2019年4月20日 (土)

田村隆一のたわごとと酒

最近、用もないのに酒を飲むようになりました。そもそも、なにかの用事がないと飲めないもんじゃないけども。
前ならば、1年に数度しか口にしなかった日本酒にも、なんとなく手がのびたりします。
まぁ、一種の現実逃避だろうと思いながら、肴の豆菓子をひと粒、ふた粒とかんでは、酒をやる。
うまいなぁ
と、なんだか人生の終着点が見通せるような気がして、つかの間あんどする。
考えることと言えば、飲んでいる酒にあう肴のことぐらい、です。

こういう、非生産的、ただ酔うためだけの酒を飲むときは、田村隆一の詩集やら半分酔っ払った手で書いたかも知れない酒(とくに敬愛したウィスキー)の散文に手がのびるのです。
これまでまったく田村隆一を読まなかったわけではないのですが、積極的に読みたいと思うことはなかったなぁ。
そう、20代、30代、40代は、生まれたからには、なにかやらないといけない、次代に残す一冊にとりくまないといけないと、常にどこかに緊張(意気ごみ)があったたのかもしれません。それじゃ、酒飲み田村のたわごとにつきあう余地はなかったでしょう。

田村隆一のことばを、酒をやりながら眺める。
なにがいいのかといえば、詩に感服したり、うなづいたりするところがないこと。名言もないこと。ときどき、あきれ、少しだけ苦笑するところがあること。散文と詩の境目も、せいぜいが「改行」の見てくれていどで、ほとんどないこと。
まぁ詩って、こんなものでいいよなぁと、こんなところで納得してしまう。

短い散文「自然人の酒」で、自分の好き嫌いを述べたくだりは、こんな具合です。

酒ならば、どんなものも好きだ。酒を飲まないときは、ダイフク、みつ豆、鯛焼のたぐいを好む。有限責任の「法人」は嫌い。お金と、ぼく自身を好む。
と云っても、いまや詩人までプロダクションになってしまったのだから「自然人」という無限責任を背負っているのは、ぼくぐらいなもの。近代国家そのものが、法人で、国民は一株を持っているだけ。その一株を数多く集めたものが議員さん。

そういう国にあって、昨今、飲まれる機会が減った日本酒はまさに「当選御礼」やら「相撲の優勝祝い」や「法事」にしか顔をださなくなった、と皮肉まじりにいう。権威的だったり、形式張った酒は、田村が愛する酒を愉しむ風景ではないのです。このコラム(たわごと)は、こう結ばれています。

自然人は黙ってウィスキーを飲む。

| | コメント (0)

2019年4月19日 (金)

つきみ

月の軌道が、ずいぶんたかくなっていました。
季節がうごいています。

あたらしいことをやろうという気力は、あいかわらずわかず、かといって必死でひとつのことに注力するわけでもなくーー、4月の月をあきもせずに観ております。
どうやら、あしたが満月のようです。

いつまでも月光におぼれていたいけども、そろそろ眠い。

| | コメント (0)

2019年4月14日 (日)

シネマのよこ道 『ユーリー・ノルシュティン 〈外套〉をつくる』より

わたしはときおり映画の主題とはなんの関係もないところに、勝手にひっかかってしまいます。よけいなことが、気にかかってしかたない。
書いておかないと落ち着かない。たいていそれは、わたし以外にはどうでもいいこと。題して、〈シネマの横みち〉です。

 

 表現と社会主義体制

 

〈外套〉の製作が、なぜこれほどに進まないのかと尋ねられ、ノルシュテイン・スタジオ「アルテ」のスタッフのひとりが、こんなふうにこたえています。
「彼はアニメーション映画の制作ばかりをしているわけではない。講演や出版活動だって忙しい」
なんということもない事情だけれども、深くうなづくところでもあります。ようするに、短期で収益になる仕事をやらないと、映画の制作を続行することはできません、と言ったのです。いわずもがな、一切がアナログなノルシュテインの映画づくりには、とほうもない手間と多くの時間が必要なのです。制作資金とスタッフ(4、5人だったと思う)の人件費は、映画以外のことで、たたきださなくてはなりません。
ノルシュテイン自身も、なんどかそのあたりに言及します。
「むずかしい時代だな。もちろん、ソ連時代もそんなに楽だったわけじゃないがーーまだましか」といった塩梅。旧体制へのノスタルジーというより、ままならない現状へのぼやきといったほうがいい。

