2017年2月19日 (日)

『エリザのために』

〈シネマ手帳〉No43

かろうじて、「家族」の体裁を保っていたある家の窓ガラスが、ある朝、なにものかの投石によって破壊されます。それは、崩壊の序章でもありました。
登場する家庭は、ルーマニア郊外の病院に勤める医師ロメオと、その妻、そしてイギリス留学を目前にひかえる成績優秀な娘エリザ。けれども一見、恵まれた家庭の平穏は、仮面でしかありませんでした。夫婦仲は冷え切り、夫には愛人がありました。
投石があった朝、いつものように娘を送るロメオの車は、学校を目前に渋滞につかまってしまう。車をおりて歩きだした娘は、あろうことか校門のすぐ手間で暴漢に工事現場に引きこまれ、暴行されてしまうのです。
名門ケンブリッジ大学への学校推薦を手にする最終試験は明日です。力をだしきって試験にのぞめそうもない娘をなんとしても援護したいロメオは、迷いつつも、友人を介して町の名士に電話をつなぎ、不正に手を染めます。 0170127at13_t

ロメオの必死さが映しだすのは、娘の成功にすがる以外の希望を持てない、どんよりとした社会の水です。
民主化に期待してルーマニアにもどってきたロメオ夫婦は、鍋底経済を脱することができず、腐敗しきった社会になにも望まなくなっていました。
〈イギリス行きの切符さえ手に入れられれば、娘はここではない世界の扉を開くことができる〉というロメオの悲願は、うらがえせば、自分自身の人生への深い失望です。

祖国ルーマニアにとどまり「社会に一石を投じたい」と訴える監督、クリスティアン・ムンジウ(48)は、欧州映画界に聞こえる有望な若手です。その名は、ここ10年間のカンヌ映画祭にたびたび登場しています。2007年、チャウシェスク政権下を生きる少女たちの違法中絶を題材にした『4カ月、3週と2日』で最高賞のパルムドーム、2013年『汚れなき祈り』で、女優賞と脚本賞、2016年には本作で監督賞を手にしました。が、欧州で高い評価を受けながらも、肝心なルーマニアでは上映館をさがすことすら容易ではない。現実を直視する社会派の表現は、描かれる側の当事者たちには受けいれ難いのです。
「あるていどまとまった数の意識ある人々が動かしてくれないと社会は変わらない」
と、ムンジウ監督は言います。 

ムンジウ監督の作品では、ルーマニア社会の閉塞感や人々の「あがき」が、いたずらに物語化されることなく、そのまま差しだされます。本作でも、同時多発的におきるトラブルは、なにひとつ解決しません。不審な投石者も、娘のボーイフレンドの不可解な行動も、暴行事件、留学の可否もそう。それが、エンディング以降もつづいていく彼ら彼女らの偽らざる現実なのです。
ただこれは、絶望の物語ではありません。もみくちゃになった娘エリザが卒業式にのぞむ表情は、どこか「再生」の芽を感じさせます。

(制作:ルーマニア、フランス、ベルギー ルーマニア語 監督・脚本・製作:クリスティアン・ムンジウ 2016年 128分 ヒューマントラストシネマ有楽町他http://www.finefilms.co.jp/eliza/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月15日 (水)

あやしい世界


いくぶん陽がのびました。
午後4時半、まだ明るさを保っている日射しを眺めていると、それだけで気持ちが軽くなってくる。春分は、なるほどうそをつかない。それをこんなにうれしく思うことに、われながら驚く。いままでには、なかったことかもしれない。


日米首脳会談の成果が、大々的に報道されました。尖閣諸島は、日米安保の適応範囲内だというのが、劇的な見出しとなりました。でも時間軸のなかで見ると、台湾にほどちかい無人の小島を日本が領有宣言したのは、せいぜいが120年ほど前。北海道も沖縄も、近代国家が成立した明治以降の、いうならば占領地。「固有の領土」という根拠など、じつはあやしいものなのです。


