしているのかも、当然わかっていません。
「わからない」という漠たる不安のなかにいて、いまなにをすればいいのかもわからない。

ひとつには、情報が多すぎるのだと思います、わたしにとっては。そんなにたくさんの情報があっても、わたしの耳は追いつかないのです。意味は音になって、小さな部屋を始終ふるわせるけど、わたしにはそれが聞き取れない。もちろん意味として、そして音楽としても。

けれども、わからないのだからしかたない、とはなりません。
なぜだろう。
どこかで、わからないといけないと始終思っている。ほんとうは、わからずともたいして困らないのです。たいていの情報なんか、どうでもいいものばかりなのです。そうとわかっていて、それでもわかろうとする。わかりたいと思ってしまう。
ほどほどで、あきらめること。おそろしいことに、これを忘れてしまったようなのです。
いつからだろう。

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2020年9月13日 (日)

このごろのこと


次期総理がだれか? 政局には、とんと興味がわきません。政治記者の方々の票読みや派閥力学の解説なんかも、もはやどうでもいい。ましてや総理候補の「意外な素顔」なんか、聞きたくもない(クロウニンだとか甘モノ好きとかね)。いろいろなことが、どうでもよくなっています。「Go To」、いいんじゃないの。


いつのまにか、セミの声が聞こえなくなっていました。代わりに、秋の虫の声がしている。いまでは「虫」が、一般的な表記ですが、わたしは「蟲」🐞を好む。3匹いたほうが、蠢いている感じがつたわってくる。ついでにいえば、この「蠢く」もいい。二匹の虫が春の土中からはい出してきそうで。


いまにも降り出しそうな午後でしたが、ロードバイクのタイヤに空気を詰めて、2駅となりの古書店に向かいました。ペダルをこぐこと25分ばかり。まぁ近場です。
ここに顔を出すのは3月以来かな。つまりコロナ禍が深刻になる直前が最後の訪問でした。近代史や詩、批評、絵本などがバランスよく集めてあり、仕事につかえそうな資料がないか一通り棚を見まわし、あとはあてもなく詩集の棚を眺めて過ごすのです。が、ときおり聞こえる店主夫婦の会話を聞いているのもいい。一部の「古書通」のものでなく、街に開かれている感じがこの店のいいところ。小さい子も、小遣い持って気軽に出入りしております。
新書を2冊選び、会計のときに紙製のポイントカードを出すと、新しく作りかえてくれました。
「コロナで2カ月休んだんでね、期限も2カ月延長しますね。12月末までつかえますから」
こんなこともうれしい。どこかの喫茶店に立ち寄りたいところでしたが、空模様が気になってまっすぐに引き返しました。

 

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2020年9月 9日 (水)

よくまぁご無事で

今朝、ふと思ったのです。
まぎわのとき、あちら側から
「ここまで、よくまぁご無事で」
と、のんびりとした声が聞こえてきたら、それだけでなんと上出来の一生であったかと。
「やっと逝ける」ところに、いまいる。それは、いかなる日々をくぐってきたとしても、ともあれ「無事」であったということかもしれない。
でも、あちら側からなにも聞こえなかったら……ちょっとさみしいかも。そういう、さみしい生き方をしてしまったということかもしれないなぁ。
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2020年9月 5日 (土)

「自助、共助、公助」

「自助、共助、公助」
京大人社未来形発信ユニットのオンライン講座、山本博之准教授による「メディアとコミュニティー」の初回授業で教えられたこと。阪神淡路大震災での救助状況の分析です。自助は、瓦礫のなかからの自力脱出のこと。共助は、家族や隣人による救出。公助は、消防の救急隊や自衛隊による救助。先頭から順に、35パーセント、32パーセント、2パーセントの割合だったといいます。
街が壊滅した状態では、共助ができることは意外と限られる。
山本教授は、これに「外助」、つまり通行人らが手を貸したケースの2パーセントをつけ足して、末尾に紹介している。着目させたかったのはここで、コロナ後の社会がどう変化しうるかの話のなかで、外助というひとつの可能性を示唆したのでした。
つまり「外助」の存在は、地縁血縁や損得や利害、あるいは社会的対立といった事情を抜きに、こまっている人に、どこからともなく声がかかる状態をを生み出す。うらがえせば、こまったら通りすがりの人だって頼っていい。それが全然特別なことじゃない。そんな社会のこと。

