2021年8月 1日 (日)

このごろのこと


危険な暑さ也。
なんとなく疲れている。なんとなく啄木を読む。いろいろなことがどうでもよくなってきているとき、啄木の歌は、波紋のようにひろがり、瞬く間に消えます。こんなのがありました。

何がなしに
頭のなかに崖ありて
日毎(ひごと)に土のくづるるごとし


オリンピックがはじまるやいなや、テレビ各局、新聞は、いっせいにスポーツ専門報道に転換しました。「アスリート物語」が、紙面にあふれだす。予想したとおりで、ぜんぜん驚きはしません。
「勝った、勝った!」の金メダル速報は、まるであのラジオ放送を髣髴とさせます。

臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は、本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。帝国陸海軍は、本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。


メディアを総動員するオリンピックは、熱狂、一種の興奮状態を生み出します。パソナの竹中平蔵さんは、社会には非日常の「祭り」が必要なんだと、いかにももっともらしい開催肯定論をぶったけど、ちょっと聞き流せない。
巨大資本と政治権力が相乗りしたメガ商業イベントと、村や街の日常を彩ってきた「ハレ」は、まるで別物だといわざるを得ないからです。なにしろ特定受益者が、億単位でバリバリと社会資本を喰らうわけですから。
こんな詐欺師のような人が、「受益者」側にいることは、もう多くの人が気づいているよね。


自民党の河村建夫氏(元官房長官)が、次期衆院選について「五輪で日本選手が頑張っていることは、われわれにとって大きな力になる」との明るい展望を語りました。
身も蓋もない、とはこのことです。コロナ禍に、これだけの社会資本をスポーツイベントに投下することに対する彼らの本音が、これです。オリンピック開催は、もはや特定政党による社会資本の私物化だといわざるをえません。
もうこの国に「常識」などというものは、存在しないのでしょう。
常識とは、個々人が共有している共同体に対する最低限のモラル。日本は、これを喪失した社会であるということ。


明日も猛暑だなぁ。
また啄木の歌が眼にはいる。

「さばかりの事に死ぬるや」
「さばかりの事に生くるや」
止(よ)せ止せ問答

とにかく家を出づれば
日光のあたたさあり
息ふかく吸ふ

 

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2021年7月25日 (日)

幽霊船の出港

東京オリンピックを招致した主役たち(マリオこと安倍晋三首相、竹田恒和JOC会長、猪瀬直樹東京都知事、森喜朗大会組織員会会長の4氏。いずれも肩書きは元)がそれぞれの事情で、開催を待たずに散り散りに表舞台を去っていきました。
で、開催イベントの顔だった音楽担当の小山田圭吾氏、舞台監督の小林賢太郎氏が、あろうことか大会直前に姿を消すことになった。ついでに文化プログラム出演者の絵本作家、のぶみ氏も。すっかり忘れていたけれど、選考の末、大々的に発表されたエンブレムと国立競技場の設計の白紙撤回という、見苦しいできごともありましたっけ。
一方で、経費は予定額を踏み倒して膨らみつづけました。おそらく、次代にツケを回すことになる。どうみても組織や事業が統治されている状態にはありません。
これだけ問題が重なれば、ふつうならば事業は継続できない。航海ならば、とうに船は沈むか難破しているはずです。
それでも、東京オリンピックは航路を変更することなく、予定通りに出港しました。まるで幽霊船です(不死鳥とはいいいません)。

立ちどまって考えたいのは、得体のしれないこの幽霊船がどこからやってきたのか、いつから幽霊船になってしまったのか、です。
アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれたIOC総会で、東京への承知が決定したのは2013年9月のことです。
東日本大震災が、その2年半前に起きていました。震災の翌年、総選挙で大勝した第二次安倍政権が発足しています。

震災が起きたとき、すでに機能不全だった民主党政権が立ち往生していた難題がたくさんありました。年金制度、長引くデフレ、格差と貧困、不安定雇用の定着、自然を搾取するだけの大型公共工事の乱発、情報公開、総務省による電波メディアへの許認可制度と記者クラブ制度など。戦後続いた、暮らしや情報のあり方に対する「当たり前」が深刻な制度疲労をおこしていました。
生活不安を一掃すると期待された民主党の改革(正確には制度設計の入り口までは、とても行き着かなかったのだけど)は、しかし、なんら果実をもたらさない。そこに登場したのが、安倍さんです。安倍さんは、勢いよく「成長」をぶちあげました。身もふたもない言い方をすれば、景気さえよくなりゃ日本はもとの経済大国にもどるでしょ、です。