民政分野の科学技術を軍事技術にむすびつけていくことを、国家が推進しはじめました。軍民両用の基礎研究への手厚い助成は、すでに2015年からはじまっています。
予算元は、防衛装備庁。これにかぎったことでなく、さまざまな分野で「安全保障」への貢献が、評価される枠組みができつつあります。いまに、創作もそうなるかもしれない。
あやしいことを、あやしいと感じにくいーー
のは、なぜでしょう。


安倍首相はじめ閣僚たちは、寺社勢力と緊密です。安倍さんは、伊勢神宮の行事に足繁くかけつける。神社本庁の関連団体も、当然政権を応援する。昨今は、ことに堂々と。
稲田防衛相は、「明治の日」制定を訴え、集会でこうおっしゃった。
「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治の精神だった。その精神を取り戻す、心を一つに頑張りたい」
神武天皇の偉業って、なんだろうなぁ。ともあれ、富国強兵の精神的支柱が、国家神道であったことは、いうまでもありません。
「明治の精神」という魔法は、かようにあやしげな言説をことごとく「神聖」に変えてしまいます。神聖一色の社会というのは、たったひとつの世界観でできています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月 4日 (土)

あやまち

生きていると、日々無数のあやまちをおかします。ちいさなことに傷つきます。そして、おろおろとします。1日生きたら、1日分、傷はふえて、動揺の疲れが積みあがる。
こればっかりは、なん年生きてもおんなじです。無傷で日暮れをむかえられることなど、ほぼない。心はたいてい、波だっては凪ぎ、凪いではまた波たつ。

うなだれて反省しても、やっぱりあやまちをくりかえす。わたくしという人間の無能を、ほとほと恨みたくなる。なさけなく、自分のちいささばかりが胸にきざまれる。きょうも前にすすめなかった自分を、見捨てたくなる。

生きることと、あやまちとは不可分です。
あやまちをおかさずに、いきていくことは……むずかしい、きっと。
夕暮れどきの傾いだひかりは、ほどよくひとを陰影にぬりわけます。暗いところをぬりつぶし、すこしのしろさを浮きたたせてくれる。足早に帰宅をいそぐひとを見ていて
あぁ、ひとにはかならず影とひかりがある
と、思うとすこし動揺がしずまります。

ひとりでビールの栓をぬきたくなるのは、こういうときかもしれません。あやまちをどうやって受けいれるのかも、明日をどうはじめたらいいのかも、とりあえずひとくち飲んでから考えたらいいじゃないか。と、うつむく自分に声をかけてみる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月 3日 (金)

「まど」からなにが見える?

つよい北風が、日暮れとともに、さらに冷たくなりました。節分です。
こんなに長く横になったのは、久しぶりかもしれません。ようやく、ひどい咳が落ちつきだしました。体が、「すこし休んだらどうだ」と言っていたのかもしれません。インフルエンザにもらった、休息だと思うことにします。

「南はどっちだ」
が、またぞろ胸のなかにこだました。昼過ぎ、おでんの土鍋にトロトロと火をいれながら、中島敦の「光と風と夢」を読みだしました。
サモアに移住したスコットランド人作家、ロバート・ルイス・スティーブンソン(『宝島』作者)の「手記」という体裁をとった評伝的作品。執筆にあたり中島はかなりの関連資料に眼をとおし、晩年の老作家の生活と、どうじに欧米列強が食い荒らした「植民地」の実情をも描きだしていました。
忘れてならないのは、発表が昭和17年5月の『文学界』であったこと。もう一点、執筆時、彼がパラオ南洋庁の教科書編纂掛だったこと、です。つまり植民地教育の実務をになう官吏が、戦争のさなかにこれを書いているのです。

列強の利害で分断された土地の民が争い、はざまで文化が踏みにじられるさまを、中島は主人公・スティーブンソンの「日記」を借りて、訥々と記しています。
「実際私は政治に就いて何一つ知らないし、又、知らないことを誇ともしている。植民地、或いは半植民地に於て、何が常識になっているか、をも知らぬ。たとい、知っていたとしても、私は文学者だから、心から納得の行かない限り、そんな常識を以て行動の基準とする訳には行かない」

