2017年9月22日 (金)

このごろのこと

このところ、酸辣湯にたすけらています。
凝っているわけではありません。総菜があっさりしているとき、具の多い汁をつくってなんとか「食べごたえ感」をだすだけのこと。
酸っぱくて、辛い。それだけで、具の量と汁のバランスが釣りあう。
3日前はカボチャと豆腐、今晩はごぼうと豆腐の酸辣湯にしました。薬味にはミョウガもよくあう。
いつも思うのです。酸味と辛みをブレンドしようと最初に思った中華の先人は、なんと攻撃的なんだろうかと。ここにもうひとつ、好みで山椒の「麻」(しびれるような辛さ)を足しても悪くない。つまり、麻婆豆腐の数式を、ちょっと借りてくるわけです。
いまさらながら、酸辣湯とはひとつの「発見」だったのだなぁと思う。

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2017年9月19日 (火)

このごろのこと


15分ばかりの待ち合わせ時間をつぶすために古書店でなんとなく棚を見つめていたら、『神皇国正統記』(岩波書店 岩佐正校注)の背表紙が目にはいりました。250円也。
〈買っておくか〉
幕末の尊皇攘夷思想を形成した水戸学のベースとなった書の一冊。成立は、天皇家動乱の南北朝時代です。公家の北畠親房が執筆者で、(諸説ありますが)吉野朝廷の幼帝・後村上天皇に奉じたと考えられています。
なんにせよ、南朝の正当性が主張されています。それが、神代と今日とを直結させることにより強調されているという構造が、一種の見せどころ。明治の近代国家が、国民統合の理論として採択した皇国史観の祖型を、ここに見ることができます。
いい買い物かもしれない。


遅い夕飯を食べていたら、いきなり思いだしました。
〈しまった、自転車を忘れてきた〉
その日は、いつも歩いていく最寄り駅(徒歩12分ほど)まで、自転車で行きました。住民票の写しをとりに、駅のさきの区役所にいかないといけなかったからです。
で、自転車を駅前の駐輪所にあずけて、電車に乗ったのでした。
さて、時計の針はもう夜の10時前、駐輪も割増料金になっているはずです。ただ、つかれを溜めた体が、外にでたくないと言っている。
しかたなく、重い足どりで駅に向かいました。と、ものの数分で大粒の雨が降りだしました。
踏んだり蹴ったりです。
ずぶ濡れになって、帰ってきました。


10日ほど、詩の推敲ばかりやっておりました。書籍のテキストを書くように、長時間机にすわって先へさきへと書きすすむ作業とは、またちがう根気と集中力ががためされる。だれに試されるのかといえば、それはことばの神さまにちがいないでしょう。
ことばの神さまが降りてこないと、詩は動きだそうとはしません。ことばを紡ぐは自分自身なのに、そこになにかの力が加わらないと、一篇ができない。なぜなんだろうか。

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2017年8月30日 (水)

このごろのこと


絶滅したと思われていたカワウソが、対馬に生息していたという。日本の固有種か、朝鮮半島からわたってきたものかどうかは不明。
最近、もっとも気になったのはこのニュースです。
なんだかワクワクする。


知人がさかんに北朝鮮の脅威について意見をもとめます。
「ほうっとけばいいんじゃないかなぁ」
と、返したら話にならないという眼でこちらを見るではありませんか。
「戦争になったら、コマムラさん戦いますか。それとも占領されてもいいんですか」
と、二択の質問で詰め寄られました。もう彼の眼には戦火が見えているらしい。
「興味ない? じゃ、いまどんなニュースに関心があるっていうんですか」
これには即答です。彼の顔色がまた変わりました。
「カワウソ! ですか……」


渓谷に釣りにでかけます。
と、対岸にカワウソがいて、こちらを見ています。観察しているらしい。
片手をあげると、むこうも片手をあげてかんたんにあいさつを返してきます。イワナを贈ると、むこうは弁当箱をくれました。
なにが入っているんだろうと包みの布をほどくところで、眼が覚めました。へんてこな夢です。
で、その日は一日、あの弁当の中身について考えてばかりいました。

