2017年11月18日 (土)

「ねずみ園」


二の酉だというのに、空の機嫌がいまひとつ。どんよりと重たいのです。気むずかしい老人が、うなったまま腕組みをとかないーーそんな感じでしょうか。底冷えがします。
日が落ちるころに、近所の大鳥神社に出かけるか、出かけまいか。朝からそんな、どうでもいいことを迷っております。


息子どうしの会話で、「おれ、ネズミ園にはぜんぜん興味ねえしーー」というのを訊いて、おやっと聞き耳をたてた。
はて、ネズミ園とは新手の動物ふれあいカフェか、それともどこぞのミニ動物園か。
話題から、じきにそれが「ディズニーランド」であることがわかりました。
そういえば、彼らを一度たりともあそこに連れていったことはなかったなぁ。で、自分もまた行ったことがない。
せがまれたことがあったかと思い返してみるが、そういう記憶もない。この親をみて、はなから、そういう楽しみはあきらめていのかもしれません。
日本中の子どもと大人を魅了する夢のエンタメランドを知らない人の率が、この家は飛び抜けて高いのだなぁ。という、どうでもいい統計を、ひとり集計してみたのでした。75%也。ぶちもいれると、80%だ!


アメリカのイラク攻撃がはじまる前夜、2003年1月に、「フランクフルト・アルマゲイネ・ツァイトゥング」にインドの女性作家アルンダディ・ロイ氏は、「〈帝国〉に抗して」というメッセージを寄稿しています。
で、彼女は、イラク攻撃の「同盟軍」を半強制的に集めようとするときのアメリカ大統領を、「悪逆ミッキーマウス」と、悪し様に呼ばわっている。
「ジョージ・ブッシュが、「我々の側につくか、それともテロリストの見方をするか」と言うのならば、わたしたちは、「余計なお世話」と言ってやる。世界の人々は、「悪逆ミッキーマウス」と「狂人ムッラー(イスラムの尊師)」の、どちらかを選ぶ必要がないことを教えてやろう」(『帝国を壊すために』岩波新書 本橋哲也訳)
いい表現だね、「悪逆ミッキーマウス」。感心してしまいました。原文は、どうなんだろうか。
どっちもいやだねーーと言えない異様さを、ロイ氏は痛烈に喝破しました。絶対悪もなければ、絶対正義だってないのですから。


ミッキーマウスに出会えるディズニーランドは、ハードとソフトが融合したすばらしい世界です。一貫したコンセプトを巨大で精巧な仕掛けで実写化したテーマパークは、もはや体験者の創造力を必要としない。それほどの完成度です。次々と打つ新手のアトラクションは、リピーターの「コト消費」欲をずっと持続させてきました。わたしはそれを、もっとも「アメリカ的」な商品であり、思想だと思う。

でも、そこに積極的に出かけようとしない、わたしのような人間を説得にかかる善意の人に出会うと、ふと脳裏をかすめるのが、「帝国」の圧力です。わたしはまるで「狂人ムッラー」で、改宗をさとされている気分にさせられます。
「おれ、ネズミ園にはぜんぜん興味ねえしーー」とでもいおうものならば、わたしはたちまち「テロリストの見方」にさされてしまう。
二極の世界とは、そういうものです。
二極を生みだすのは、否定を許さない強力な一極です。必然的に、それに真っ向反発する一極がつくりだされる。逆にいえば、くっきり色分けされた両者は、反発によって生かされ、決して交わらずに生存圏をわかちあう。
でもそれは、平穏で住みやすい世界なのでしょうか。すべてのひとが、必ずしも両極の住人となれるわけではありません。
たとえエンタメであろうと、二極の論理で寄ってこられるのは、けっこうな苦痛なのです。窮屈なのです。
「ネズミ園」というのは、じつは「余白」のない世界。それこそが「悪逆ミッキーマウス」の最も重要な「輸出品」なのかもしれません、遺伝子組換食品によく似た。

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2017年11月 9日 (木)