とはいえ、中島は植民地政策に意義をとなえたわけでもなく、戦争に抵抗したわけでもない。そもそもサモアは日本領ではありません。ですから、作中に、金儲けしか頭にない白人占領者の横暴ぶりが描かれようが、検閲官の眼にはとまらない。発禁にもならないわけです。
ただ、いま読みかえしてはっきりわかるのは、サモアが植民地一般の縮図であったことです。つまり、大日本帝国の版図になった朝鮮半島でも台湾でも、パラオでもシンガポールでも似たようなことがあったと想像することができる。中島は、おそらくそれを強く意識していました。
実際、「光と風と夢」で中島は執拗に、人間が人間を支配するさまを、随所にさしはさんでいます。
「光と風と夢」に、中島がこしらえた窓があったことを、わたしは初めて知りました。

文学は、現実を変えることはできません。しかし、「現実」を見つめなおす「まど」となることはできます。
視点と舞台設営によって、表現者は、政治や経済、つまり時代の強風から、思考の自由をどうにかまもることができる。
彼がまもったものがなにかは、風の去ったあとで「まど」をのぞけばわかります。ただし、「まど」からなにを見るのかは、その者の知性と想像力に委ねられているといっていい。おなじ「まど」から、だれもがおなじ風景を見ることができる、とは限りません。想像することの限界と可能性は、表裏なのです。

じつは、「光と風と夢」を読んだのは20年以上前です。とうじは、少々退屈を覚えただけでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月28日 (土)

このごろのこと

夕方、近所の喫茶店に所用があって顔をだしました。と、見知らぬ女性の方から
「コマムラさんですよね」
と、声をかけられる。20年近くかよう二駅となりの喫茶店を、その方もたびたび訪ねるのだという。壁一面の書棚には、わたしの本も置いてあり、ときおり、長時間のゲラ作業をしているこの男が筆者であることも知っていたそうな。
用件は、予想外のことでした。
「ご存じでしたか?」
その喫茶店の年配のマスターが昨年暮れに世を去られた、というのです。あまり突然なので、一瞬きょとんとしました。
そういえば、今年にはいってまだ出かけていなかった。

おだやかなかたで、わたしの仕事に嫌な顔ひとつしなかった。わたしばかりでなく、音楽関係者がカリカリと譜面に書きこみをし、漫画家が黙々とコマ割りをやっていても、たがいに気にかけない。こういう店の空気は、マスターの寛大な理解あってのことだったのでしょう。
コーヒーのおかわりをたのむと、細面の顔の太いまゆの尾をさげて「次の本はいつでしょう?」と、さりげなく笑いかける。すると、仕事場代わりにひろいテーブルを占拠している負い目が、きれいに消えてしまうから不思議です。
大テーブルには大きな花瓶がひとつあって、盛大な緑が絶えたことがない。街の花屋が季節ごとに生け花に腕をふるっていました。昨今めずらしいそんなサービスも、マスターのさりげない心遣いでした。コーヒーにつくカップゼリーを、カウンターのなかでせっせとつくっておりました。ゼリーは多すぎず、甘すぎず、ほどよい。  Img_0037
しばらく休業したものの、奥さんと息子さんとでまた店を開けはじめたようです。
時間ができる来週、さっそくコーヒーを飲みにでかけることにしました。マスターに御礼をいうために。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2017年1月21日 (土)

トランプ相場

就任直前のトランプ大統領が、twitterで、露骨にアメリカ・ファーストをあおる。収奪も恫喝も人権の剥奪だって、アメリカ国民のためならば正義だといわんばかりに。
と、アメリカの景気は上げ潮にのるぞという「専門家」の観測が、拡散する。どうじに、アメリカ企業の株、米ドルの価値が上がるのを見込んだ、投資マネーが一気に流入し、ドル高がはじまる。
思いがけずおきた円安傾向に、日本の輸出企業は小躍りする。年明け、メディアに展望を訪ねられた経済界要人たちはそろって、おめでたそうな笑みを浮かべて現状を歓迎し、トランプ政権への期待を口にする。

