2017年7月23日 (日)

みんなでラジオ体操だ!(その2)

前回のつづき、「みんなでラジオ体操プロジェクト」のこと。
全員で、おなじ動作をする。単純なうごきを何度もなんども繰り返すのは、一種の集団訓練です。ラジオ体操には音楽がつきものですから、刷り込み効果もたいそうたかいんだろうね。小池東京都知事のいうとおり、ラジオ体操を「体にたたきこんでいただければ」、それはとってもありがたいことなんでしょう。
ところで、ありがたいのは、だれ?
訓練をうながす側、このケースでいうならば五輪の主催者、戦中でいうならば大東亜戦争の主催者。すなわち、究極的には国家。忠実に権力の号令にしたがう民をもって、大躍進をなしとげたという成功譚を、この国は後生大事に持っています。

子どもながら、ラジオ体操する自分の姿を、わたしはかっこういいと思ったことは一度とてありませんでした。できることなら、その姿をだれにも見られることなく、すみやかに集団からぬけでたかった。
いまも、ラジオ体操に関する印象はまったく変わらない。当然のように子どもにそれをすすめ、喜んでやるおとなたちの気が知れません。
つきつめれば、わたしがすごく嫌なのはラジオ体操のマインドなのです。「みんなでがんばる」という姿勢です。みんなでがんばるというのことは、一見矛盾しているようだけど、「競争社会」のベースとなっている。みんなでがんばり、さらには、いっしょにがんばるみんなより、もっとがんばるという「がんばりづくし」は、近代日本をつくった重要な精神でした。成長盛りの社会を、つよく牽引する力を持っていました。

それが、明治の富国強兵や戦後の高度経済成長の原動力を可能としたことは認めます(「一億一心」のかけ声で米英を倒そうとしたあの無謀な戦争も)。
けど、「みんなでがんばる」の効果がてきめんにあらわれたのは、「成長」できる社会そのものの「わかさ」にあったことも、もう認めないといけないのだと思います。アベノミクスもそうだけど、「勤勉で優秀な日本の技術が世界を制覇する」という神話に抜けおちているのが、自身とそれをとりまく環境についての冷静な理解です。さらに、いま現在を肯定せんがための錆びた歴史観(戦中に社会を占有した浪曼主義)が、バイアスをかける。

どう考えても、この社会はわかくはありません。赤子のように細胞分裂が激しく、肌はみずみずしく、みるみる大きくなったりはません、絶対に。
あるていどの成長をはたし、ゆるゆると坂をくだる妙齢に達したことは、経済の成長率をみても、高齢者、後期高齢者が占める人口比をみても、遅れて近代化にのりだした国々の勢いをみても、だれでも理解できることです。働けば働くほど産業規模がどんどんふくらみ、社会が豊かに便利になってゆく希望的状況は、内にも外にも見あたりません。
「成長するな」と、それ自体を否定したいのではありません。
そうではなくって、一時的な成長期のかけ声であったマインドを、「日本人のDNA」などと公言して、永遠の真理のごとく社会にあてこうもうとする無理をやめたらどうかと言いたいのです。さすがに、通用しないもの。
苦い現実をたくさんくぐりぬけた分別ある「おとな」であれば、とても東京五輪を盛りあげるために「みんなでラジオ体操、がんばろうぜ」なんていう、無邪気な発想はしないはずです。すこし、洒落心がある「おとな」であれば、無表情でラジオ体操をする滑稽な人々、その集団の奇っ怪さになにがしかのイタさを覚えるはずです。

「一丸になってみんなでがんばる」っていう幼いノリは、どうみたっておとなのものではないよね。ラジオ体操、もうよそうよ。それがなくなっても、じつはだれも困らないもの。

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2017年7月18日 (火)

みんなでラジオ体操だ!