『少年が来る』が問いかけるもの

警察や軍隊は、社会の秩序や安全を護るためにあります。そのために国家から武力を行使する権利を認められています。
マックス・ウェーバーは「職業としての政治」と題した講義で、主権国家の定義は、こうした暴力を「独占」していることだと述べました。国家の基本的機能こそが圧倒的な暴力の保持です。
組織的暴力の行使が可能であるからこそ、たとえば、法に従わない民間の兵力を駆逐することもできます。たとえば、他国の侵略に対抗することもできます。それができなければ、国家の機能を果たしているとはいえない。

暴力の実行部隊である警察や軍隊は、常に国家権力に従うことを義務づけられています。当然ですね。でないと、クーデターも容認されることになる。それは、社会の不安定、すなわち混乱を意味します。
ちかごろ自衛隊の勧誘で、「この国をまもる」といったニュアンスの正義感あふれるフレーズを目にするようになりました。さきの総選挙でも、おやっという風景に出会いました。「対話集会」という趣向を凝らした街頭演説会のわきを通りがかったときのこと。自民党立候補者に寄せられたメッセージのなかから高らかに読みあげられたのは、なぜか「おとなになったら、自衛隊員になりたい」という小さな子どもの「夢」でした。

さて、社会の歴史をみると、国家が独占する「暴力」は、国民と国益を護るために、もっぱら対外戦争にばかりつかわれてきたわけではありません。あるときは、国民をくまなく監視し、町を装甲車が蹂躙し、狙撃兵が逃げる人間を狩り、そして拷問という地獄で人の意志とことばを無残に犯しもしてきました。それもまた、警察や軍隊の持てる力にちがいない、といわねばなりません。
それは作用に対する反作用のようなもので、外国に対する脅威がたかまってくると、必ず暴力の鉾先は市民にも向かうことになる。対外的脅威に対して国家の暴力を行使することと、市民への圧迫はじつはセットです。なんども経験したはずの一方の危険を、わたしたちはいとも簡単に記憶からそぎ落としてしまいます。国家の銃口が自分に向くとは、だれも考えたくはないからでしょうか。
中国の天安門事件しかり、韓国の光州事件しかり、インドネシアの虐殺しかり、スターリニズムが吹き荒れたソ連しかり、さらには大東亜戦争時の大日本帝国しかり。数えればきりがない。

1980年におきた光州事件を、現代の作家が描いた『少年が来る』(クオン)を奨められるまま読んでみました(作者への知識も乏しく、正直、あまり乗り気でなかったが)。おどろくべき一冊でした。作者は、韓国のブッカー賞作家ハン・ガンで、ほぼわたしと同世代。彼女のつむいだ物語が問いかけてきたのは、まさに「暴力を独占」してこそ成りたつ国家の「機能」の生々しさでした。
もうひとつ、個人的に突きつけられたことがありました。
いつもどこかで考えてきた、ことばや絵が、自立した固有の表現であるための重要な「機能」とはなんであろうか、という命題。ひとつには、決して暴力を行使する側に立たないこと、にほかならないのでしょう。

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2017年11月 5日 (日)

このごろのこと


休日の朝、高校生の息子が家にいるとかならず
「どこかへ出かける用事はないのか」
と訊いてしまいます。
言葉の裏には、せめて夕方まで外にいてくれないかという、ひそかなのぞみがある。おとなと変わらない体格の男が狭い部屋にいるだけで、それなりに暑苦しいのです。そのわりには、都合よく用事はたのみますが。

先日の台風の夜、駅の改札を出ると制服を着た息子が、空を見てつっ立っておりました。それが息子だとわかるまで、一瞬の間があました。一緒にいた知人の方が先に気づいて、教えてくれました。
やせっぽっちで、肩がすぼまっていて、まるで餌にあぶれた濡れネズミのように自信なさげで、たよりない。「あっ、おっとう(なぜか、こう呼ぶ)」と驚いてふり向いたときの顔は、集団のなかに居場所をつくれなかった子どものころとなんら変わっていませんでした(3つ。4つのころのまま)。