次期首相の就任が濃厚だという菅官房長官が、自民党総裁選への出馬を決めてメディアに述べた政治信条。これが偶然に
「自助・共助・公助」
でした。
でも菅さんは、緊急時の救助や脱出を念頭にこれを言ったのではありません。平時の社会秩序の、あるべきモデルです。
自分でなんとかせよ。足りなければ家族や近所を頼れ。自治体や政府は、最後の砦である。もっとあけすけに言えば、安易に政府を頼るな、となります。
おどろきました。これを平然と国民にもとめることに。
そして、おどろかないメディアに。
近代に登場した国民国家は、そこに暮らす人々を国民として、はじめて成立します。国家がまずあって、国家に奉仕する労働力として、居住民を国民に認定したわけではありません。国民は、国家の奴隷ではないのです。

菅さんが、言わんとしたことは、わかるようでいまひとつ不鮮明です。
「自助」を柱にした社会とは、どんなものでしょう。公的セイフティーネットをアテにできない社会では、失敗や離脱は生命の危機に直結します。だれもがランダムに「外助」にまわるゆとりを、とても持ちえない。他人は頼れない。
となると、なにかの事情で自立が難しい人は、家族や近所の「お荷物」にならざるを得ません。
と、おのずとセーフティーネットとなる共助の力はふたほうこうに働きます。一方は、血縁や利害関係者の囲い込みや保護。内輪主義です。反作用として、お荷物になるかも知れない人物への監視。監視社会では、排外的な考え方が加速、暴走します。
この非寛容の圧力を、統治の原動力とする。そういう政府を、目指すということです。
さすが、安倍政権の大番頭。さしずめ首相の肩書きを持つ憲兵隊長とお呼びしたい。

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2020年9月 2日 (水)

under control

コロナ対策の陣頭指揮をとる安倍総理が、急きょお辞めになると聞いたとき、最初に思ったのが
はて、壮大な異次元金融緩和「アベノミクス」はだれがとめるのだ? 続けるも地獄、とめるも地獄ーー
でした。福島第一原発の汚染水が滔々と海に流れる荒涼たる絵図と、札束が、祭りの投げ餅のように市場にばらかまれる滑稽図が、重なり合いました。どちらも「制御不能」です。
と、いやでも浮かぶのが、オリンピック招致活動の最終プレゼンテーションでで安倍さんが全世界に向かって、フクシマの安全を高らかに語った
「The situaition is under control」
です。
なんと暗示的な言葉でしょう。
ことば通り、戦前の「教育勅語」まで掘り起こしてしまった安倍さんは、司法も経済も省庁の重要人事も、教育も、見ようによっては警察権までも、まさにunder control下に置く。そして、憲法にも手をかけようとしました……

結果、市民生活と直結している数々の社会システムは、正義と公正からなっていた信用を大きく棄損しました。
安倍さんが次代に残したのは、まさに「信用不能な社会」です。これは、命や暮らしや人権の安全を、社会システムに頼れないことを意味します。
ひとりの権力者のunder controlへの餓鬼のような欲望が、loss of cotrolの世界を、引き寄せたのです。このことを、わたしたちが本当に思い知るのは、きっとこれからです。
もっとも、この男の金字塔になるはずだった東京オリンピックを吹っ飛ばしたのは、「under control!」の呪文など通用しなかった新型ウィルスcovid-19でした。

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2020年8月27日 (木)

このごろのこと


猛暑のせいか、歳のせいか、坂をころがるような速度で体力がなくなっているのを実感します。たぶん、その両方でしょう。
疲れが溜まった状態が、慢性的につづいています。もともと、遅い時間は苦手でしたが、昨今ますます早い時間に目が閉じてしまう。
で、なかなか回復しない。朝起きても、寝る前どうよう目の奥が重たいのです。目を開けているのが、一日しんどい。
でも、走る。


もらった茗荷を一気に消費しようとして、油揚げをつかってミョウガご飯をこしらえたら、ことのほかおいしいのです。自画自賛ですが。
参考にしたレシピとちがうところは、ミョウガを生のまま和えるのではなく、甘酢に少し浸しておくこと、ぐらい。
これならば、足のはやいミョウガも、かんたんにつかいきることができるなぁ。来夏にむけ、ひとつ収穫。


街の台湾料理屋で一杯どうだいとお声がけいただき、
「待ってください、予定を確認します」
と、いちおう手帳を開きました。
開くまでもないけれども、8月の書き込みはーー
見事にありませんでした。
コロナ禍で、いったんキャンセルになった面会やら遠方への出張予定は、いまだ見通しがたたないままです。オンラインでどうかとの打診をいただいた案件もありますが、落ち着いてから対面でお話しすることにしました。
あわてなくとも、まぁよろしい、のです。
ともあれ、二つ返事のあとに、虎の子の予定を書き込みました。
とっさに浮かんだ皿は、ビーフンと豚足煮。なんでだろ。