20代後半に勤めていた印刷会社内の広告制作部局では、毎朝、音楽にあわせて全員でラジオ体操をするのが慣例でした。そのあと、代表者がひとりあいさつをさせられる。ある朝、順番で前に立たされたわたしは
「ラジオ体操をすることと、ぼくらの仕事になんの関係があるんでしょうか」
と言って、和やかな朝の空気を、ついかき乱しました。管理職はじめみなさんの、うつむき加減の顔が引きつっておりました。あとで、「賛成、わたしもそう思うよ。狂ってるね、この職場」と小声で言ってくれたのは、同年配の若い女性たち数人きりでした。

ずいぶん古い話を思いおこさせたのは、小池百合子東京知事が先日の定例会見で披露した「みんなでラジオ体操プロジェクト」でした。東京五輪まで3年をきる夏の日にスタートするというこのプロジェクトは、東京のみならず、全国の企業や自治体で、積極的にラジオ体操を実施しようという、じつに微笑ましい試み。小池さん曰く
「日本人のDNAに刻み込まれているのがラジオ体操。都民と国民がひとつになり、五輪に向けた機運醸成の場としたい」

なんだか虚をつかれたようなメディアは、体操プロジェクトにずいぶん好意的でした。和やかにこれを伝えました。
でも、かつての自分ならば
「ラジオ体操をすることと、五輪の成功となんの関係があるんでしょうか?」
と、尋ねるにちがいない。
とりわけ仰天させられたのは、ラジオ体操をする意義についての彼女の次なる見解です。笑顔で、こうおっしゃる。
「全国で3年間、ラジオ体操をやってもらい、曲がかかれば『五輪・パラリンピックやってた』と思うくらい体にたたき込んでいただければ」

正気かな?
たしか、おなじことを戦前もやったよね。
学校では、教育勅語を全員で唱和させたでしょ。ラジオからは、大政翼賛会文化部がつくった国民詩「大詔奉戴」の朗読が、毎月8日の「大詔奉戴日」(開戦日が12月8日)にくり返し流れていました。もちろん、ラジオ体操も学校や地域で盛んにやりました。
これらはまさに、大東亜戦争への意欲を「体にたたき込んでいただければ」と、ときの国家が先導した「みんなで大東亜戦争プロジェクト」の一環でした。

そもそも昭和天皇即位を祝う事業のひとつとして、ラジオ体操の放送は企画されました。昭和3年8月、朝6時にあの音楽が流れたのがはじまりです。
じゃ、どうしてラジオ体操の実施が「御大典記念事業」となりえるのでしょうか。
耳慣れたいつもの音楽が流れると、なにをいわれずとも、みんなが一斉におなじ動作にはいれるようになるーー。きっと、そのこと自体に意義があったんでしょう。だれもが口ずさむことができるかのイントロは、国家(大御神)の号令にいつでも置きかえられるのです。

でさぁ、「国民規格化体操」のはじまりなんて、たかだか90年ぐらい前のはず。それをさも当たり前のように「日本人のDNAに刻み込まれている」といってしまう、小池さんのおおらかさは、いったいどこからくるのでしょうか。首をかしげずにおけない。
「みんなで体操やろうよ!」のかけ声は一見清々しいのだけれども、よくよく考えると、真夏の怪談よりおそろしいかもしれません。

小池さんの声かけに、全国の自治体、企業、地域の隣組がこたえ、津々浦々でラジオ体操が大いに奨励されて盛りあがっていく社会の姿を想像できませんか。イントロがあっちからもこっちからも聞こえてきたとき、反応できない人がいたとしたら、これは眉をひそめられる対象です。密告にあたいする。そういう彼・彼女には、「五輪非協力者」あるいは「非国民」の疑いがかけられる。「あいつ、なにをたくらんでいるかわからん」と影でささやかれるような輩には、「共謀罪」の適応が便利かもしらんなぁ。

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2017年7月 9日 (日)