 

社会主義国家・ソビエト連邦は、職種を問わず、一定の給与を全国民に保障しました。だれもが、国家の労働者となる。革命のスローガンであった「労働者の手による国家」や「平等」を、そのように実現したわけです。
ただし、国家と一体のそのテーゼは、社会主義以外の政治体制を根本から否定しました。したがって、ソ連共産党以外の政党を一切認めない。建前の「平等」と、一党独裁は不可分です。
独裁を持続させる絶対条件のひとつが、言論活動の厳格な管理です。

 

となれば、表現をあつかう職業人は、生活の保障と引き替えに、「自由な批判」という翼を国に差しだすことになります。
とはいえ、国による生活保障を、表現活動の統制という一面だけで語ることはできません。クリエーターには、大きな安心もあたえました。興行成績や制作の効率化といった経済の苦悩から、表現者を解放した事実も見過ごせません。
ノルシュテインは、こうした政治環境下で表現の追求に没頭してきました。興行のために、無理に長編をつくらなくともよかった。作品を量産せずともかまわないし、いたずらに大衆にすり寄る必要もない。だからこそ、新しい技術に挑戦し、なんども実験をくり返すことができたのです。
幸いだったのは、彼の作品へのこだわりが、国家体制と衝突するような指向性を持たなかったことでしょうか。
余談ながら、すぐれたクリエーターを生んだチェコアニメにも、同様のことが言えるでしょう。

 

さて、〈外套〉の制作をノルシュテインが構想するのは1980年代の末ごろです。あろうことかほどなく、あれほど強大だったソビエト連邦は崩壊します。ベルリンの壁が崩れた1991年のことでしたね。政治・経済体制の大変革にのまれ、ロシア社会は混迷します。そこに登場したのが、かのプーチン大統領です。
つまりね、経済のみが自由市場に移行し、政治は実質、独裁であった旧体制にもどったといっていい。

 

ノルシュテインの話にもどりましょう。
ソ連崩壊前夜から、国内の経済は揺れに揺れました。おそらく、スタジオ「アルテ」も、先行きが見通せなくなっていたでしょう。すべてが、いままでどおりにはいかなくなった。
〈外套〉プロジェクトのスタートと、ソ連からロシアへの激動期は、ほぼ重なります。
それを思うと、「わたしがやりたいことは、国家の意思に反する」と吐露するノルシュテインの次なる言葉を、安易に聞き流すわけにはいきますまい。〈外套〉の制作にはじまるこの30年間を、彼は、ずっと「この国で自主的に生きる試み」を模索してきた、と言うのです。
「自主」とは、おそらく国家と市場の双方に対する自覚だと思われます。

 

いまや世界のアニメーターから「神様」と尊敬され、多くのファンを持つノルシュテインですが、〈外套〉の完成を待ちわびるファンには、「だれにも責任などない」と拍子抜けするほどにそっけない。ファンなくして成りたたない人気商売のクリエーターだったら、まずこんな言い方はしないはずです。
しかし、ノルシュテインは一方で、彼がもっとも大切にする人々を、つねに思いやります。
「わたしの追うべき責任は、ここで働くスタッフにのみある。(大切なのは、)彼らが、すばらしいと思って仕事ができること」
良くも悪くも、ノルシュテインは、資本主義経済の申し子にはなりきれない。いや、かたくなにあらがう。ちいさなスタジオの自由を守り、いまだデジタル技術にたよらず、手仕事で〈外套〉をつくる行為そのものこそが、譲れない「この国で自主的に生きる試み」なのです。

 

| | コメント (0)

2019年4月 6日 (土)

「令和」が来たけど

「令和」の発表にはじまった連日の大騒ぎも、週末には少し落ちつきましたか。花冷えもようやく弛み、悲鳴をあげていたわたしのしもやけも、ひと息ついています。アカギレは、まだまだ癒えないが。