いわゆるトランプ相場をめぐる、盛りあがり方を見ていてつくづく思ったのでした。
われわれは、なんと軽薄で無思想な世界に生きているのだろうかーー
金融工学の発達によって、実態をうしなったお金は、そのおかげで高速、ボーダレスに動きまわることができるようになりました。おなじように質量を持たない、情報と不可分の関係となり、瞬時に右へ左へと飛びかい、取り引きによる「差額」を稼ぎだします。
お金のそんな姿には、ひとが人らしく暮らすべく社会生活を補佐するという従来の役割など、とても想像できません。だって、投資という名のゲームに参加できるのは、有力企業、富をにぎる者たちだけですから。
富める者たちだけの利害のために、お金は動いてゆく。資本を、投資した量よりも増幅させるのが、お金の使命です。

情報がお金を増幅・拡散させるのか、お金の増幅・拡散に情報がついてゆくのか、無味無臭の両者はもはや一体です。お金は、もはやそれ自身が情報です。
おかしなことに、メディアはそれになんの疑問も持ちません。瞬間移動をやめないお金の動きを刻一刻とつたえ、つぎなる動きの予想を分析します。これを総研のアナリストやジャーナリストといった知識人が、真顔で「経済動向」という。
経済の知識の深度には、理想もモラルも思索するねばり強さも、まるで意味をなさない。必要なのは、すばやく数字を読む力と、それを成長という現象に結びつけて語る分析力だけです。

こんな世界にいると、その奇っ怪さに疑問を覚えなくなるのも当然かもしれません。思考は仮死状態のまま、利潤追求という一極価値に侵され、みんな石になってゆく。体温なき世界は、ごろごろと黙って横たわる石だらけです。殺伐としています。
ここまで書いて、ふと、まてよと思うのです。
もしかしたら自分のほうが、どうかしているんじゃないだろうか。気はたしかだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月19日 (木)

無理をしない

鼻水とせきがとまりません。昨年の暮れ、しばらくかぜをひいていたのに、またウィルスにやられました。こんども長引いています。
歯磨きで奥歯の歯茎を傷つけてしまい、そこから親知らずの埋没歯に雑菌がまわってしまい、3週間ほどもものがかめないということも、あったばかり。
駈けこんだいつもの歯医者さんで言われたのは「そうとう疲れてますよね? かなり抵抗力がない状態。治療はしても、まずはゆっくり休まないと回復しません」だった。
思いあたることはあります。迷える書籍原稿の件で、そうとうに気力を消耗し、体力もつかいました。

無理をしないーー
は、できそうでできない。根がなまけものなのに、あるところにだけムキになってしまうところがあります。
ようするに、人間のバランスが悪いのです。そのバランスの悪さが、如実に体調にあらわれるようになったということなんでしょう。
トシです。

ついでながら、ぶちはけっして無理をしません。
暑ければ歩かない。雨の日も歩かない。寒ければストーブのまえをはなれない。ひとのふとんにもぐりこむ。で、ふとんのまんなかで枕をつかって寝る。じゃまになると人を蹴る。朝は、ぜったいに早起きしない。めんどうくさければ、呼ばれても聞こえないふりをする。犬ぎらいで、道で会うどんな犬ともかかわらない。
できそうでできません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月12日 (木)

絶版『煙る鯨影』


お知らせがあります。『煙る鯨影』の絶版が決まりました。ひさしぶりに電話をくれた担当編集によれば、小学館では「絶版」ではなく、「再版をしない本のリストにはいった」という言い方をするらしい。 Img_0039_2発売は2008年です。7000部をつくり、重版は一度もかかりませんでした。在庫は100冊強、実売数を尋ねると「5000部は確実だと思います」とのことでした。少々、すくわれました。
10年の販売状況をみるかぎり、「再販せず」との判断は、まぁ妥当だというべきでしょう。


いま手にとって見ても、つくりはけっこう凝っております。鯨の背びれをあしらったカバー画は、わざわざ木内達朗氏に書き下ろしていただきました。装丁は岩瀬聡氏。たまたま別の仕事でご一緒したことがあり、わたしが希望しました。実物を見ていただくとわかりますが、タイトルと著者名は、ツヤのあるゴム状の物質を盛ってある(技法としてなんというんだろ?)。箔の逆だね。章扉にも書きおろしのイラストをつかっていて、こちらはアライ・マサシ氏が引きうけてくださった。
書籍という実態の出来に手間暇(もちろん金も)をかける、こういう贅沢は、きっともうこのさきはできないでしょう。