曇り空ばかりの、8月が終わります。ふりかえれば、あまりいいことがない夏でした。「ちよちよ」書く手も、しばらく止まってしまいました。

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2017年8月22日 (火)

『ローサは密告された』

〈シネマ手帖〉No46

「ローサ、〝アイス〟ある?」
と、なじみの少年が雑貨屋に顔をだします。「アイス」は麻薬の隠語です。
「つけといてよ、こんどはらうからさぁ」
しぶい顔で麻薬をわたす主人のローザとて、仕入れ元の男には「足りないぶんは、今度はらうよ」と、頼みこんでやりくりをしている。 Rosa_sub13
貧者がごったがえす路地では、契約などわきに置いて、なんでも融通しあいます。互いに依存し合うことで、なんとか暮らしがなり立っている。アイスも、鍋底の暮らしにはりついたいわば「日用品」です。

バケツをひっくりかえしたような雨の夜、その雑貨屋「ROSA]を警察が襲撃します。
「警察だ、全員動くな。ブツはどこだ!」
ついさっきまで、仕入れたばかりの麻薬を袋に小分けしていたローサと夫のネストールは、なんなく現物を押さえられて、混乱した4人の子どもたちが叫ぶなか、しょっぴかれていきます。
土曜日の夕方でした。
マニラで日常的に起きている現実と、この襲撃時刻には深い関係があります。
週末は、裁判所が閉まるために、普通ならば即刑務所送りの司法手続きがはじまるのですが、売人は週明けまで留置所に留め置かれる。つまり逮捕時刻が午後6時だとすれば、最大42時間の交渉の余地があることになります。
「交渉」とは、警察が釈放の取引条件を売人にしめすことなのです。簡単にいえば警察は、身柄を拘束した貧民を脅しあげて、金と情報を搾り取るのです。
ようするにフィリピンでは、法は市民を守りません。

気鋭の監督ブリランテ・メンドーサは、1960年、サン・フェルナンドの生まれ。CMディレクターとして活躍したのち、精力的に映画を撮りだします。本作では、息をもつかせぬスピード感でもって、逮捕からローサ一家に降りかかるできごとを描ききります。善悪を超越した登場者の生命力が、画面からほとばしってくる。
「生き延びるためには、法も道徳も無視して状況を打開しなければなりません」(「SYNODOS」2017.7.14 ブリランテ・メンドーサ監督インタビュー)とブリランテ監督がいうとおり、身柄を拘束されたローサは、やむなく仕入れ元の売人ジョマールを売ってしまいます。ジョマールから手持ちの大金を奪い、さらに呼びだした妻から金をせしめた警官たちは、ふたりが払いきれなかった分をローサ一家に要求しました。警察の内部こそが、もっとも危険な無法地帯なのです。
「払えなければ、豚箱だ」
家を売ってしまったら、商売ができなくなる。さりとて夫妻が獄につながれても、自転車操業が止まるのは見えています。
金をつくるため、街にもどっていった子どもたちは、自分にできることをなんでもやりますーー

構想のきっかけは、ブリランテ監督が知人から、彼の家族におきた「事件」を聞かされたことでした。できごとの関係者をさがし、実際になにがあったのかを調べていくことは、ブリランテ監督の映画づくりには欠かせない作業です。舞台となったスラム街で撮影につかった3台のカメラはすべて手持ち、俳優にはカメラの位置を伝えずに、まるでドキュメンタリーのような映像をつくりあげてゆきました。
こうした手法で「アクション」を追いながらも、ブリランテ監督は「登場人物それぞれの感情を見せることをあえて抑え」たといいます。 Img_story_01_2
「彼らにとってはこれがいつもの、日常的な状況なのです。彼らは物事をあるがままに受け取る。彼らは感覚が麻痺してしまっているので、嘆きも抵抗もしない。そもそもほかに選択の余地もないのです」(前出「SYNODOS」)
ブリランテ監督にいわせれば、ローサ一家のそれはフィリピンの8割にあたる貧民層の「物語」なのです。

