2017年5月14日 (日)

このごろのこと


雨の朝、ぶちは散歩に出られません。もっとも外につれていったところで、一歩もあるかないのですから。


雨のようすを、部屋から眺めるのはすきなのだけども、そとには出たくない。
用事があって、しぶしぶ外出。家にもどらず、有楽町線でそのままかんらん舎へ。このドアは、自分にとってセーフティーネットのようなものかもしらん、とふと思う。
「つまんねぇなぁ」
「まったく」
「もしろくねぇなあぁ」
「まったく」
しばし、じつに非生産的な雑談。


雨の日のTom Waitsは、なんだかいい(https://www.youtube.com/watch?v=0Y97UQ_TD8c&list=RD0Y97UQ_TD8c#t=7)。酔いどれたようなピアノと、荒野でみる地平を思わせる声の響きで、一瞬にして彼の世界をつくりだす。うつりこんでいるのは、社会のふきだまりで、くるくるまわってるような人々の悲喜こもごもです。
本質的に彼は詩人なんだぁ、と思う。

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2017年5月12日 (金)

このごろのこと


ブチの体調がまたすぐれない。そういえばこの4月で9歳になったもの。無理もないか。ヨーグルトとかミルクとか、レタスとかキウリとか、すきなおやつをあげられないのが、すごくさみしい。ぶちは、もっとさみしいだろうに。


ボゴタのノブさんから久しぶりのメールが、とどきました。最近の「ちよちよ」、まとめて読んでくださったとか。赤い屋根のボゴタの家を、なつかしく思いだす。そういえば、利害にかかわりなくたよりがたえない知人って、どれほどもおりません。あんがい、長いつきあいかもしれない。


原稿に手がつきません。気力がないんだね、どこにも。まっ、ほんの一滴でもそれが生きるに必要な行為ならば、また体がうごくだろう、と思う。かりに体がうごかなかったら、それまでなんだろう。ある一線をこえてしまうと、ひとは思うにまかせない自分の負荷や課題を、なぜか人ごとのように感じるらしい。自分をまもるための、逃避行為かもしれないなぁと思う。


クロッキー帳をまた一冊つかいきった。また新しいゴミをつくってしまった。一昨年だったか、大量に処分したのに、またぞろ重い山ができてきました。
ところでーー。つい1か月ほど前だったか、なんでクロッキーをやっているのかと若い女性に聞かれて、こたえられませんでした。意味はないもの、目的も目標も……。「好きだから」と言うことができたら、話しがもう少しはずんだのでしょう。でも、そういうこととはちがうんだなぁ。でも、うまく言えないんだなぁ。いろいろなことを、すききらいで割りきることができ、すききらいで説明できたらどんなにいいか。ひょっとしたら、ともだちが増えるかも知れない。いや、増えないかも知れない。 Img_0026_2


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2017年5月 9日 (火)

現実主義と憲法改正

日本会議などが主催する改憲集会にビデオメッセージを寄せた安倍首相が、「2020年が新しい憲法が施行される年にしたい」と発言なさった。具体例として提示したのは、第9条の1項、2項を残したまま3項を加える、いわば「加憲」。自衛隊の存在にかかわる部分で、これまでになく主張は現実的です。

これに刺激されてか、改憲への私見をひかえてきた政治学者や社会学者も、積極的に肯定論を発信するようになりました。
で、かつての改憲議論とは、やや様相がちがう図式ができつつあるようなのです。
改憲に前向きな若手の論客たちは、安倍自民党の明らかな支持層とは思われてこなかった知識人たちです。よって、彼ら彼女らは自民党が起草した憲法草案のすべてを支持しているわけでもありません。
細かな差異はあれども共通点は、第9条をピンポイントで問題としていること。

かりに彼らを「安全保障のための現実主義改憲派」(略して安保改憲派)と呼びます。主だった主張は次のとおり。
北朝鮮が核を持ち、軍事大国・中国の示威行為があからさまになり、そして米国の力が弱体化したいま、現実的な安全保障政策をとることが、現憲法下で可能であろうか。第9条の1項と2項は、あきらかに日本の現実と矛盾する理念であろう。

1項
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2項
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