『しあわせな人生の選択』

〈シネマ手帳〉No45

末期の肺癌を宣告された舞台俳優・フリアンの家族は、ブルマスチィフの「トゥルーマン」のみ。1年にわたる通院治療の末、フリアンのなかで、そう長くなさそうな残りの日々をどのように過ごすかがようやく定まってきます。
体が動くうちにやるべき仕事が、ひとつ。「むすこ」同然のトゥルーマンの引取先をさがすことーーです。 360443_002

ある朝、マドリッドの町中にある彼の玄関ベルが鳴ります。思いがけず、そこにいたのは移住先のカナダの大学で教鞭をとる古い友人のトマスでした。フリアンのいとこパウラから病状について知らされたトマスは、最後の別れのつもりで吹雪くカナダから太陽がまぶしいマドリッドにやってきたのです。
滞在予定は4日間ーー。
久しぶりの再会を果たしたトマスは、とことんフリアンに付きあいます。主治医に科学的治療を断つことを告げる場に立ち会い、かかりつけの獣医にトゥルーマンとどう別れたらいいのかアドバイスをもらう場にも付き添い、里親候補の家族と面談する場にも同席し、劇場支配人から療養を言い渡されて事実上解雇される場にも遭遇し、急に思いついてアムステルダムの大学で学ぶ息子(別れた妻との間の一子)に飛行機で会いに行く場にもトマスは寄りそう。
友がやっておきたいことに、彼はうなづいては財布の口をひらき、一緒にあるく。かつてと変わらず、なんらの「見返りをもとめない」(フリアン)のだ。

監督はセスク・ゲイ(わたしと同年)。母親の闘病体験が、本作のベースにあるといいます。本作の妙味は、どんな場面にあっても、コントラバス・ベースのような軽快なリズムが絶えず感じられること。おそらくそれは、おとなの「ゆるやかさ」を雄弁に表現できる役者たちの円熟味あってのことなのでしょう。フリアン役のリカルド・ダリン、トマス役のハビエル・カマラのやりとりは、重すぎず、さりとて軽すぎずない。

里親候補の邸宅を尋ねたときのこと。トゥルーマンを一晩あずかりたいと先方から打診されたときのフリアンのさりげないとまどいぶりには、ことば以上のことばがあふれています。他人の家に置いてゆくトゥルーマンにフリアンは
「オレに恥をかかすなよ」
と、さみしげに微笑みかける。髭にも白い者がまじるいい年の男ふたりは、なかばあきらめ、しかし限られた時間を愉しみます。たがいを尊重するというだけの彼らの関係性に、終末期人生訓のごとく教条的なことばはどうも似合いません。「感動」をねらったあざとい邦題『幸せな人生の選択』は、明らかに作品の世界観を損なっています。原題はいたってシンプルな『Truman』。
さて、予定の4日間はたちまち過ぎます。残念ながら、トゥルーマンの行く先は見つからないままです。男たちの胸の奥にあったであろう心残りと、トゥルーマンの存在がすっと重なりあうラストは、みがきなおした銀のように渋くまぶしい。

(制作:スペイン・アルゼンチン スペイン語、英語 2015年 ベルリン国際映画祭金熊賞 108分 監督:セスク・ゲイ 脚本:セスク・ゲイ、トマス・アラガイ   原題:『Truman』 第30回ゴヤ賞5部門受賞、第8回ガウディ賞6部門受賞、第63回サン・セバスティアン国際映画祭最優秀男優賞受賞 TOHOヒューマントラストシネマ有楽町他http://www.finefilms.co.jp/shiawase/


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2017年7月 4日 (火)

「お灸をすえる」選挙風土

第1党をほこった自由民主党が、都議選で大敗したのを、ラジオに登場した政治アナリストが次のように分析していました。噴出したスキャンダルに対して、安倍政権があまりに傲慢であった。
いつか、似たようなフレーズを聴いたことがあります。国政で民主党が、第1党になったときです。国民は「お灸を据えた」と。
だとしたら、有権者の一票というのもまた、傲慢だといわざるをえない。政策や理想といったものに期待したり共感するわけでなく、生意気かそうでないかというきわめて低い次元の感情で、候補者にとって絶対必要な「水」を投げ与える、あるいは鼻先から引きあげるのですから。そりゃ、「握手攻め」とか「土下座」、「名前の連呼」という、日本固有の選挙風土が生まれるわけです。