実現の手段が「アベノミクス」です。
経団連の中核をなす大企業が潤うことが、まず優先されました。アベノミクスは、円安を誘導し、株価を引き上げました。そのうちトリクルダウンがはじまるという筋書きでした。実生活と切り離された景気回復の数字が踊り、メディアは「成長」を連日伝えました(のっかったともいう)。安倍神輿の目玉としてやってきたのが、オリンピックの招致活動でした。
安倍さんは、彼を支持した一部国民だけのために、彼らが見たがっていたものを、じつにわかりやすく見せてあげたのです。すなわち、「つよい日本」の象徴である「東京オリンピック」がそれでした。

つまり、東京オリンピックというのは、アベノミクス的な虚構そのものであり、「見たいものだけ見る」という日本人の願望が、いびつに肥大化したものです。アベノミクスは、すでに蔓延しつつあった「見たいものだけ」の風潮をより明らかにし、「分断」を鮮明にしました。

東京オリンピックの開催が、コロナという不測の事態によって苦境に立たされたというのはまぎれもない事実ですが、大会役員のポストを去った方々がはからずも露呈させてしまった「見たくないもの」(人権意識や差別の問題)は、そもそもが、はじめからそこにあったのです。コロナがもたらした不運などではありません。まぎれもなくその船は、出港したときからすでに幽霊船だったのです。

 

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2021年7月18日 (日)

桂川潤さんのこと

業界で名の通った桂川潤さんの仕事を、わたしはそのときまでまるで知りませんでした。同じ沿線の住宅地で開かれた装丁展に出かけたのは、たしか一昨年です。
会場は、親しい個人宅の離れで、のんびりとしたものでした。机にかなりの数の本が並べられ、本人が立っておりました。一冊ずつ手にとって開いて回り、感じたことがありました。
この人はきっと「装丁」とはなにか、書籍とはなにかを始終考えている、ということでした。しゃれたパッケージをつくるというより、テクストを表にどう引っ張り出すか、試行錯誤してきた跡が、たしかに見えてくるのです。

急に思いつき、リュックから『おぎにり』をとりだしました。
で、不躾は承知で、本人に直接、この詩集のカバーリニューアルをお願いすることは可能かを打診してみたのでした。
桂川さんが目にとめたのは版元でした。
「未知谷さんですか……」
「ええ、売れないのを承知でなぜか引き受けてくれたのです」
「版元さんは、その本に(売り上げ以外の)なにかがないと引き受けてはくれませんよ。たいへん、ていねいなつくりですね」
「和紙張りにしてくれました」
そんな会話をしました。ひとしきり話してから、急な申し出を快諾してくだった桂川さんは、名刺と自著のエッセイ集『装丁、あれこれ』(彩流社)をくれました。
「要らぬコストをかけずに、どのようなリニューアルが可能か、知恵を絞ってみます」
その日の返信メールには、こうありました。

SNSを通じて知る桂川さんは、一箱古書市はじめ本に関わるさまざまなイベントに労をおしまず飛び出していく行動派の「本の虫」でした。よく現場に出没し、自分の意識になにかを加えていました。
『装丁、あれこれ』のオビに故・加藤典洋氏が記した
「装丁家は本のため/何といろいろなことを考えるものか。/その不器用さが思想家のようだ。」
を地でいく、まさに「考える人」でした。デザインのみならず、本にまつわる実情を総合的、かつ有機的にとらえることができる稀な人でもありました。その意味で、優れた批評家でした。著作や多くのエッセイの文体は、簡潔で明朗です。
さらに、わたしていどの知り合いにもときおり呼びかけをしてくださる、たいへん気遣いの方でもありました。

桂川さんの仕事に注目しはじめ、その考え方や本に接する態度に、わたしは強く共感しました。いつしか、『おぎにり』のカバーリニューアルと抱き合わせで、2冊目の詩集のデザインはまるごと桂川さんにお願いしようと考えるようになりました。もちろん、版元に相談してその費用は自分で持つつもりでした。