彼らは、こう言います。憲法を改正し、早急に、自衛隊の存在を「軍」として認め、侵略や攻撃に対する具体的対策に着手せよ。
しごくまっとうな現実論で、うなづくよりありません。

ただ、安全保障を個別に引き抜いて「部分」をもって、憲法改正を急いていいものだろうかという疑問は、どうにもぬぐません。
憲法の改正は可能だという既成事実をひとつ積みあげたあとに待っているものを、考えざるをえないからです。
安倍自民党の本来の要求は、党がまとめた憲法草案で明らかなように(前にも書いたので、ここではやらないよ)、ひとの内面に関わる抜本改革にあるからです。第9条改正は、核心であり同時に部分なのです。
つまり、彼らが成しとげたいのは、戦後に培われた国家と個人のありようを覆すこと。彼らがにくむ「個人主義」すなわち

すべての国民は個人として尊重される(第13条)

を解体し、国家に有益な人(個人じゃないよ)として集約していくことにあります。

北朝鮮の脅威に備えることはなるほど現実的で、喫緊の課題にはちがいありません。が、そのために自民党草案の本質を読み飛ばすことは、じつはもっと危険です。改正に賛同する理由が、たとえ第9条の矛盾をただすことにあろうとも、結果として第13条の「破壊」に荷担することにもならないだろうか、とわたしは考えずにはおけない。

戦前、いち個人の人格は「現実主義」のまえに縮小を余儀なくされました。治安維持法に国家総動員法、国体明徴声明などなど、個を圧迫して消滅に導いた法案や内閣決議を支持したのは、まぎれもないメディアと世論です。大陸で勃発した紛争への「現実的対応」を優先するならば、「思想の自由」などという生ぬるいことはいってはいられないと、だれもが当然のごとく思ったのです。
ときとして現実主義は、権力と融和できるじつに短絡的な公式にはまってしまうことがあります。
おきざりになるのは、きまって理想や理念です。それは、日々の現実になんら働きかけることのない無用なものなんだろうか。

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2017年5月 4日 (木)

書籍原稿のそれから

先週、版元の旧担当者から連絡がはいりました。
手わたしていた書籍原稿を出版することはできない、という、ていねいな返事でした。予想はしないでもありませんでしたが、力がぬけました。

思えば、最初に版元から断りを受けたのが昨年の9月ごろかな。企画の段階から話しをしてきたその担当者に、盆過ぎに全原稿を送信したことはよく覚えています。
数えれば、以来、名乗りをあげた1社もふくめ、あわせて6社に話しをしたことになります。
なんと6戦6敗です。そもそも書きおろしの書籍原稿を、「いらない」と言われたことは一度とてありませんでした。

正直、打たれ弱い。1社に断れると、全人格を否定されたかのごとくうちひしがれ、なかなか立ち上がれません。次の1社に声をかけられるまでに回復するには、時間がかかります。
「内容からして販売の道筋がたてられない」というのが、ほぼ共通した版元の言い分です。「読者が喜ばない」、あるいは「読者を遠ざけかねない」こういう「しごと」は、出版ビジネスにはなりえないということです。
わからないではない。でも、なにかもっと積極的な理由があって、版元はこれを扱いたくなのではないだろうか。理由というのは、理路整然としたものでなく、もっと生理的な部分からくるものーー
ちかごろ、そんなふうにも思えてきました。

テーマとした「国民詩」はものごとを思索するドアに過ぎず、本質はメディアと大衆、そして権力の関係のなかで亡霊のように浮沈する「浪曼主義」の姿を、あきらかにすることにありました。えがきたかったのは、浪曼主義をめぐる大きな思想地図です。
そういうテーマそのものに、だれも興味を抱かないばかりか、むしろ煙たがれることに、どうにもわたしは違和感を覚えてならない。
ただーー
かんたんに折れるわけにはいかないなぁと思いつつ、気力はいまどこを探しても見あたりません。

原稿を「塩漬け」にするかどうか、とりえずあと数日寝てから再考するつもりです。

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2017年4月29日 (土)