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2020年8月23日 (日)

このごろのこと


この「茶房ちよちよ」、ひつようかな
と最近思っております。
FB、twitter、Instagramといった多様化したwebメディアに、CAMPFIREといったクラウドファンディングまで合わせると、わたしの技術も理解もまったく追いついていません。それに昨今急速に枝を伸ばした決済システムなんかを加えれば、まちがいなく迷路に入りこんでしまいます。
「茶房ちよちよ」、わたしにとっても来訪者にとっても、なくともまぁ困りはしないーーだろうなぁ。
暮れまで、ゆるゆる考えるとします。

 


コロナ禍で途絶えた日常のひとつが、週一ていどの銭湯通い。
昨日、久しぶりに銭湯にでかけました。
体がのびること。呼吸が落ち着くこと。

 


どことなく、風と午後の光に秋の気配を感じました。
ぶちの足どりも、こころなしかいつもより軽い。

 


「教育の普及は浮薄の普及なり。文明の齎(もたら)すところは、いろは短歌一箇に過ぎず。臭い物に蓋するに勉むる也。国運日に月に進むなどといふは、蓋する巧みの漸々倍加し来ぬる事也」
斉藤緑雨の言葉。藩閥の明治新政府の連中がいう「国運」なんて勇ましい言葉には、まったく懐疑的でした。さすが、旗本の子弟です。江戸のなにが失われ、明治の近代国家体制のなにが嘘だったか、彼はよく見ていました。
内田魯庵が描いた、ちょっと世間離れした緑雨の姿が、江戸の戯作者を髣髴とさせるようでいい。岩波文庫の『思いだす人々』所収の「斉藤緑雨」。
洒落で、権力を痛切にぶった切った生来の皮肉屋像は、いまではなかなか想像しにくいのです。そういう人、絶滅したんだね。
「僕は、本月本月を以て目出たく死仕(つかまつ)り候」との新聞の自家広告を目にして、魯庵はその死を知ったといいます。
「緑雨以降真の江戸ッ子文学は途絶えてしまった」

 

 

 

 

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2020年8月15日 (土)

あいかわらず

猛暑也。
数日前、旧知のデザイナーに頼みごとがあって、昔仕事場があった街に出かけました。わたしがいた15年前とは、街はさまがわりしています。
盆休みで、店のドアは半分以上が閉まっていました。と、商業地のはずれにある小さなラーメン屋の、立て看板が道路側に出ているのが目にはいりました。
やってるーー

狭い間口を入ると、レゲエが流れ、アフロヘアの店主とアルバイトの店員1人がカウンターのなかで寡黙に手を動かしている。あいかわらず。
たのんだのは、小どんぶりつきのラーメンセット。醤油と鳥ガラのさっぱりしたスープ、太めの麺もあいかわらず。
根強い人気がありながら、駅前に進出したり他店舗展開する気はなさそうです。カウンターだけで、一度に10人座るのがきびしい小作りサイズも、あいかわらずです。

おそらく、レゲエのリズムで満たされるこの小さな空間には、生活の必要を満たす商売以外のもの、「遊び」の席がもうけられている。経済に、圧迫されない「遊び」の領域を維持するには、この商売サイズがほどよいのかもしれません。ラーメンをすすりながら、そんなことを考えていました。
遊びの「特殊世界」を、ホイジンガはこう言いました。
「それは自分たちだけのためにあるので、他人のためにあるのではない。他の連中が向こうのほうで何かやっていても、それは、いまのところ、自分たちとは何の関係もない。遊びの領域のなかでは日常生活の掟や慣習はもはや何の効力ももっていない」(『ホモ・ルーデンス』高橋英夫訳 中公文庫)
「日常の掟」とはこの場合、資本主義に内在する「拡張性」や「効率化」と、読みたくなります。

コロナ禍は、現代文明をゆさぶるに十分な破壊力を持っていました。
現代文明の特徴の1つがグローバリズムです。利益追求の必然として、企業は国境を越えビジネスの拠点を増やし、ひたすら市場を拡げてきました。ふいに現れた新型ウィルスは、高速でモノと金と人が行き交う巨大なグローバル市場に、封鎖を迫ることになった。
小さなラーメン店の「あいかわらず」にほっとしたのは、ここにある「非効率」な「なにか」に、安心を感じるからなのです。経済活動の拡張に不要ではあっても、遊びの領域は、人が安心して暮らすうえで欠かせないものです。ビジネスが効率的でなくとも、おなじ店主が厨房にいて、おなじ味の一杯を提供する安定感は、どんなサービスにも変えがたい。
それらは、数値化して銭金に換算できない価値です。