(制作:フィリピン 2016年 第69回カンヌ国際映画祭主演女優賞〈ジャクリン・ホセ〉 110分 監督:ブリランテ・メンドーサ 脚本:ブリランテ・メンドーサ  原題:『Ma'Rosa』 シアターイメージフォーラム他http://www.bitters.co.jp/rosa/


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2017年8月17日 (木)

このごろのこと


考えごとにふけっていたら、時間においていかれました。もう盆すぎです。数えてみたら、前回の更新から18日も過ぎていました。
「考えごと」とはいうものの、実際には「さて、どうしたものか」と、ぼけっとしていただけのことです。無気力状態で、じっと雨音に埋もれていたので、たぶん胸の奥にキノコが生えているでしょう。


理路整然と整頓しきれず心が散乱したまま、というできごとがままあります。
愛情であれ手間であれ、自分が投入した思いの総量に対して、同等のよろこびや満足がえられなかったとき、そんな無力感に体はおしつぶされます。こういうときは、なにも手につかず、なにをやっても心ここにあらず、です。
振りかえってみれば、そんな鬱々とした「おもみ」で人生の多くの時間は埋め尽くされている気がします。
にもかかわらず、「そんなこと」を、さっとやり過ごす上手い術は、いつになっても身につきません。さいごは決まって、時間にゆだねる。ゆだねるという覚悟もないまま、時間にながされる、といったほうがいいのかもしれません。


日々、読書は欠かせないという若い女性から突然、「これはというおすすめの本を一冊教えてください。わたし、読みますから」と問われ、眼が泳いでしまいました。
「どんなものがいいのだろうか」
「どんなものでもいいです」
「……」
ますます弱りました。
「じゃ、おすすめの作家でもいいです」
と、彼女が言いなおしました。相手の読書傾向やら嗜好を、そもそもわたしは知らない。もっとも、それを知っていたとしても、わたしが、彼女の趣味にあう作家に疎いということも、ありえる(この可能性が大だな)。あんまり考えすぎないほうがいいんだろう。
「絵本作家でもいいだろうかとーー」と断って、書棚の定位置にいつも見える「Goffstein」の名を挙げました。
「どうして、この人なんですか?」
またまた即答しにくい質問です。
が、彼女は、すぐにそれをとりけしました。
「あっ、それは読んで考えろってことですね」

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2017年7月30日 (日)

このごろのこと


3駅西の駅にある不動産屋に、自転車ででかけました。物件案内をお願いしてあったのです。
「ついでですから」と先方に勧められるまま予定外のものも拝見しているうちに、しだいに空が重くなりはじめました。帰りぎわ、曇っていた空から雨がこぼれだして、たちまち豪雨になりました。
よわった。
不動産屋でお茶をいただきしばし雑談、さらに駅前の喫茶店にかけこんで1時間も時間をつぶしましたが、とてもやみそうにない。陽はくれだすし、濡れた服は乾かないしーー。
しかたないから、ライトをつけて家まで走りだしました。数分としないうちに、靴も体もずぶぬれです。
ペダルをこぎながら浮かんできたのは、雷雨のときにみた一羽のハトの奇妙な行動でした。
電線にとまっていたハトは、大雨を苦にするふうもない。で、右の翼を大きくひろげて胸をはる。しばらくすると、こんどは左の翼をひろげる。そうやって、雨のなかにずっといる。どうやら、水を浴びているらしいのです。それが、じつに気持ちよさそうなのだなぁ。
この余裕、みならうべし。