元号に、これという関心はありません。しいていうならば、必要だとも思ってはいません。よく耳にする「日本固有の文化」だとも、思いません。
元号発表の翌日、朝日新聞4月1日の朝刊1面の見出し2本は、次のようなものでした。
「新元号 万葉集から」
「初の国書 首相こだわり」
官房長官による発表に続き、首相自らが会見を開きました。夜にはTVニュースにも生出演という異例のメディア対応です。まさに異例ずくしの政治ショーです。
もともと公私の境がわからない安倍首相は、とうとう「元号」まで私物化してしまいました。政治の玩具にしてしまったといったほうがいい。
輪をかけてあきれるのは、大メディアの煽りかた。大衆ウケしか考えない彼らは、ただの政権スピーカーとなってまるで恥じない。

いったい元号とはなんでしょう。
統治者の時間的な記号です。
つまりその統治者は、空間のみならず時間をも統べる。
では、元号の存在根拠となる統治者はだれでしょう。
そう、天皇です。
元号と天皇制は不可分です。
いまの社会制度下、状況下で、元号にはいかなる意味があり、必要があるのかという問いは、おのずと主語が天皇制へとひっくりかえる。
しかし、この議論はいっこう表にでてきません。オリンピックや万博の誘致とまるで同じノリで、「おめでとう」気分だけが、ただただ再生産され垂れ流されました。異様です。
元号の是非はともあれ、こうした節目に天皇制を存続させる意味への問いかけは当然あっていいわけです。いや、異論がぶつかってこそ健全です。
ここが、まっとうな社会(考えることのできる個人が共生する)であれば……

 

| | コメント (0)

2019年4月 1日 (月)

このごろのこと

なぜだか、これにまでにないほど、両の手にしもやけができた冬でした。
ひどくふくれていた右の薬指第二関節の少し上は、とうとうぱっくりと割れてしまい、いまだに治りません。
アカギレなど、子どものとき以来です。
「そこ、痛くないですか。どうしたんです?」
と、ときどき訊かれます。
「あぁ、しもやけが切れてしまってーー」
とこたえると、いまいちど訊かれます。
「しもやけ?」
このご時世に、そんな辛い水仕事をなさってますか、とでも言いたげですな。

 

塩麹納豆という食べ物をいただきました。
「なんですか?」
「まぁ納豆なんだけどーー、うまいのさ」
山形県酒田のものだという。
じつは、発酵食品には目がない。
さっそくその夜、封を切りました。
かんでみると、ふかした豆のかおりがひろがってゆく。福ふくとした味わいです。
肴にすると、酒がすすむこと。
こういうものに出会うと、なにがおこらずとも、その日一日がじつに充実していたと思えてくるのです。
さっそく、だれかに教えたくなりました。ささやかな幸せは、お裾分けしたくなるものです。
さすれば、おいしいものをつくる人は、幸せの種麹をしこむ人だといえる。
おがみたくなります。

| | コメント (0)

2019年3月24日 (日)

お知らせ

このたび、このブログの管理サイト「ココログ」が大規模なシステム・リニューアルを実施しました。
そのため、いつくつかの不具合が生じています。
たとえば、画像サイズの調整や、改行の指示がききません。
目下もっとも困るのは、テキストに行間がつくれないことです。
操作上の不慣れか、あるいはわたしのマッキントッシュが新システムに対応できていないのか、システムそのものの不具合かが皆目分からない状態です。
また、複数の読者からアクセスが不能になったとの問い合わせを受けました。
しばらく、混乱が続きそうです。
みなさまにはご不便をおかけしますが、なにとぞご容赦くださいませ。
Photo

| | コメント (0)

『ユーリー・ノルシュティン 〈外套〉をつくる』

〈シネマ手帳〉No49
あるお宅で、ユーリー・ノルシュティンの「落書き」を見たことがあります。壁一面の「灰色オオカミの子ども」は、きっとこの人自身であろうと感じました。
Img_photo_background02_s
本作は、アニメーション作家のノルシュティンと長年の友人である監督・才谷遼が、2016年に、モスクワのノルシュティン・スタジオ「アルテ」を訪ねたときの記録です。
1980年に着手した未完の作品〈外套〉(原作者ゴーゴリ)を、いったい彼はいつ完成させるつもりなのかーー
というのが、この訪問の主題で、いわば未来の作品の「メイキング」ものといっていい。
結論から言いますと、もちろん(と、言っていいでしょう)それへのこたえはありません。
「自分にすらわからない」のです、そんなことは。