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2020年8月10日 (月)

おもしろそう


twitterのフォロワー「小さな谷間から」さんが、『おぎにり』に収録した詩「だいじなこと」の一節を投稿してくれました。
これに、二羽の蝶が空にはばたく画像をつけてくださった。「本州にはいない、沖縄で撮影したシロオビアゲハ」ということです。
絵のようなすてきな写真でした。
調べてみると、オスの黒い羽のさきに、波のような白い帯状の模様があらわれる種のようです。
で、あらためて自分の詩も読み返してみました。
そうか、こういう詩だったかーー

しばらくして、このtweetに「Mito」さんという方が、英訳をつけてtweetしてくださった。そうしたら、非日本語圏の方が「いいね」をつけて、なん人かが非日本語圏のフォロワーに向けてリツイートしてくれました。
まったく知らない人が、こうやって詩の一節を読み、共感し、ことばを共有するのは、奇跡のようなできごとです。
このとき、もはや詩は、だれが書いたものかを問題にしない。そこにことばが「ある」ことがすべて。おおぜいの目に触れるほどに、「作者」という存在は漂白されるのです。
金を介さないで、ただ「おもしろがる」ことで、人と人がゆるくつながるーー。ホイジンガが提唱した「遊び」の本質がここにある気がしました。
詩には、遊びをつくる力があるかもしれない、と思ったのでした。


夜、遅い時間にめずらしく携帯電話が鳴りました(1日中、わたしのガラケーはほとんど鳴かない。おとなしいのだ)。
これまためずらしいことに、ギター弾きの吉田遊介君でした。
「れいのやつ、きょう試しに収録してみたんだよね。それがさ、思ったよりおもしろいんだよ!」
1年ほど前だったか、一杯やったときに彼が、『おぎにり』に収録した1作を、音楽と朗読とで映像化してみようと言っていたのを思いだしました。
「あっほんとうだったあの話?」
「コロナでライブは壊滅だから、こういうときこそ新しいことを試すんだよ。危機はチャンス。と、思ってるよ」
「遊介君が読むの?」
「いや、ナレーターの知人に声をかけてみたのさ」
朗読を担当したのは、彼の音楽仲間(元ボーカリスト)。
収録の後、数篇の詩をめぐり5時間も話し合ったという。その朗読者を見送った直後の電話であったらしい。
「彼、あの詩集読んで、いろいろと考えることがあったんだ。で、おれの企画にのってくれたんだ。いまのところ採算のめどは、たってないけどね」
と遊介君は言いました。
「「遊び」に算盤はいらないよ。詩の神様が、逃げるだろ」
と、わたしも返しました。
詩を介し、いいおとなが2人、互いの時間を半日もかけ、根詰めて収録の作業をする風景を想像しました。
詩って、おもしろい。
次の収録には、立ち会ってくれないかという遊介君の申しでには、もちろん二つ返事をかえしました。
「おもしろそうだね」
「おもしろいって」
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2020年8月 2日 (日)

黒ビール

太陽がでて、セミが鳴きだしました。
おそい夏がやっときた、のか。

いっぱいのビールを飲むとき、なにをテーブルに添えるか。
わたしにとってこの問題は、一年をつうじて切実です。できるならば、冬なら冬らしく、春なら春らしく。
さっこん好きなのは、カレーパン。
どこぞで評判のいいカレーパンを見かけたときは、帰りにビールも欲しくなる。

ふいに黒ビールが飲みたくなります。
若いときはなんでもよかったけど、歳をとってからそんなことが増えました。少しはやい時間、家でいっぱいをゆっくり味わいたいとき。
と、かならず思う詩があります。

どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠を置き
男も女も大きなジョッキをかたむける

茨城のり子の「6月」の冒頭。この書きだしを口ずさむと、黒ビールはさらにおいしい。
「大きなジョッキをかたむける」のが、「男も女も」というところに、彼女の美しい風景、社会観がさりげなく置かれている。
料理ノートにレシピを残し、一食をていねいにつくっていたことでも知られています。
きっと彼女も、一日の終わり、ビールのともになにをつくるか、ゆるゆると考えたことでしょう。
そういえば、沿線はちがうけど、ここからそう遠くないところに彼女のすてきな自宅があったことを思いだしました。
図書館で、『別冊太陽』茨城のり子特集号を見つけて、借りてくる。
もちろん寄り道して、黒ビールも買ってきました。

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