「承認」の反動

自分がどういう時代を生き、どんな地点に立っているのかということが、まったくわからなくなっています。
ひとは承認によって自己(存在)を確認する動物です。自分のすがたも価値も、承認がなければかたちをなしません。
SNSを通じて、ふつうの個人が日常的に不特定多数の「承認」を受けるというメディア環境は、ほんの15年前まえにはちょっと想像できなかったことです。
にもかかわらず、おのれがだれなのかがますます見えにくくなっているのは、なぜでしょうか。

豪雨のような量の承認は、ひとの認められたい欲求を全解放しました。けっか、わたしたちは少々の承認では満足できなくなった。
富の追求を全肯定した資本主義社会と、おなじことがやがて精神のうえでもおきる、であろう。おそらく、「足るを知る」という感覚を失ってしまう。

詮無いことですが、この反動は、どんなかたちになってあらわれるだろうかと、ときどき考えます。ものごとを寸分も定着させることなく、ひたすら解放、拡大にむかうことへのカウンター。考えうるかぎりでは、餓鬼のように承認に貪欲になりながら、一方で、他者を認めることの意味に希薄になってゆくということ。
たぶん創造力を鈍磨させることで、過剰な架空コミュニケーションの負荷を和らげ、バランスをとるわけです。むろん、そんな自覚もないまま。
こころを閉ざさない。たったそれだけのことが、わたしにはすごくむずかしいのです。
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2017年4月23日 (日)

部屋さがし

まだ部屋探しをしていてます。
沿線をくだって、だいぶ郊外の街に出かけました。かつての巨大団地が高層化して生まれ変わり、おかげで更地となって売却された広大な土地に、雨後の竹の子のように分譲住宅地が造成されていました。
増える人口をあてこんだ巨大ショッピングモールが驚くほど近い間隔で出店を競い、現場付近は活気にわいている。需要ゆえの必然か、それとも建築業界の活況を維持しようとする金融政策が、過剰な需要を喚起しているのか、よくわかりません。

一方で、わたしが部屋を見学した線路の逆側、古い住宅地には空き地がだいぶ目立つようになったそう。あまる住宅と、すさましいまでの供給量と。このコントラストは、いったいなんだろうか。
賃貸物件を案内してくれたのは、いまどきでない街の不動産屋さん(事務所内に昭和の匂いが残る)。わたしと同年配の男性が、ぼそりと言う。
「異常ですね。少子化と人口減は明らかで、家は確実にあまっていきます。このへんでも実際、古い宅地は10軒に1軒は空き家化しております。あんなに造成して、この先どうなるんでしょう。(造成や再開発景気は)どう考えても、東京オリンピックまでですよ」
そいえば、銀座あたりでもビルの建て替え工事が盛んです。

実態以上に膨らんだ金が、労力をつかわず利鞘を稼ぎだせる金融商品や、希少性を失わない土地に向かうーーのは、いまにはじまったことではありません。
中長期的に金を担保できる不動産と、短期的に金を動かす建築は、いつだって景気浮揚の先頭をゆきます。土地こそが、人の欲望の過密地帯だからです。
完全に自由な経済競争のもとでは、「住まう」ことは、いかんせん資産保有と表裏の関係にあります。
それに「期待感」という刺激が加わると、不動産取り引きはたちまちバブルの原資となります。
経済学者の野口悠紀雄氏は、危険なバブルをどう潰すべきかと記者に問われ、こうこたえています。アベノミクスの金融効果を、メディアがはやし立てていた2年前のインタビューです。
「人々の期待が崩壊するんだから、それをコントロールすることはできない。上がると思い、転売利益があると思うから高く買った。それが限界になったところでバブルの崩壊は非常に急激に起こります。ゆるやかにバブルをつぶすことは不可能です」(「毎日新聞」2015年3月2日)

案内人の後について、知らない街の、見知らぬ風景のなかにある部屋のドアをくぐる。とりとめもなく不動産とはなにかを考える。なにかしら緊張から解放されないこの街歩きは、もうすこし続くーーかもしれないなぁ。

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2017年4月16日 (日)

『午後8時の訪問者』

〈シネマ手帳〉No44

あの電話にでていたら、あのときひと声かけていたならば、あの門を曲がらなかったらーー
もしかしたら、なにかが変わっていたのではないかと思うことがあります。 Director_pic03