昨年のいつごろだったか。練馬区立美術館の一室でクロッキーをやったあとにロビーに出ると、偶然にも桂川さんの姿がありました。忘れもしない、背筋がとおったすらっとした風貌でした。
小さな1人用テーブルに座った桂川さんは、その背中を小さくまるめて熱心に書きものをはじめました。展示に関する意見か、個人的なメモか分かりませんが、すぐには終わりそうもありませんでした。
じゃまになるかと思ったわたしは、背中に無言であいさつして美術館を立ち去りました。お見かけした最後が、それでした。
どうして、ひとこと声をかけなかったんだろうか、といまだに悔やまれます。

twitterのタイムラインで、訃報を知ったときは、ほんとうにおどろきました。
ちょっと早い。早すぎます。もっと本の世界にいてほしい方でした。
つかの間のおつきあいでしたが、出会いに感謝いたします。ほんとうに、お疲れさまでした。ご冥福をお祈りいたします。

ところで桂川さん、装丁の打ち合わせはどうしたらいいでしょうね……

 

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2021年7月 8日 (木)

このごろのこと


中国地区の豪雨が気にかかり、災害情報がないかNHKをつけました。
と、ちょうど緊急事態宣言に対する総理会見が始まるところでした。
オリンピックの開催は「未来を担う子どもたちに夢や希望をあたえる」という長いあいさつもふくめ、40分ほど観てしまいましたが、時間の無駄でした。


記者の質問によって明らかになることが、一つとしてないのです。
まずスガさんが、質問にまともにこたえない(こたえられない)。記者は再質問をしない。どの記者が出てきてもおなじです。
そもそも、準備している質問そのものが、政府が言わないこと、言えないことに切り込んでいません。スガさんが告知したいことを、記者が推し量っているとしか思えない質問がとても多い。政局のことなんかいいんだよ。


このコロナ対策やオリンピック開催にまつわる混乱で明らかになったことのひとつが、役に立たない日本のマスメディアの本質。彼らは、権力の補完勢力であることにまるで自覚がない。まさに存在意義を問われるその厳しい現実に、たぶんメディア人は危機感を感じていない。
観ていてことさら嫌だなと思ったのは、毅然としたところがない質問の態度です。


もし、メディアに興味のある若い学生さんなどに質問されたならば、わたしは、記者会見を観る時間があったら、野党の国会質問を観る時間をつくったほうがいいですよ、とすすめるでしょう。真剣さ、質問の技術、準備している情報のどれをとっても、共産党の議員の方が数段上です。勉強できること、考える材料は、政治部の記者さんよりもたくさんもらえます。
でももっと見てほしい大事なことは、言論の府で顔をさらして、真剣勝負するする姿です(たたずまいだよね)。

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2021年7月 5日 (月)

このごろのこと


よく降ります。激しく降ります。
梅雨前線が列島にかかるころの「長雨」という言葉は、あまりに極端なこの天候をあらわすのには、とても足りない気がします。
熱海の湾を見下ろす山の手の住宅街を、まさに怒濤のごとく滑り落ちた土石流の映像には、ただ唖然としました。


いまや地球規模の異常気象を認めない人は、まずいないでしょう。
でも、その危機が自分ごとであるかどうかは、別の問題なのかもしれません。地下資源をひたすら掘り起こし、地中にあった二酸化炭素を大気中に放出しまくる経済活動に、歯止めがかかる気配はありません。新手のウィルスの出現と拡散も、自然と人間の接近がもたらした一つの現象で、人の目に見えないところで、さまざまな異変はからまりつながっている。


根拠を証明せよ
との反論は、必ずあります。
もっともです。
ただね、現実にそんな時間的な余裕があるのでしょうか。
考えられる可能性を一つだけつぶすにしても、一世代で間に合わないのは明らかです。複雑にからみあった環境の破綻を食い止めるには、とても至らない。次の世代が、いまのわたしたちが想像もしなかった脅威に直面する可能性は大きいと、言わざるをえない。
かの土石流だって、一世代前の住民は想像だにできなかったはずなのです。人の想像力は、その深刻さにもうすでに追いついてはいないのです。

オリンピック会場に観客をいれるかどうかの話が大詰めです。感染拡大の根拠があるとかないとか。そんなの、どうだっていいよ…… 想像してごらんって。

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2021年7月 1日 (木)

このごろのこと


ずっと懸案だった「課題」が、ようやく片づきました。先週の日曜日のこと。ひと晩寝たら急に体がぐったりしてしまい、なかなか回復しません。いまもまぶたが閉じそうです。
ひと仕事に手をかけるかどうか、きっかけを待っていたら、とうとう機を逸してしまったということが、ままあります(たくさんある)。
さりとて、やらないままで通り過ぎたとしても、それはそれで困ることもないわけです。あとになって、もしできたとしたら、あのときだったか……と、思うぐらい。