傲慢な有権者は、選んだ政治勢力が、「国民」もしくは「都民」の利益を引きだしてくれるかどうかを、高見から見物します。で、目に見えるわかりやすい成果がなければ、またもや怒りを暴発させて「お灸」を据えにかかる。辛抱などしない。理解しようともつとめない。自分の投票判断を省みることもない。わたくしの一票への責任など、露ほども考えません。
こういう有権者を相手に、効率的に一定の票を集めようと思えば、政策や理想などはまっさきに不要になりましょう。選挙戦は、趣味の悪い「おまつり」にしかなりえない。傲慢な有権者が、傲慢な為政者を生みだしては、ほうり捨てる、いつもの不遜でヒステリックな選挙がまた派手にくり広げられたのです。

覚えておきたいのは、「都民ファースト」の大勝は、あまりに不透明だった豊洲市場への移転問題や安倍政権が進めてきた戦前回帰に、有権者が危機感を抱いた結果ではないということ。だから、いま国政ですすんでいる深刻な危機は、形を変えてきっと都政の場で再生産されます。
いってみれば、「都民ファースト」というのは、かくも傲慢な有権者の利益を政治が代弁することです。だれかに対して有権者が傲慢にふるまえる、そういう機会を政治がつくりだすことです。手っとりばやいのが、ナショナリズムの起爆装置を押すこと。
それがあまりに熱狂的、圧倒的になると、「ファースト」であるべき都民とそうでない人々とを激しく分断することになる。
「安倍政権」が、もうひとつできるかもしれない……。「都民ファースト」大勝の報せを聞いて、まっさきに思ったのはそれでした。

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2017年6月30日 (金)

共謀罪が「秩序」をつくる

映画監督の伊丹万作は、戦争が終わるとどうじに銃後のいっぱん市民が軍の犠牲者だったかのようにふるまいだすのを、奇異な眼で観ていました。「町会、隣組、警防団、婦人会といったような民間の組織」が、「いかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたか」を忘れなかったからです。
だれもかれもが無批判に国家権力に盲従して、「だます側」にいたではないかと、彼は業界紙への寄稿でひとり批判の声をあげました。
「たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこつけいなことにしてしまつたのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だつたのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶつて出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れない」
人々は、聖戦に非協力的なにおいを発する人間を、常に監視していました。いざとなれば、治安維持法が発動され、ちっぽけな個人など造作もなく、ひねりつぶされることを知っていたからです。

治安維持法の真価は、ここにありました。見落とされがちなのは、検挙という実力行使以上に、それがあることによって、市民による日常の監視が強力にしかも細部まで機能したことです。つまり治安維持法は、聖戦を支持する人々と、そうでない人々を徹底的に分断したのです。
実際の行為でなく危険性があるとみなされれば(通報があれば)、その人物を社会の敵と認知する。敵を封じ込めるのに、人権などは一切考慮しない。いってみれば、それが治安維持法の精神です。
ごく普通の市民もみな、日常生活の平穏と密接に関わるこの法の精神にならった。服装が時局に不釣り合いだというだけで、「国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせた」のは、相手を人格ある個人ではなく、「敵」と見なしたからです。

安倍内閣が強硬に成立させた「共謀罪」も、敵をあぶりだし、封じ込めるという治安維持法の精神を明らかに引きついでいます。
つまり、こういっていい。治安維持法があった時代の社会を、この内閣は高く評価しているのです。学校で教育勅語が暗誦され、朝に夕に御真影を奉り、ラジオからは軍歌と国民詩が流れ、市民はだれもがおなじ国民服に身を包み、国家の敵はいないか互いに眼をひからせる秩序ある社会の姿を、どうやら取りもどしたいらしい。かような社会でこそ、安倍さんが理想とする大日本主義の担い手たちは、育てられるからです。