 

スタジオ「アルテ」は、まさに創作の砦です。壁を埋めるイメージ画、コンテ、細部にわたって何パターンも準備された切り絵のアイテム、撮影装置などなどに、その「精神」が映っています。ノルシュテイン自身にわざわざ、
「おなじ映像をデジタル作業でつくることもできると教えてくれる人がいるが、おなじにはならない」
と、語らせるまでもないでしょう。

 

わたしがもっとも引きこまれたのは、〈外套〉を映像にしようと考えた、なにげないエピソードでした。彼は、一枚のスケッチのなかにある、ある男の姿に目を凝らします。あるとき、この男に見覚えがあると感じたそうです。それこそが、少年のころに読んだゴーゴーリーの小説「外套」の主人公・アカーキーだったというのです。
冴えない貧しい小役人アカーキーが、自らの運命を呪う台詞「なぜ、こんなにいじめるのです」を読んだとき、ノルシュティンは、主人公はじつは「子ども」だと気づいたと吐露します。「子ども」の声の痛ましさに、足をとめずにおけなかったのは、きっとノルシュティン自身が無防備な子どものまま大人になったからです。
Img_overcoat03
カメラを向ける才谷に、ノルシュティンは、〈外套〉に挿入するアイデアをいくつか語って聞かせます。いずれも原作にはないシーンです。が、こんなことも漏らすのです。
思いついたアイデアをいさんで映像にして観てみると、そのとき、ひとつのアイデアに自分が完全に支配されてしまっていたことに気づかされる、と。
「要するに、自分自身に対する要求が高すぎるのだ」
「この作品は私にとって、総てが新しいのだ」
「外套はまったくちがう作品になるはずだった……。そうでないと気づいたとき、これまでと違う状況に陥った」
こうした思索の断片からも、ノルシュティンのアニメーションが、彼にしかつくれない「表現」の宝箱であるわけが想像できます。
全編をおおう、名手ボリス・ベレンゾフスキーが奏でるラフマニノフのピアノ協奏曲(音がたっているんだ)が、作家の言葉を「詩」に変えていきます。

 

オリジナルネガをスキャニングしてデジタル修正をほどこした作品集と、二本立てて鑑賞することをおすすめします。
(監督:才谷 遼 構成・編集:川島章正 出演:ユーリー・ノルシュティン、ラリーサー・ゼネーヴィチ他ノルシュテイン・スタジオ「アルテ」のスタッフ、音楽:ボリス・ベレンゾフスキー 通訳・字幕翻訳:児島宏子 2018年 日本 日本語・ロシア語 109分 シアター・イメージフォーラム他)http://making-overcoat.com/

 

| | コメント (0)

2019年3月17日 (日)

「お祭り」前

いまや、過激な排除の思想がすっかりあたりまえになって、国家の権力者すらもそれを隠そうとしません。国民にも、他国にも。もう、どこがどう破綻しているのかさえ、わからない。

辺野古の埋め立てをめぐる住民投票に対する安倍政権のやりかたは、やがてボディブローのようにダメージをもたらすかもしれない。そんな危惧が消えません。
どこに?
ひとり一人の「内面」です。表明した意志を、このようなかたちで「なかった」かのように蹂躙される。それはいずれ、考えることの放棄をうながしやしないか。心が無意識のうちにそちらにむかうのです。
安倍政権は、外形的には法治国家の枠組みを破壊してきました。しかし、彼ら政権が確実に実行している最も恐ろしいことは、各種法案や得意の閣議決定でもって「内面」への介入に道筋をつけたことです。
情報の不開示や個人情報保護法の改悪、共謀罪、相次ぐメディア攻撃、学校教育における教育勅語の容認などなど。

社会が綻びていくときには、必ずや広い範囲で個人の内面の破壊が起きています。すでに破壊状態にある者と、そうでない者との分断が深刻になります。やがて政治権力に近い側が、そうでないものを監視するようになってゆきます。氾濫した河川が、低地に流れ込むように、自然とそれが起こる。