物件の収穫はなし。おまけに体は冷え切りました。こういう日もあります。


あんまり鳴らないはずの携帯電話が、物件案内を請う途中の車中で鳴りました。
「あっつうてたまらんし、焼き鳥でもやりにいこや。どう?」
と、いう画廊のおやじからのおさそいに、(もちろん)ふたつへんじでこたえる。
「えっと、来週でしたっけ? ちょっと待ってください」
といいながらいちおう手帖をひらくものの、予定がないのはあらかたわかりきっています。
「あぁ、わざわざ確認する必要はありませんでしたなぁ。まったく白紙でございます」
ガッハハハという先方の笑いに誘われて、こちらもクゥワハハハとなる。
「まぁ、悪くない店でっせ」
そういえば、おれに食事のさそいはめっきりこなくなったなぁ(もちろん、出版関係者からの)。出版市場の外にはみだしたわたしは、おのずと日が落ちてから、自分が住む街の外にでかけることがなくなっていました。

運転していた不動産屋さんが、お愛想で「ご主人、なかなかいそがしいんですね」といいました。
「いえいえ、電話が鳴ったのですら久しぶりですよ」
と、正直にこたえる。相手は明らかに戸惑いの色を浮かべつつ、困りついでにフッフフフとわらいました。
へっへっへ
なんだか、わけもなくたのしい。

通例で、夏場は新しい物件がほとんどでてきません。不動産市場もしばし夏休み。引っ越しをすると決めてから、わがやのどこをさがしてもない「金」「キャッシュ」「貯金」などという物騒な言葉が細君との会話のなかにたびたび出るようになりました。なんだか最近は、その単語を口にするが苦痛です。
「ところで、お前は、お金を持ってるかい。すこし貸してくれるか?」
と尋ねると、ぶちはまいど首を30度ほど左にかしげます。 Img_0041_2


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2017年7月23日 (日)

みんなでラジオ体操だ!(その2)

前回のつづき、「みんなでラジオ体操プロジェクト」のこと。
全員で、おなじ動作をする。単純なうごきを何度もなんども繰り返すのは、一種の集団訓練です。ラジオ体操には音楽がつきものですから、刷り込み効果もたいそうたかいんだろうね。小池東京都知事のいうとおり、ラジオ体操を「体にたたきこんでいただければ」、それはとってもありがたいことなんでしょう。
ところで、ありがたいのは、だれ?
訓練をうながす側、このケースでいうならば五輪の主催者、戦中でいうならば大東亜戦争の主催者。すなわち、究極的には国家。忠実に権力の号令にしたがう民をもって、大躍進をなしとげたという成功譚を、この国は後生大事に持っています。

子どもながら、ラジオ体操する自分の姿を、わたしはかっこういいと思ったことは一度とてありませんでした。できることなら、その姿をだれにも見られることなく、すみやかに集団からぬけでたかった。
いまも、ラジオ体操に関する印象はまったく変わらない。当然のように子どもにそれをすすめ、喜んでやるおとなたちの気が知れません。
つきつめれば、わたしがすごく嫌なのはラジオ体操のマインドなのです。「みんなでがんばる」という姿勢です。みんなでがんばるというのことは、一見矛盾しているようだけど、「競争社会」のベースとなっている。みんなでがんばり、さらには、いっしょにがんばるみんなより、もっとがんばるという「がんばりづくし」は、近代日本をつくった重要な精神でした。成長盛りの社会を、つよく牽引する力を持っていました。

それが、明治の富国強兵や戦後の高度経済成長の原動力を可能としたことは認めます(「一億一心」のかけ声で米英を倒そうとしたあの無謀な戦争も)。
けど、「みんなでがんばる」の効果がてきめんにあらわれたのは、「成長」できる社会そのものの「わかさ」にあったことも、もう認めないといけないのだと思います。アベノミクスもそうだけど、「勤勉で優秀な日本の技術が世界を制覇する」という神話に抜けおちているのが、自身とそれをとりまく環境についての冷静な理解です。さらに、いま現在を肯定せんがための錆びた歴史観(戦中に社会を占有した浪曼主義)が、バイアスをかける。