あの戦争に真摯に向きあうならば、こういう声が聞こえるはずです。共謀罪とそれをつくった権力を受けいれるのは(無関心もおなじ)、わたしという個をみずから抹殺することです。

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2017年6月26日 (月)

このごろのこと


週末、とても奇特な知人が、うなぎをご馳走してくださった。調子に乗って、さんざん飲んでしゃべって千鳥足で帰宅。
翌朝、目覚めてから気づきました。
あっ、たのしみがなくなちゃったーー
「うなぎの会」は、この10日ばかりのささやかな希望だったのでした。


2日連続で、部屋を内見。日曜日の夕方に溜まった疲れがでました。小高い台地上の住宅地にあった一軒家には惹かれるものがあったが、諸条件がクリアできずにやむなく断念。台地のへりに立って、低地になっている河川をのぞんだときでした。下から吹き上げる風がなんとも、気持ちよかった。たったそれだけのことで、見知らぬ土地が好きになりました。相性やら、ものごとの好悪とは、じつに単純なことです。


うなぎを喰いながら、高校生のときに友人宅のビデオで観た映画「Deer Hunter」につよい衝撃を受けたという話をしましたっけ。ベトナム戦争に対する痛烈なカウンターがあんなふうに表現され、かつそれが商業的に成立する社会の懐のひろさに、高校生のわたしは呆然となった。ハンマーで殴られたようでした。そのころ、「Once Upon a Time in America」は、小遣いをはたいて劇場に2度観にゆきました。そういえば、映画の日に授業をぬけだして観ていたのは、「夜叉」でした。吹雪の港町とハーモニカのメロディーがよかったなぁ。

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2017年6月18日 (日)

「運用」って実際なんだ?

「共謀罪」の法制化案が国会で成立しました。
国連報告特使から、人権の抑圧を懸念する報告書を受けとった安倍首相は、調査の責任者個人を猛然と攻撃しました。
「著しくバランスを欠き、客観的であるべき専門家のふるまいとは言いがたい」
わたしは思わず、自分が85年以上も前の日本に迷いこんだのかと錯覚しました。リットン調査団の報告書を切って捨てた日本の政治家の「正義」を見た気がしたのです。

意外であったのは、共謀罪必要論にも、すくなくない支持があつまっていたということ。テロの脅威から身を守るために共謀罪は不可欠であり、かつ、ほかの国と比べれば、日本の警察の法的規律は信頼できるーーといったメディア常連の識者が発信する現実論を、「冷静な意見」と支持する声が多いのだということを、新聞で知りました。

3年前の夏だったでしょうか、公園に捨てられていた自転車(盗難車でしょう)を交番にとどけた中学生の少年が、「窃盗」の罪で本署に連行されてゆきました。彼は、比較的新しかったこの自転車を、公園で野ざらしにしておくのはもったいないと思ったそうです。修理してつかえないかと考え、いったん自宅に引いていき、父親に注意されて公園にもどしにいきました。途中、持ち主が困っているかもしれないと思い直して、交番に寄ったのがことのはじまりです。
問われるまま経緯をはなした少年に、警察官が生年月日を尋ねました。少年は刑事責任を問える14歳になったばかりでした。警官は、即座に少年の身柄を確保しました。
このケースで、刑法を適応して対処する必要がどこにあるのかと抗議する家族に、本署の警察官は言いはなちました。
「罪は罪です。どんな事情があろうと、窃盗を見逃すことはありえません」
少年には前科がつき、若い交番の警察官には窃盗事件の解決という白星がつきました。
実際、わたしの家族にあった話です。