相手を、ふてぶてしい「おっさん」だと思っていたわたしには、目の前のその姿が意外でした。ずいぶんと、幼いのです。社会という器のなかでは、それが等身大なんでしょう。
「なにやってるんだ?」
「かさがない」
「(家から)持ってこなかったのか」
「学校でだれかに盗られちゃったみたい」
駅近くで知人と食事をする約束をしていたわたしは、持っていた折りたたみがさを息子にわたしました。
知人は「はやいな、もうお前より背が高いんじゃないか」と言いましたが、わたしにはいつになく、彼が小さく見えていたのでした。

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2017年11月 2日 (木)

安倍さんの憲法改正

第98代首相に選出された安倍晋三さんは、会見で、総選挙をへて「国民の負託」を受けたと、執拗にくりかえしました。念願の憲法改正については、「憲法審査会に各党が改正案を持ち寄って、建設的な議論をしていくことが大切だ」と述べました。すでに、「改正」することが既定路線に乗ったかのような、自信を隠せない口ぶりです。たしかに、改憲議論は新しい段階にはいったとは言えるしょう。

あらためて考えてみましょう。
自由民主党ができたのは、1955年、戦後10年がすぎたときでした。日本民主党と自由党が合流した新党ですが、実際は、反吉田茂派の民主党側が、足腰が弱っていた吉田率いる自由党を飲みこんだといった格好でした。初代幹事長を務めたのが、A級戦犯とされ公職から遠ざけられてきた岸信介でした。
つまり保守合同によって成った党には、ふたつの流れがありました。戦後体制づくりの中核となった吉田グループと、戦前の政治体制の流れを汲む岸グループです(石橋湛山という例外もあるけど)。
この岸信介の政治理念を高く評価して、いまの世に実現しようとしているのが孫の安倍首相であることは、疑いないでしょう。
じゃ、岸信介の理念ってなんだろうか。

おなじ「保守」である吉田グループと岸グループの政策を比べると、外交や経済をとってもさほどの差異を見つけることはできません。ただ唯一、決定的な差があります。それは、戦勝国占領下で産声をあげた新憲法を認めるか否か、です。あるいは、敗戦を認めるか否かの歴史観といってもいい。
昭和21年11月に交付された、現行憲法の特徴は、象徴天皇制(国民主権)と個人の尊重(基本的人権の尊重)、そして交戦権の否認(平和主義)です。それらは、天皇制ファシズム一色に染まった戦前への揺りもどしを封じるための重要な支柱でした。
政治権力の暴走にタガをはめるという憲法本来の役割が、明確に埋めこまれたのです。
大日本帝国憲法はといえば、そうでない。近代国家の建設を急ピッチですすめるために、国家を絶対化して、国民の力を一点に集約する必要があったからです。つまり、国家のために国民はどうあるべきかを示した。
覚えておくべきは、ふたつの憲法が、権力という魔物に対して真逆のベクトルで制度設計されていること。
新憲法を受けいれなかった岸は、聖戦の正当性を終生、主張しました。ようするに、敗戦を受けいれることも、戦前の社会をつくった「大日本主義」を捨てることもなかったのです。

日本は独立国なのだから、絶対に自前の憲法を持たねばならない。戦勝国から押しつけられたものを、自分たちで改正するのは当然だ。
その立派な執念(怨念)自体は、否定しません。人の手でつくったものの不具合を、人の手であらためていくことも、当然あっていい。完璧な法などありえません。
しかし、敗戦を認めることから出発した、現行憲法をはなから尊重してこなかった人の手によって、これを改正することだけはあってはならないと、わたしは思う。権力に対する法のありようが、根本から歪められてしまうからです。

気高き大日本帝国を「とりもどす」べく、長期政権を築いた安倍さんはいくつもの布石を打ってきました。
秘密保護法案、戦前の「修身」に代わる「道徳」教育の復活と教育現場で教育勅語を採用することへの閣議決定、同盟国の戦争を買ってでる集団的自衛権の容認。
こうしてならべてみると、すでに憲法は「解釈」を変更する閣議決定といくつかの法制化によって、ずいぶんとゆがめられてしまっているのです。実質、国家権力が憲法を踏みつけて押さえ込む状態を、彼はつくりだしている。
その延長線上にある憲法改正の意味を、わたしたちははたしてどれほどリアルに理解しているのでしょうか。