すでに診療時間が過ぎた午後8時、小さな診療所のベルが鳴ります。ドアを開けに立った研修医をとめたのは、若い女性医師・ジェニーでした。
「こんな時間に来る方が悪いのよ」
それよりも、彼女には、痙攣する患者を前に呆然と立ちすくんだ彼に、医師として言っておきたいことがありました……
翌朝、診療所を尋ねてきたきた刑事は、ひとりの黒人少女の遺体が近くで発見されたことを告げ、ジェニーに防犯ビデオの提示を求めます。午後8時、ベルを鳴らしたのはまさにこの少女だったのです。ひどくとり乱して駈けこんできた少女が、ドアガラスにすがる姿に心をかき乱されたジェニーは、スマホに、身元不明のまま埋葬された少女の姿をおさめ、患者らに「彼女を知っている?」と尋ねだすのです。
ある日、少女の写真を見せた引きこもりの青年の脈が、異様にはやくなったことに彼女は気づくーー。Director_pic02

大ベテランの監督ジャン・ピエールとリュック・ダルデンスの兄弟は、これまでなんどもカンヌ映画祭で高い評価を得てきました。初出品作品『イゴールの約束』で映画評論連盟賞を受けたのを皮切りに、次作『ロゼッタ』、さらに『ある子供』で最高賞・パルムドール大賞を獲得しています。近年も、『少年と自転車』、『サンドラと週末』など発表作品は、常に映画批評界の関心の的となってきました。
意外ですが、ベルギーの工業地帯で有名な労働闘争の地リエージュに生まれ育ったふたりは、そもそもドキュメンタリー作品から映画制作をスタートさせています。75年にブリュッセルに設立したドキュメンタリーの制作会社「Derives」が、その原点。都市整備や移民、ゼネスト、レジスタンスなどをテーマとしてきました。
手法をたがえて、人の心理やドラマを描くにせよ、ふたりの作品には常に「社会」の虐げられた「unknown」の影が落ちています。

さて、ジャン&リュック監督は「追求」する医師を主人公にした本作を「サスペンス」だと言います。が、ハリウッド作品のように、不安や恐怖をこれでもかと煽りたてるわけではありません。
体調を崩していた老医師に頼まれ、一時的に診療所を任された彼女は、大病院に好待遇で迎えられることになっていました。つまり診療所はじきになくなる施設で、ジェニーにとって、人生の仮の舞台でしかありませんでした。
ジャン&リュック監督の視線がどこにあるのかは、どうじにふたつ、彼女の「心がかり」をつくったことから察せられます。ひとつは、少女の死亡事件。もうひとつは、ジェニーのひと言により、研修医が医師の道を断念してしまったことです。事件に深入りしながらも、研修医の選択は彼女の心につねにひっかかっている。
やがて、下層の病める者が足を運んでくる診療所が、社会(事件)の見えざる中心にあることに、彼女は気づきはじめます。

(制作:ベルギー、フランス、フランス語 監督・脚本:ジャン・ピエール&リュック・ダルデンス 2016年 106分 カラー ヒューマントラストシネマ有楽町他http://www.bitters.co.jp/pm8/

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2017年4月11日 (火)

「真理とは日本国体也」

東大教授だった矢内原忠雄が、辞任を余儀なくされたのは日中戦争が勃発した昭和12(1937)年の12月でした。辞任とはいうものの、実質追放でした。
経済学者にしてクリスチャンであった矢内原は、講演や論文で一貫して平和主義の必要を主張してきました。その矢内原への糾弾はたいへん激しく、まさに孤立無援の状態。政界、メディア、右翼、教育界から容赦なく、礫があびせられます。
論文『民族精神と日支交渉』(『帝国大学新聞』昭和11年12月7日号)で、矢内原が語った「国体」に関する見解を、少々長くなりますが、ここに引いておきましょう。

「この故に民族精神を民族の神話的起源に於て発見せんとするは歴史の所産をば歴史以前に依て解釈せんとするものであつて、その非科学的なることは明白である。従つてこの種の民族精神の高調は民族現実の行動を科学的に説明し批判する為めといふよりも寧ろ神話を廻りて存在する超自然性、超歴史性、超批判的権威によつて、現実の民族的行動若しくは民族指導者の行動を弁護する為に援用せられることが少なくない。否現実的具体的なる政権若しくは政策に対する批判を許さざる指導者の行動を弁護する為めの武器として、神話的伝説的権威を持ち来たるのである。神話的民族的精神は独断的政治のイデオロギーである」