人生の多くの課題は、大なり小なりそんなもんで、わたしのような凡庸な人間には、絶対に避けて通れないものなどそう多くない気がします。
避けて通ってもいいのだけども、まぁやってみるかと思い立つことって、案外少ない。それを縁というのかどうか。
ともあれ、そんな石ころみたいな「やろうかなぁ」が、足もとにコロコロ転がっているわけです。たいてい、そいうのは損得には関係ないことだったりします。でも、石ころを蹴ってみたり、手にとったりすることが、実は人生の岐路だったりする。
塞翁が馬。きっと棺に入るとき、それがわかるのでしょう。


ついでにいえば、「片づいた」などと言ったものの、結果は上出来といえるものではありませんでした。
それでも、やるだけやったという安堵があります。どうじに、うまくいかなかった自分の力量を受け容れる「あきらめ」もあります。許しとはこうやって自分で手にするものかと、思ったりもします。
でね、課題がひとつ片づくと、それまでぼやけていた次の課題が目の前に立っている。

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2021年6月24日 (木)

このごろのこと


数軒お隣の14歳になった柴犬が、めっきり歩かなくなったと、おばさんが心配げに言いました。
「お散歩が好きで毎日一時間も歩いてたのにね、今日なんか、この少し先で動かなくなっちやって……」
13歳のぶちも、そんなに変わりません。
「うちも、そうですよ」
ただ、ちがうことは以前から歩くのが好きじゃなかったということ。子どものときから、積極的に「歩かないからね!」と主張していたこと。


先週の土曜の朝は雨でした。いつもの散歩はなし。遅めにふとんをぬけだして、ラジオを聴きながらコーヒーを入れて、時計をみれば、すでに10時過ぎです。けれども、人のふとんを占拠したぶちは、まだ起きる気がない。朝方、トイレをして、しばらく居間におったのですが、階段をのぼって勝手にまたふとんに戻ってしまったのです。二度寝です。


このごろ、たまに遅くまで起きていると、階段をのぼってくる音がして部屋のドアの前でとまります。ドアを開けてみると、ぶちがすわっていて、ブッブッブッッと鼻を鳴らします。
じきに仕事場の机のまわりで、いびきをかきはじめます。抱きかかえて下の階に降ろすのだけど、ふとんに入らず、10分もするとまた階段をのぼってきてしまう。
しかたなく、PCの電源を落とし作業を終いにします。一緒にふとんに入ると、もう上にはいかなくなります。
「そろそろ、寝ようぜ」って、言っているんだよね。

 

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2021年6月19日 (土)

プロジェクトの目的

東京オリンピックは、はなから「開催する」こと自体が目的だったようです。手段が目的と、すっかり入れ替わっています。であれば、なるほど「アルマゲドンがないかぎり」撤退は、ありえないわけですね。

ある巨大プロジェクトの部分ぶぶんの作業において、目的が省みられることってあまりありません。しかし作業の統合、決定的な判断を求められる局面では、目的が必ず呼びだされます。目的を持たないプロジェクトは、羅針盤を持たない航海とおなじです。

はじめたら最後、目的がお砂糖のようにたちまち溶けてしまうーー
どうして、こんなことになるのでしょう。
意図する実益の確保が別にあって、目的は公表のためにつくられるからです。
では、どうして実益を、すなおに目的にしないのかといえば、多くの場合、それが犠牲を強いる社会の利益に(資するように見えながら、じつは)合致しないからです。もともとが、それらは一部の受益者のための受益者によるプロジェクトなのです。

戦争も、一種の国家プロジェクトです。
さきの15年戦争では、植民地をめぐる散発的な衝突が、ついに全面戦争に発展しました。
ときの政府は、究極の目的たる「植民地権益」=「支配による収奪」を語らず、手段であるはずの「聖戦」そのものを民に向かって掲げました。盧溝橋事件から2年目に、陸軍情報部がつくったパンフ『国家総力戦の戦士に告ぐ』(まっ、大衆向けの聖戦の手引きだよね)によれば、聖戦とは「東亜の諸民族の為に新しい天地が開かれ、其の安寧と繁栄と幸福とが約束され」た状態を、(なぜか)日本がつくってあげる戦争です。「全人類がコロナウィルに勝利した証」を、(なぜか)日本が立ててあげる、というのと似ていますね。東亜や全世界のために、自己犠牲を覚悟で「やってあげる」のです。肝心な「なぜか」は、口にしません。