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2017年11月 1日 (水)

目的のない訪問

日が暮れてから、小さな出版社を訪ねました。打ち合わせるような用事は、はじめからありません。さっそく仕事場のわきで缶ビールの栓をきりました。出不精のわたしにしては、あまりないこと。
この版元を切り盛りするふたりは、わたしとそう歳がちがいません。出版業界の将来に話しがおよぶと、おたがい明るい材料は乏しい。というか、まずありません。

再販制度の限界をとうに超えたこの状態が、果たしていつまで続くのかーー。
「おそらくこの5年以内には、われわれは大きな痛みをともなう事態に遭遇することになる。仲のいい同業者が、わたしにそう言ったのですがね、本当にそうなるんじゃないかと思います」
と先方が言いました。
本が売れないから、新刊を大量につくるという異常さは、この世界の住人ならばみな重々承知しています。にもかかわらず、再版制度ありきでまわってきた経済構造に、どこまでも依存せざるをえない。
この状態を「村の住人」の自浄力でとめることはもはや無理でしょう。大きな力が外から働いて、荒々しくシステムを破壊してくれないかぎり、おそらくやめらない。

空想してみたのは、クスリ中毒で体も精神も病みきった背中の曲がった巨人の姿でした。それこそが押しつぶされんばかりの新刊に埋もれた書店の、いつわざる姿なんだろうかと、ぼんやりと考えていたときです。
ふいに
「それでも、紙の本はなくならないと思うんですよ」
という、そんなに暗くない声が耳をたたいた。わたしはこれに、どうこたえるべきか一瞬戸惑いました。

帰路、駅ちかくの立ち食いうどん店に立ちよりました。注文したのは「冷やかけうどん」。
「よろしければ、たまにはこうやってはなしをしませんか。なにかおもしろいことを、考えつくかもしれませんし」
という社長のことばがいまごろになって、うどんのつゆと一緒にあたたかく胃にしみてきました。
〈あぁ、そういのも悪くないかも〉

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2017年10月30日 (月)

このごろのこと

木枯らし一番が吹きましたと。
なるほどこの冷たさにはおぼえがあります。とうとう北風がやってきたのですね。
一瞬の秋のさきには、冬のいりぐちが口を開けている。
やってきてしまえば、冬をしのぐ覚悟もできようものですが、すぐさきの半開きになったドアにちかづく間は、つい憂鬱になりがちです。
ことに、陽の落ちるのがはやい夕暮れどきは。

「クマだったらいいな。冬は穴蔵を一歩もでないで寝て過ごせるから」
と、息子がほざいておりました。
こういう思考回路は、親に似るものかもしれません。あるいは、いつかなにげなく口にしたことの影響でしょうか。
所用で遅く帰ったら、息子が豚汁をつくっておりました(クマになりたいのとはちがう息子)。
〈そういう季節か〉

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2017年10月24日 (火)

こんごろのこと

ちかごろ、なにを観ても虚構に見えてしまう。
情報には、すっかり鈍感になっています。きっと一種の防衛本能が働いている。そうしないと正気が保てないからでしょうか。

自分のことは自分が一番よくわかっている、と一度ならず人に言ったことがある気がします。正直なところ、自分のことを一番よく知らないのは、自分であろうとどこかで思っています。

総選挙の前後、なん人かから、どの政党が勝てばどう変わるのかと尋ねられました。みんな投票してもなにも変わらないという確信がありながら、あえてそう問う。
どうしてみんな、そんなに結論をいそぐのだろうか。結果が確約されないことを、まるで無意味だと切り捨てたがるのだろうか。
さかさまにいうならば、のぞましい結論を確約するかに見える言動には、まるで無防備です。その虚構に、すすんではまりこんでしまいます。
現実はすこしずつしか変わらない。変わりようがないのにな。

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2017年10月22日 (日)