皇国史観がよって立つところである「神話」信仰は、自らの歴史を「歴史以前」に求めようとする倒錯した行為だと、矢内原はいいました。神世と現代の国家をダイレクトにつないでしまうのですから、歴史などないも同然です。
それは、「超自然性」で「超歴史性」で「超批判的権威」だと「超」を3つも重ねました。つまりね、政治家や軍人たちがさかんに唱えている「神話的伝説的権威」というやつは、自然科学の考え方や批判精神の一切を「超越」している、と。
その超越性って、けっきょくは、大陸に土足であがりこんだ自分たち日本人の行動や、侵略の正義をあおりたてる国家指導者らを都合よく「弁護する為の武器」になっているにすぎないじゃないか。皇国史観は実際、「独断政治のイデオロギー」でしかない。くだけた言い方をすれば、こんなふうに矢内原は、ときの風潮に異を唱えたわけです。
当時、教育の現場で御真影とともに崇められた「教育勅語」も、やっぱり「超自然性」「超歴史性」「超批判的権威」を備えたもののひとつでした。そう、道徳概念などとは次元のちがう「国体」のためのイデオロギーです。

天皇機関説批判にはじまる大学粛正運動の火付け役となった反共の思想家・蓑田胸喜は、矢内原とおなじ東京帝国大学の俊英で、ほぼ同年(1歳だけ若い)でした。
私淑した三井甲之との共著『真理と戦争 東京帝大教授矢内原忠雄氏の「真理と戦争」の批判に因みて』という100ページあまりの薄い本が、わたしの書棚にあります。ここで、ふたりは矢内原を徹底的に攻撃しています。なぜ、矢内原のような思考法がダメなのかといえば、それは「真理」ではないから。
「われわれは精神的科学歴史哲学の見地より『真理とは日本国体也』と宣言する」
わかるようで、わからない発想です。日本という近代国家がつくった「国体」は、存在世界の根本原理だといってしまうのです。

戦後70年がすぎ、国会で「八紘一宇」や「教育勅語」の精神をとりもどすべき、といった発言が、果敢に、ややもすれば威圧的、攻撃的口調でなされるようになりました。
そうした発言をする人たちには、議論にとりあおうとしない共通のまなざしがあることに、最近気づかされました。「八紘一宇」や「教育勅語」を絶対の「真理」だと信じる彼らにしたら、議論や説明はまるで意味をなさない。「真理」を、真理だと説かねばならない現在の社会に、彼らはいいようのないいらだちを覚えているように、見えます。
対話の「余地」を寸分も持ちません。

「余地」なき世界を、具体的に想像することができるでしょうか。あらゆるものがシロとクロに色分けされる。社会には、ふたつのタイプの人間しか存在しない。双方は、両局にふりわけられ、決してまじわる点を持たない。つまり、完全に分断されています。
やせ細って、ごつごつと骨張っていて、どことなく貧しさを感じさせる風景です。

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2017年4月 1日 (土)

愛国オタク

『芸術新潮』新年号にあった大友克洋さんと江口寿史の対談『「漫画」と「絵」を語る』を、朝から開いていました。吉祥寺の居酒屋ではじまった、ふたりの砕けた会話はおもしろい。大友さんがこんなことを言っています。
「まあ、絵は自由だからな。何かヒエラルキーがあるわけじゃでもなく、その人の描いた絵がよかったらそれでいいんだから。それに自分が描くと、世界が広がる。自分が世界を広げていく」
かっこいいな、と思ったのはつぎのひと言。
「それがオレが漫画を描く理由」
江口さんは、こう返しています。
「日本の風潮ってさ、若いほうがいい、新鮮なほうがいいというのがあるじゃないですか。それはもちろん素晴らしいところが多いからそうなんだけど、たとえば外国のミュージシャン、ブルースの人とかってさ、歳をとってもカッコいい。それをオレたちの世代がやんないといけない」