すべての警察官が、定規でミリ単位まではかるようにして、市民生活に刑法をあてこむとは思っていません。
たとえば、べつの警官が対応したならば、少年に「占有離脱物横領」という罪状があることを丁寧に教え、自転車をとどけたことは鷹揚に評価してやったかもしれません。
つまり、運用とはこういうことなのです。法は絶対の基準ですが、つかうのは人間です。その人間の思考を左右するのは、けっきょく時代の風向きです。時勢によって、いかようにも姿を変えることになりかねない。
だからこそ、不可視の思想を圧迫する可能性がある刑法は、緻密に設計される必要があります。ところが、国会議論(議論にはなっちゃいないが)でご存じのとおり、共謀罪はたいへんに余地が大きな法律でなのす。身辺の監視対象は、テロをくわだてる組織犯罪に関わる者たちとの前提ですが、いっぱん市民との境はあいまいです。密かに「くわだてる」ことが、どのレヴェルで立件されるのかは霧のなかです。
まして、政府に批判的な市民運動家やその賛同者、研究者、表現者を監視対象にするか否かは、まさに「運用」の範囲とならざるをえない。
じっさいには、「危険思想」の持ち主とみなした個人の監視は、いまでも秘密裏に相当広範に行われているはずです。共謀罪の施行後は、そうした監視が、法的根拠を持った正統な警察活動となります。

自転車の窃盗のはなしにもどすならば、わたしとほぼ同年代の本署の対応者は、終始、警察の判断の正しさを崩しませんでした。彼個人は内心、交番のやり方を苦々しく思ったかもしれませんが、いっぱん市民相手に絶対にそれを撤回することはありません。どんな小さなことであれ、警察組織全体の沽券にかかわるからです。嘘でも違法でもあらゆる手と脅しををつかってでも、組織防衛に徹しないといけない。身内が採用した結論は、対社会となったときは絶対の「正義」なのですから。
警察と利害をたがえた立場で、相対したことがある人ならば、それを身にしみて知っているはずです。

警察官の思想教育が、どんなものかは、ほとんど知られていません。ひょっとしたら、ここは戦前とどれほどもちがわない部分かも知れません。
はっきりしているのは、わたしたちは、共謀罪という内面の監視システムが肯定される社会に、これから住みつづけないといけない、ということです。胸のうちで考えることに、国家権力が介入できる法的な「余地」が、いまあらたにつくられたわけです。
それは、選挙という手続きでわたしたちが選択した政党リーダーの「スローガン」を振りかえれば、決して思いつかないというほどの、突飛な事態ではありません。かつての「美しい日本」は、市民の監視と処罰が公に認められた社会に成りたっていました。

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2017年6月 7日 (水)

どうでもいいじゃねえか

資料として、ほしい古書があって、この原稿を書き出してから、かれこれ3年ちかく購入をためらっておりました。
たんじゅんな話で、ちょっと値の張る本なのです(私の経済規模に照らせばね)。版元が決まったときに、なんとか経費として認めてもらえるかどうか交渉しようと、虫のいいことを考えていたのだけれども、それもばからしくなった。
まっ、どうでもいいじゃねえかーー
糸がぷっつりと切れたような塩梅で、ついさっきWebで注文を確定してしまいました。
いきおいとも、破れかぶれともちがう、抵抗にあきた虚脱感とでもいうのでしょうか。
なぜだか、妙にすっきりしました。だれにともなく「ざまあみろ」と言ってみたくなる。天秤が、わずかにかしぐ。バランス感覚をたもった自分を、みかぎりたい自分がいる。それができないことも、自分が一番よく知っている。

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2017年5月28日 (日)

おとなの条件

夢はかならずかなうーー
すこし成功した(と自分で思いこんでいる)おとなは、平気でこういいます。おなじようなタイトルのエッセイや講演会って、よくあるでしょ。
こういう告知を見るといつも思う。なんて傲慢なんだろうか、おとなって。そもそも、夢はみんなが持ってるものだろうか。持たなきゃいけないのだろうか。