このごろのこと

テレビをつけて選挙速報をちょっと観たけれども、すぐに消してしまった。
おお風の音のほうが、より多くの「ほんとう」を語っている気がして。わけもなく、ときどき窓をあけてみました。もちろん、月は見えません。
予報によれば、明日の昼前には、おお風は北東にぬけてゆくらしい。選挙はといえば、はや今晩には大勢が明らかになります。

じつは、このおお風は選挙そのもので、朝にはとりかえしのつかない量の残骸が町をおおっている。でも、ひとはそれが選挙のなせるわざだとは、夢にも思いません。だから、おお風なんかそもそもなかったという顔をして、残骸のうえを平気で歩きだすのです。おお風が去って、清々しい朝がやっとかえってきてくれたか、としか思わない。
やがて残骸が腐臭をはなち、町の衛生を犯してもなお、だれもが残骸などないかのようにふるまう。
流行病が、人災だとは考えません。流行病の発生に、みんなも自分も荷担したとは、やっぱり考えません。

風の音のなかで、妄想が蛇行しました。

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2017年10月17日 (火)

人間にかえりたい

なにもかもが、どうしていいのかわからない。
そういうところにはいりこむと、いつしか出口がみえなくなってしまう。出口があるのかすら、わからなくなってしまうのです。

気力がわかないときに、無理になにかをやろうとしても、なにもできないことは、よくわかっているつもりです。
けれども、なにもしないともっと体がかたまりそうで、ついなにかをやろうとしてしまいます。
〈なにか、やらなくちゃ〉
と、うつろに右や左、下をみて、弱った顔でさいごに空を見る。
はやく寝るにかぎると思っても、ころんとふとんにも転がりこめないのです、なぜだか。
こういうときでも、できることがあるのを、最近発見しました。できあがったのか、まだ途中なのかわかりかねたまま放置している詩を、ぽつぽつと読みかえすことです。こんなのが、あった……

〈人間にかえりたい〉

人間にかえりたい
にほんのあしで岬にのぼり
にしの水平線をみていたころに
うみはひかりをのみこんで
人間によるを贈ってくれた
人間はおわりをしった

人間にかえりたい
はだしで大地をふみしめて
ひがしの地平をみていたころに
そらはやみをふきながし
人間にあさを教えてくれた
人間ははじまりをしった

うみとそらがあった
ほかにはなにもなかった
シロとクロがあった
ほかにはなにもしらなくてよかった

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2017年10月14日 (土)

このごろのこと

仙台南郊の地域にお住まいで詩をつくっていらっしゃる女性が、わすれたころに便りをくださる。
尾形亀之助のはなしをするために、大河原に招かれたのが縁。そのときに、彼女の詩集をいただいた。わたしはそれを、帰りの新幹線のなかでずっと読んでいました。で、思ったのです。
詩そのものが、その人固有のことばなのだ。ことばは、世界なのだ。つまり、詩は、人ひとりにあたえられた、だれにも浸食されない世界である。だから、詩をつくるのに、それ以上の理由はいらない。生きる意味を考えることが無意味なように、詩をつくる意味など、本来はなにもないはずだ、と。

その女性からメールの便りをいただくと、いつもはっとする。
どうしてわたしは、生きているのだろうか。
どうしてわたしは、生まれてきてしまったのだろうか。
わからない。
ブッダは、そういう根源的な問いに、こたえることを拒否しました。どこまでいっても、わからないことだから。こたえがないことだから。
その態度に、わたしは驚嘆する。ブッダに敬意をはらう所以です。

わかりようもないことに、こたえることは無意味です。でもそれは、わからにことを考えることが無意味であることとはちがう。
詩をつくるのは、なにかのこたえをだすためではありません。詩は、なんの役にも立たない。社会をかえることもしない。その人を経済的に、たすけもしない。
でも、人は詩をかく。詩をかくひとは、いつの世も、どの言語圏でも絶えない。
わたしは思う。詩は、橋なのであろう。どうにかこうにかして、向こう岸にわってゆくための。橋をわたれるのは、その人ひとり。万民の救済の道具にはなりえない。出版ビジネスとむすびつきにくいのは、必然なんでしょう。
出版ビジネスと親和することばには、共通の特徴があります。羽を持つかのように軽く、よくふくらみます。

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