傍らには、今朝の朝日新聞朝刊の見出し「教材に教育勅語否定せず」。政府答弁書の閣議決定という形をとって、安倍内閣が、教育勅語が教育の場に持ちこまれることを容認したという記事です。
それとなく思ったのは、〈なんと、かっこう悪いおとなたちだろう〉ということ。やりたいことを、なんでもやってしまうこらえしょうのなさにわたしが感じたのは、「愛国」というおもちゃを片時も手放せない幼児性でした。きっと、「愛国」にすがる人たちは、ほんとうの意味の「あそび」を知らないのでしょう。「自分で世界を広げていく」たのしさを知らないから、遵守すべき絶対的規範をどうあっても手放せないのです。

さきの対談。
漫画における鼻の描き方をめぐって、「記号」という言葉がでてきます。なんでも「記号」に置きかえてしまう絵に欠けているものは、かたちや事象に対する「観察と理解」だというところに、話しは転がっていく。
「オタク系の絵はみんな記号だよね。だからおもしろくない」(大友さん)
安倍さんらがいう「愛国」も、記号にちがいないのでしょう。社会に対する観察も、その観察によって初めて知れる複雑な関係性も、振り子のようにゆれる迷いも、他者の痛みも、深いところに眠っている悲しみも伴わない、たんなる記号です。マジョリティーとマイノリティーをよりわけるだけの記号ーー。読み解き、理解に想像力がいらない代わりに、創造する力もそだてたりはしません。記号だから。「愛国オタク」の人々の発想って、「だからおもしろくない」。ちっとも、わくわくしないんだ。


追伸:小学校のとき、たまらなく好きだったのが江口寿史さんの「すすめパイレーツ」。おなじシーンで、なんども腹をかかえて笑いました。クラスの友達が「兄ちゃん」の『少年ジャンプ』を、発売日から数日遅れでよく学校に持ってきてくれましたっけ。

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2017年3月29日 (水)

ロマンチストと教育勅語

最近おどろいたこと。「教育勅語」を評価するロマンチストの大人たちが、かくも多かったこと。

話題の森友学園が児童に暗誦させる「教育勅語」を、稲田防衛相が「教育勅語の精神は今も取り戻すべきだと思う」と堂々と発言されました。と、ほかの政治家や芸人さんからも賛同者があらわれました。
みなさんに共通するのは、「教育勅語」っていいこといってんじゃんというしごく素直な論法。その「核の部分」というのは、稲田さんによれば「親孝行とか友達を大切にするとか」そういうことらしい。
なるほど、いいことだね。「これのどこが悪いんだ」と、意気ごまれたら否定できるひとなんかいないでしょう。だってそんなの、就学前の園児ですら判断できることです。

こう考えてみましょう。
では、園児ですら判断できるような倫理観、「親や友達を大切にね」というのは、「教育勅語」がないと育たないのでしょうか。「教育勅語」を唱和させないと、おとなは子どもにそれを伝えられないのでしょうか。
否、ですよね。社会生活を営むなら、年齢の階段をのぼりながらだれもが自然に身につけることです。

そもそも明治政府は、なんでそんなものをわざわざこしらえて、全国津々浦々の学校に発布したんでしょうか。しかも教育の最高規範書として。
発布は明治23年の10月、米価高騰により餓死者まで出た年です。列島は、深刻な経済危機に見舞われていました。これを一気に好転させたのが、四年後の日清戦争特需です。

さて「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ」ではじまる教育勅語の「朕」とは天皇です。つまり発話者の天皇が、忠良なる臣民にひとの道を教えてあげるという体裁です。
「わが先祖・天照大神が国をはじめた昔から、天皇家は徳を積みあげてきたんだよ」と前置いて、本題がはじまります。
だから「君ら臣民もこれにならいまえ」と、天皇は徳目を並べたてます。そこに、れいの親孝行やら兄弟仲良くとか、夫婦むつまじくとか、身を慎み人に無礼なくとか、学問を修めよとか、公共の利益の増進とか、世に有用な事業を興せよといったことが、つらつら続く。稲田さんのいうとおり、「いいこと」ばっかりです。
でもそんなことは、じつは教育勅語の「核の部分」ではありません。
それよりも12番目にでてくる、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」が、はるかに重要です。皇国に大事があったときは、「義勇」をささげよ、です。
でね、教育勅語が言いたいことは、つぎなる
「以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」
に集約されます。こうした徳目を臣民が備えるのは、はてなくつづく天皇家の権勢をささえるたためだと、発布の目的がはっきりと語られるのです。