どう考えても、この社会はわかくはありません。赤子のように細胞分裂が激しく、肌はみずみずしく、みるみる大きくなったりはません、絶対に。
あるていどの成長をはたし、ゆるゆると坂をくだる妙齢に達したことは、経済の成長率をみても、高齢者、後期高齢者が占める人口比をみても、遅れて近代化にのりだした国々の勢いをみても、だれでも理解できることです。働けば働くほど産業規模がどんどんふくらみ、社会が豊かに便利になってゆく希望的状況は、内にも外にも見あたりません。
「成長するな」と、それ自体を否定したいのではありません。
そうではなくって、一時的な成長期のかけ声であったマインドを、「日本人のDNA」などと公言して、永遠の真理のごとく社会にあてこうもうとする無理をやめたらどうかと言いたいのです。さすがに、通用しないもの。
苦い現実をたくさんくぐりぬけた分別ある「おとな」であれば、とても東京五輪を盛りあげるために「みんなでラジオ体操、がんばろうぜ」なんていう、無邪気な発想はしないはずです。すこし、洒落心がある「おとな」であれば、無表情でラジオ体操をする滑稽な人々、その集団の奇っ怪さになにがしかのイタさを覚えるはずです。

「一丸になってみんなでがんばる」っていう幼いノリは、どうみたっておとなのものではないよね。ラジオ体操、もうよそうよ。それがなくなっても、じつはだれも困らないもの。

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2017年7月18日 (火)

みんなでラジオ体操だ!

20代後半に勤めていた印刷会社内の広告制作部局では、毎朝、音楽にあわせて全員でラジオ体操をするのが慣例でした。そのあと、代表者がひとりあいさつをさせられる。ある朝、順番で前に立たされたわたしは
「ラジオ体操をすることと、ぼくらの仕事になんの関係があるんでしょうか」
と言って、和やかな朝の空気を、ついかき乱しました。管理職はじめみなさんの、うつむき加減の顔が引きつっておりました。あとで、「賛成、わたしもそう思うよ。狂ってるね、この職場」と小声で言ってくれたのは、同年配の若い女性たち数人きりでした。

ずいぶん古い話を思いおこさせたのは、小池百合子東京知事が先日の定例会見で披露した「みんなでラジオ体操プロジェクト」でした。東京五輪まで3年をきる夏の日にスタートするというこのプロジェクトは、東京のみならず、全国の企業や自治体で、積極的にラジオ体操を実施しようという、じつに微笑ましい試み。小池さん曰く
「日本人のDNAに刻み込まれているのがラジオ体操。都民と国民がひとつになり、五輪に向けた機運醸成の場としたい」

なんだか虚をつかれたようなメディアは、体操プロジェクトにずいぶん好意的でした。和やかにこれを伝えました。
でも、かつての自分ならば
「ラジオ体操をすることと、五輪の成功となんの関係があるんでしょうか?」
と、尋ねるにちがいない。
とりわけ仰天させられたのは、ラジオ体操をする意義についての彼女の次なる見解です。笑顔で、こうおっしゃる。
「全国で3年間、ラジオ体操をやってもらい、曲がかかれば『五輪・パラリンピックやってた』と思うくらい体にたたき込んでいただければ」

正気かな?
たしか、おなじことを戦前もやったよね。
学校では、教育勅語を全員で唱和させたでしょ。ラジオからは、大政翼賛会文化部がつくった国民詩「大詔奉戴」の朗読が、毎月8日の「大詔奉戴日」(開戦日が12月8日)にくり返し流れていました。もちろん、ラジオ体操も学校や地域で盛んにやりました。
これらはまさに、大東亜戦争への意欲を「体にたたき込んでいただければ」と、ときの国家が先導した「みんなで大東亜戦争プロジェクト」の一環でした。