どうやらおとなは、子どもはみんな夢を持っていると勝手に思っているらしい。
だから不躾にも「夢をもて」「きみの夢はなんだ?」と、子どもに尋ねたりもします。子どもは、おとながどんなこたえを望んでいるのかを敏感に察知します。
子どものときわたしは、とりあえずおとなの喜びそうな職業名をあらかじめ準備していました。すると、おとなたちは、いちおう納得して「がんばれ」「だったら、しっかり勉強しなきゃなぁ」などと、ありがた迷惑でなんの役にもたたないエールをくれました。
「夢なんか、ないなぁ」と正直にこたえて、詰問されるのは面倒です。かかわりたくもない。だったら、もっともらしいうそを言ったほうが、はるかにらくです。

夢ということばを声高に、しかも安直に口にするおとなを、わたしは昔から信用できませんでした。
こうでなくてならないと、ものごとを断定されることに、なぜだか強い違和感があったのです。断定というのは、じつはそれ以外を否定することだからです。おとなは、たいていのことを「常識」というパッケージにつつんで、同調を強要してきます。他者に人格があるということにも鈍感です。

あるインタビューで、これから社会にでてゆく学生たちへのアドバイスをもとめられて、「おとなを信用しないこと。20世紀型の経済成長が行きづまったいま、自分のわずかばかりの経験を過大評価するおとなに、5年後、10年後の社会のかたちが見えるはずもない」といったら、インタビュアーが困っておりました。掲載誌に眼をとおしたら、案の定、一字も活字にはなっていませんでした。

思うんだけども、おとなこそ、わからないことがたくさんあって当たり前じゃないだろうか。子ども時代にわかったような気になったことだって、年をとるほどに、わからなくなってゆくものじゃないだろうか。「○○だから、○○しなきゃいけない」「○○すれば、○○になる」「○○こそが正解」という、シューカツのHow toみたいに断定できることなんか、本当は、ほとんどありやしないのに。

わかりようもないことや予想不能な未来を、自分はわかっていないと自覚しているおとなは、そう多くはいません。便宜上、こうしておくのが賢明というひと通りの社会常識があるかどうかとは、それはべつの問題だよ。
「わからない」とは、どういうことか。
この問いの本質を理解している大人は、けっして「がんばれば、夢はかなう」というような短絡的な方程式を、子どもを前に大上段に語ったりはしません。
まれながら、そういうおとながいることを知ったときは、おどろきました。わたしは、そのひとのまえで、初めてすなおな子どもになれました。
30歳のときのことでした。
おとなってなんだろうかーー
と、わたしが首をかしげたとき、もうこの世にいない彼はすこし考えて言いました。
「そうだね、ものごとを、かんたんにわりきらない。おとなはね、わりきれないものを、わりきれないまま背負うんだ。だって世のなかに、そんなにきれいに、わりきれることなんて、まずないじゃないか」
いまでもわたしは、それが欠くべからざるおとなの条件だと思っています。

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2017年5月14日 (日)

このごろのこと


雨の朝、ぶちは散歩に出られません。もっとも外につれていったところで、一歩もあるかないのですから。


雨のようすを、部屋から眺めるのはすきなのだけども、そとには出たくない。
用事があって、しぶしぶ外出。家にもどらず、有楽町線でそのままかんらん舎へ。このドアは、自分にとってセーフティーネットのようなものかもしらん、とふと思う。
「つまんねぇなぁ」
「まったく」
「もしろくねぇなあぁ」
「まったく」
しばし、じつに非生産的な雑談。


雨の日のTom Waitsは、なんだかいい(https://www.youtube.com/watch?v=0Y97UQ_TD8c&list=RD0Y97UQ_TD8c#t=7)。酔いどれたようなピアノと、荒野でみる地平を思わせる声の響きで、一瞬にして彼の世界をつくりだす。うつりこんでいるのは、社会のふきだまりで、くるくるまわってるような人々の悲喜こもごもです。
本質的に彼は詩人なんだぁ、と思う。

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