教育勅語が明治の社会にどんなインパクトをあたえたは、日露戦争時のある一文から推察できます。有名な詩〈君死にたまふことなかれ〉を大文筆家の大月桂月に徹底的に批判された与謝野晶子は、明治37年11月号の『明星』に桂月への「ひらきぶみ」を寄稿します。
「当節のやうに死ねよ死ねよと申し候こと、またなにごとにも忠君愛国の文字や、畏おほき教育御勅語などを引きて論ずることの流行は、この方かへつて危険と申すものに候はずや」
発布から11年、教育の場ですっかり定着した「教育勅語」は、国家・天皇のために死ぬ誉の根拠となっていました。

さて、すごく素朴な疑問がまたひとつ。
「皇運ヲ扶翼」する臣民に、徳目が要ることはわかったけど、わたしたちは生まれながらにして「臣民」なんだろうか。
否とこたえたあなたは、臣民失格です。不敬このうえない。戦前ならば、教室のまんなかでほおを張り倒されてもいい。
この国土に生まれた者に、それを選択する余地などありえません。子が親を選べないのとおなじですね。ようするに、皇国は一個のイエだという発想です。国家というイエの最小単位が、父さん母さんと暮らす、わたしの小さなイエです。大胆にいえば、だれもが国家の端くれです。きみたちが天皇の臣民であることは土塊のごとく自然なことだと、暗に語っているわけです。人為を超越した自然現象として、皇国に生まれた栄誉を受けいれることこそが、教育勅語のまさに「核の部分」なのです。

「自然」を敬愛し、「自然」にいかされるわたしたちが、身を賭して「自然」を守ることは当然です。だれもが、国土の一部たる土塊なのですから。
そうです。自然そのものである国家の「うつくしさ」を、わたしたちは決して疑ってはならないのです。国家とはなにかを考えてはいけない。国家がすすむ方向に、異を唱えてももちろんいけない。国家の側からいえば、「わたくし」という固有の人格など無用なのです。あってはならない、ものです。
くりかえしますが、行動の原理とすべき絶対的規範が教育勅語です。絶対的原理というのは、往々にして人の思考を停止させます。したがうことが、美徳だからです。思考することは、自己破壊につながりかねない。
個の消滅ーー。それは、「自然」という全資源を「富国強兵」という国家目標に投入するためには、絶対に必要な下地でした。
その自然を「大陸」にも移植しようという壮大な事業が、はかりしれない犠牲のすえに破綻したことは、ここではくわしく述べません。

逆立ちして、もうひとつ問いを立ててみましょう。
なぜいま、稲田さんら政治家たちは、教育勅語を必要としているのでしょうか。もう、こたえはでています、ね。
よき国家をつくるために、人格ある個人はいらないと、ロマンチストは考えています。必要なのは「臣民」なのです。安倍自民党がつくった法案「特定秘密保護法」や集団的自衛権の行使を容認する閣議決定、自民党の憲法草案を見てみれば、それがよくわかるでしょう。一連の動きの方向性と、「教育勅語」の精神はまさに合致しています。此度の「教育勅語」復活論は、そのような視点でとらえてこそ、はじめて全景があらわれます。
稲田さんが説明なさった、個別の徳目がいいの、悪いのという卑小なはなしではありません。
よき国家では、ひとつの号令に全国民がしたがいます。かつての挙国一致、です。稲田さんらにとって、「うつくしい」とは、そういう可視化できる国の「かたち」なのです。
昭和20年の夏に飛び立ってしまった、うつくしき青い鳥を、いま多くの人がさがすようになりました。「青い鳥はいるのだ」という。「青い鳥はまたもどってくるのだ」という。「青い鳥が見えないやつは、国を愛していない危険人物だ」という。いまが、たいそう懐古的でロマンチックな時代であるのは、まちがいありません。

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