内面の破壊状態を広範に、可視化することなどできません。「いま」をはかるバロメーターは、メディアのバランス感覚ぐらいでしょうか。
ただ悪いことにこの先、年号の交代、東京オリンピック、そして万博と、大きな「お祭り」が立て続けにやってきます。メディアも、こぞって「お祭り」に参加するでしょう。
お祭りは、じつは「津波」なのです。津波は、圧倒的な力で、不都合な暗部を飲みこんでしまう。
黒い濁流は、もちろん内面にも流れ込んできます。かろうじてにぎっていた危機感など、ひとたまりもないかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月16日 (土)

このごろのこと


2019年になってから、3カ月半。なんだか、長い3カ月半でした。
考えなければならないこと、見通しがきかない案件が散らばっていた状態で、いろいろなことに手がつきませんでした。
じつに個人的な(家庭内の)ことですが、昨日、思いがけず滞っていた問題の一つに見通しがたちました。
肩の荷がおりる。
と、次にくるのはお金の問題です。一年になんど思うことか。打ち出の小槌というのは、どこにもないのだなぁと。

人生の多くの課題はお金とセットになっています。けれども、お金だけで解決可能な問題は、あまり見あたらない。裏返せば、お金は問題決済の重要な道具でこそあれ、それのみで決定的な手段とはなりえない。
たいがい、お金を行使できる段階というのは、ことに見通しがたった状態なのです。
さればお金は、なにかを解決したり、解消したり、あるいは大切な切符を手にするための、手数料と考えてもいいのかもしれません。ほんとうに難しいのは、支払いを可能にする状態を引き寄せること。
さまざまなケースが考えられるけど、地道な努力の積み重ねやらコミュニケーションやら合意形成を怠ってしまうと、お金の力を行使する機会は失われます。

酒場などで手相をみてもらう機会が、過去になんどかあったけど、そういえば「金運」を評価されたことは、一度もありません。
なるほど、的を射ています。
だいたい占いをたてるみなさんは、「けれども、しぶとくやっていく。人生の後半は、吉兆があるやも」といった慰めを申して、場をおさめます。
人格が「きわめて繊細」だというのも共通点です。ものはいいようで、「もろい」「破綻しやすい」という欠陥を、あたりさわりなく表現してみせるのがうまい。
妙なもので、こういう見たては、おりに触れて思いだすもんです。

先日、お会いしたあるかたが、疲れた顔で深々とため息をつき、「年があけて3カ月しかたってないけども、今年はなにか大変なことが起こるかもしれない気がしている」と申しておりました。その言葉が、どこかにひっかかっています。

ともあれ、そろそろ新しいテーマに手をつけないといけない。両手の3カ所にできたしもやけが、少しよくなってきました。
気がつけば、春に追い越されていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月 6日 (水)

20年来の喫茶店で

かつて住まいがあったその駅周辺に用事ができたので、20年来足を向けてきた喫茶店に1年ぶりに顔をだしました。いつも座るテーブルには、ほかのお客さんがおりました。
窓側の席に腰をおろしたのだけども、しばらくしたら、「おかあさん」(店主)が
「あきましたよ、あっちへどうぞ」
と声をかけてくださる。
ありがたく、お言葉にあまえました。

界隈に住むフォトグラファーの友人がいて、ひところよく、日没前ごろに二人で顔を出しました。
「ところで、ムラタさんはお元気? お会いしますか?」
「ええ、元気です。ただ、あの方も少し遠くに引っ越してしまいましたので、顔を見るのは年一度ぐらいでしょうか」
「あらっ、七夕みたいでいいですね」
そのものいいが上品で、とってもおかしかい。

おかさんが、思いだしたようにおっしゃる。詩集『おぎにり』が、いいまちがいのタイトルであることにしばらく気づかなかったと。
ずっと、「おにぎり」だと思っていたそう。あるとき、それに目がとまって、あれれぇと思ったのだと、げらげらお笑いになる。
わたしも一緒に笑いました。「次はなにを書くんでしょうか」と、必ず尋ねてくれた「おとうさん」の姿がカウンターから消えて、もう数年がたちます。ふとした拍子に、さみしさをおぼえます。年月を感じながら店を出る。外は、すっかり暗くなっていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«へたになあれ