そもそも昭和天皇即位を祝う事業のひとつとして、ラジオ体操の放送は企画されました。昭和3年8月、朝6時にあの音楽が流れたのがはじまりです。
じゃ、どうしてラジオ体操の実施が「御大典記念事業」となりえるのでしょうか。
耳慣れたいつもの音楽が流れると、なにをいわれずとも、みんなが一斉におなじ動作にはいれるようになるーー。きっと、そのこと自体に意義があったんでしょう。だれもが口ずさむことができるかのイントロは、国家(大御神)の号令にいつでも置きかえられるのです。

でさぁ、「国民規格化体操」のはじまりなんて、たかだか90年ぐらい前のはず。それをさも当たり前のように「日本人のDNAに刻み込まれている」といってしまう、小池さんのおおらかさは、いったいどこからくるのでしょうか。首をかしげずにおけない。
「みんなで体操やろうよ!」のかけ声は一見清々しいのだけれども、よくよく考えると、真夏の怪談よりおそろしいかもしれません。

小池さんの声かけに、全国の自治体、企業、地域の隣組がこたえ、津々浦々でラジオ体操が大いに奨励されて盛りあがっていく社会の姿を想像できませんか。イントロがあっちからもこっちからも聞こえてきたとき、反応できない人がいたとしたら、これは眉をひそめられる対象です。密告にあたいする。そういう彼・彼女には、「五輪非協力者」あるいは「非国民」の疑いがかけられる。「あいつ、なにをたくらんでいるかわからん」と影でささやかれるような輩には、「共謀罪」の適応が便利かもしらんなぁ。

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2017年7月 9日 (日)

『しあわせな人生の選択』

〈シネマ手帳〉No45

末期の肺癌を宣告された舞台俳優・フリアンの家族は、ブルマスチィフの「トゥルーマン」のみ。1年にわたる通院治療の末、フリアンのなかで、そう長くなさそうな残りの日々をどのように過ごすかがようやく定まってきます。
体が動くうちにやるべき仕事が、ひとつ。「むすこ」同然のトゥルーマンの引取先をさがすことーーです。 360443_002

ある朝、マドリッドの町中にある彼の玄関ベルが鳴ります。思いがけず、そこにいたのは移住先のカナダの大学で教鞭をとる古い友人のトマスでした。フリアンのいとこパウラから病状について知らされたトマスは、最後の別れのつもりで吹雪くカナダから太陽がまぶしいマドリッドにやってきたのです。
滞在予定は4日間ーー。
久しぶりの再会を果たしたトマスは、とことんフリアンに付きあいます。主治医に科学的治療を断つことを告げる場に立ち会い、かかりつけの獣医にトゥルーマンとどう別れたらいいのかアドバイスをもらう場にも付き添い、里親候補の家族と面談する場にも同席し、劇場支配人から療養を言い渡されて事実上解雇される場にも遭遇し、急に思いついてアムステルダムの大学で学ぶ息子(別れた妻との間の一子)に飛行機で会いに行く場にもトマスは寄りそう。
友がやっておきたいことに、彼はうなづいては財布の口をひらき、一緒にあるく。かつてと変わらず、なんらの「見返りをもとめない」(フリアン)のだ。

監督はセスク・ゲイ(わたしと同年)。母親の闘病体験が、本作のベースにあるといいます。本作の妙味は、どんな場面にあっても、コントラバス・ベースのような軽快なリズムが絶えず感じられること。おそらくそれは、おとなの「ゆるやかさ」を雄弁に表現できる役者たちの円熟味あってのことなのでしょう。フリアン役のリカルド・ダリン、トマス役のハビエル・カマラのやりとりは、重すぎず、さりとて軽すぎずない。