ともあれ、戦争をはじめた時点で、すでに目的が溶けているのは、東京オリンピックとおなじです。
振り返ってみれば、近代日本は大掛かりな国家プロジェクトを打ち出すとき、公益(自国民の人権や隣国の権利を含む)と格闘してこなかった。つまり、公の合理的な目的を制定することがずっとできなかった。言い方を変えれば、到達点を定めず、進退の判断ができない型(制約)のなかで、手段だけを頼りに前進をはじめることが常態化しました。その度ごと、目前の出来事を解決するため、言葉をもてあそび安易で空疎な目的をひねりだしていく。そこには、具体性も誠実さもない。
皇国史観が、その根深いところにあったと私は思うのです。あらゆる価値を超越する天皇の国は、存在そのものが神聖です。皇国の正義を掲げてしまえば、異なる価値観、ぶつかる利害の調整をもはや必要としないのです。それ以上、それ以外の目的など存在しないのですから、言葉も、理論もいりません。

組み込まれた予定通り(一部の自治体をのぞき)聖火リレーは粛々と、いまも遂行されています。「実施」が、目的だからともかくやるのです。沿道に出てきて、スポンサーの景品を受けとって空々しい行列に手をふる人々と、聖戦の局地報道(大本営発表だよ)のたびにわきだしたかつての提灯行列と、なにがどうちがうのか、わたしにはよくわかりません。
わかることは、せいぜいひとつ。ようするに、目的などなくとも、見えずとも、一定数の、それも少なくない人々はこうやって動員できるという厳然たる事実です。目的が、支離滅裂の「進め一億火の玉だ」だって、ぜんぜんかまいやしないのです。

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2021年6月15日 (火)

レール


先日、陽が明るいうちに乗った電車の車両が、たまたま最後尾でした。ふと振り向くと、窓越しの風景がうしろへ後ろへと逃げてゆく。乗り慣れたいつもの路線が、まるでちがって見えるのに目を見はってしまいました。
途切れることなくつながるレールはまるで時間軸で、どこかに向かって時間を遡っているのではないかという空想がひろがる。


ふと、一本の映画を思いだしました。イ・チャンドン監督の「ペパーミントキャンディー」。フィルムの逆回しにより、列車がどんどん後ろへと走るあの映像が浮かんだのです。戦争と独裁政権下の監視社会に翻弄された、ある男の20年がレールを滑るように映し出されてゆく。
細部まで覚えていないのですが、見終えた後の荒涼たる寂しさだけが記憶の奥からよみがえり、過ぎ去るレールから目をはずしました。


わたしのなかでは、なぜかレールは空間的なベクトルでなく、時間的なベクトルです。どうしてだろうか。
レールをよりどころに人や物が行き交う時間の感覚は、単調で安定しています。でも、考えようによっては迂遠です。固定したポイントたる駅を必ず経由する手間、一本道という制約、そしてそれゆえの安心感。それって、家のドアを出て目的のドアの前に行ける自動車の移動にはない感覚かもしれません。

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2021年6月14日 (月)

熱狂があった


スガさんが、G7サミットでオリンピック開催の決意を表明なさったそうです。
よかったじゃないですか。
おそらく各国首脳にとって、そんなことはどうでもいいのでしょう。せいぜいが、「がんばってくださいね」と大人の顔で受け流したと思えます。だって相手は、こどもだもの。
それをそのまま「全首脳が支持」と、おおまじめに報道する日本のメディアのすごさよ。「ことほぐ」という言葉がとっさに浮かびました。


オリンピックを開いて、なにかが変わるでしょうか。
まさか1964年の東京オリンピックのように、西側の国々に遅れをとったアジアの小国が大躍進する起点になるとでも、本気で思っているのでしょうか。
その「まさか」であるならば、この国はすでに1964年以前の状態に没落しているという事実を、自ら外に向かって認めていることになります。
じゃ、そもそも高度経済成長によって実現した豊かさとはなんだったでしょうか。急伸した経済力によって、手に入れた(と思っている)ものとはなんだったでしょう。


オリンピックが「安全、安心」かどうか。現実的には重要なことだけど、この国の現在の混迷ぶりをとらえるためには、もっと過去に立ち返る必要があります。
いまいちど招致した地点へ。あのとき、だれが、なんのために、この巨大イベントを引き込もうとしたのか。社会は、どんなふうに東京大会の決定を受け止めたのか。あのときたしかに、ある種の熱狂があって、それはいまの政治状況をつくりだした気分とつながっているよね。そう、つながっている。

 

 

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