里親候補の邸宅を尋ねたときのこと。トゥルーマンを一晩あずかりたいと先方から打診されたときのフリアンのさりげないとまどいぶりには、ことば以上のことばがあふれています。他人の家に置いてゆくトゥルーマンにフリアンは
「オレに恥をかかすなよ」
と、さみしげに微笑みかける。髭にも白い者がまじるいい年の男ふたりは、なかばあきらめ、しかし限られた時間を愉しみます。たがいを尊重するというだけの彼らの関係性に、終末期人生訓のごとく教条的なことばはどうも似合いません。「感動」をねらったあざとい邦題『幸せな人生の選択』は、明らかに作品の世界観を損なっています。原題はいたってシンプルな『Truman』。
さて、予定の4日間はたちまち過ぎます。残念ながら、トゥルーマンの行く先は見つからないままです。男たちの胸の奥にあったであろう心残りと、トゥルーマンの存在がすっと重なりあうラストは、みがきなおした銀のように渋くまぶしい。

(制作:スペイン・アルゼンチン スペイン語、英語 2015年 ベルリン国際映画祭金熊賞 108分 監督:セスク・ゲイ 脚本:セスク・ゲイ、トマス・アラガイ   原題:『Truman』 第30回ゴヤ賞5部門受賞、第8回ガウディ賞6部門受賞、第63回サン・セバスティアン国際映画祭最優秀男優賞受賞 TOHOヒューマントラストシネマ有楽町他http://www.finefilms.co.jp/shiawase/


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2017年7月 4日 (火)

「お灸をすえる」選挙風土

第1党をほこった自由民主党が、都議選で大敗したのを、ラジオに登場した政治アナリストが次のように分析していました。噴出したスキャンダルに対して、安倍政権があまりに傲慢であった。
いつか、似たようなフレーズを聴いたことがあります。国政で民主党が、第1党になったときです。国民は「お灸を据えた」と。
だとしたら、有権者の一票というのもまた、傲慢だといわざるをえない。政策や理想といったものに期待したり共感するわけでなく、生意気かそうでないかというきわめて低い次元の感情で、候補者にとって絶対必要な「水」を投げ与える、あるいは鼻先から引きあげるのですから。そりゃ、「握手攻め」とか「土下座」、「名前の連呼」という、日本固有の選挙風土が生まれるわけです。

傲慢な有権者は、選んだ政治勢力が、「国民」もしくは「都民」の利益を引きだしてくれるかどうかを、高見から見物します。で、目に見えるわかりやすい成果がなければ、またもや怒りを暴発させて「お灸」を据えにかかる。辛抱などしない。理解しようともつとめない。自分の投票判断を省みることもない。わたくしの一票への責任など、露ほども考えません。
こういう有権者を相手に、効率的に一定の票を集めようと思えば、政策や理想などはまっさきに不要になりましょう。選挙戦は、趣味の悪い「おまつり」にしかなりえない。傲慢な有権者が、傲慢な為政者を生みだしては、ほうり捨てる、いつもの不遜でヒステリックな選挙がまた派手にくり広げられたのです。

覚えておきたいのは、「都民ファースト」の大勝は、あまりに不透明だった豊洲市場への移転問題や安倍政権が進めてきた戦前回帰に、有権者が危機感を抱いた結果ではないということ。だから、いま国政ですすんでいる深刻な危機は、形を変えてきっと都政の場で再生産されます。
いってみれば、「都民ファースト」というのは、かくも傲慢な有権者の利益を政治が代弁することです。だれかに対して有権者が傲慢にふるまえる、そういう機会を政治がつくりだすことです。手っとりばやいのが、ナショナリズムの起爆装置を押すこと。
それがあまりに熱狂的、圧倒的になると、「ファースト」であるべき都民とそうでない人々とを激しく分断することになる。
「安倍政権」が、もうひとつできるかもしれない……。「都民ファースト」大勝の報せを聞いて、まっさきに思ったのはそれでした。

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«共謀罪が「秩序」をつくる