発売当初、評価は賛否両論でした。著者インタビューなどでほとほと嫌になった質問が「そもそも、あなたは捕鯨を肯定しているのか、否定しているのか」でした。わたしは、こうこたえました。
「それをひと言でいえるぐらいならば、本なんか書かなかったでしょう」
いまだ存在する「商業捕鯨」の側から日本の海を見晴らしたら、捕鯨の世界はどんなふうにみえてくるだろうか。
これが、この一冊を書いた動機です。で、大々的に報道される「調査捕鯨」とは、まるでちがう窓をあえて開けてみたわけです。この窓、じつは捕鯨関係者(商業側、調査側、管轄省庁ともに)は、あまり開けてほしくなかったんだね。このがんじがらめの状況から、筆をどれだけ自由にできるか。とうじのわたしに出来たのが、方法としてのあのスタイルでした。政治や近代史、土地柄といった諸事情の角をそいで、ただ「鯨を追う」というだけの、すごく単純な物語のなかに折りたたんでしまうのです。
足りないことは多々あれど、でも、あのころの自分にしか書けないものでした。

絶版とはいえ、まだ計算上は2000部弱が流通しております。まだ購入できます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月 9日 (月)

詩とはなんだ

啄木は、後世に歌人として名を残しました。
でも、そのことを啄木当人はどう思っているのであろう。
彼はたしかによく歌をつくりました。息をするように、悩ましきこと、うれしいいこと、そしてさもない雑念を歌のたかたちで吐きだしました。明治歌壇の革命児といえば子規ですが、啄木もそこにならべていいだろうと思う。もっとも、啄木にはそんな意識は微塵もない。

啄木は、本質的には思想家でした。彼は思索の過程で、歌をつくり詩をつくったのではなかったか。だから、彼の声はおおくの場合、すっぱだかです。塀に、熟柿をたたきつけるような乱暴さと無防備さがある。だからおかしい。だからかなしい。

石もて追はるるごとく
ふるさとを出でしかなしみ
消ゆる時なし

たんたらたらたんたらたらと
雨滴(あまだれ)が
傷むあたまにひびくかなしさ

どんよりと
くもれる空を見てゐしに
人を殺したくなりにけるかな

詩とはなんであろうと、啄木は真剣に考えました。ことばの可能性を突きつめずして、その問いにこたえることはできない。ことばの可能性をつきつめることとは、詩をつくること、詩を受容することに行きつく。つまりは、ものごとを詩的にとらえる「個」を、己のうちに持っているのかということです。
最近、はっきりとわかったのは、マスメディア的な「いいもの」との対極に、詩のおもしろさはあるということ。地下水脈には、大向こうへの反骨がある。

でね、反骨ってのは、「あそび」のなかに芽生えるものなんです。啄木は、あそびがないと死んでしまうようなひとだった、きっと。だって、彼のどんな悲しい歌にも、どこか滑稽さがあるでしょう。
萩原朔太郎は啄木と同年だけど、彼の詩には啄木のようなあそびがない、とわたしには思える。朔太郎は、ひたすら技術をきわめ、それによって詩芸術を確立しようとしました。けれどもその詩からは、なにか(己の生)を放るほうな気持ちよさを、すくなくともわたしは見いだせない。

詩とはなんだーー
それは一見、まったく悠長でのんきな問いかけだけれども、じつは情報と物資に飲みこまれたいまの社会をとらえる、いちばんの近道ではないかと直感的に感じています。
「ことば」と「あそび」は、ひとの精神をかたちづくるもっとも基礎的な単位じゃないかと思う。啄木の歌からわたしが感じとったのは、そのことなのでした。Img_0032


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月 5日 (木)

牧水のよた話

すうじつ前、たいそうな酒好きである友人のよた話につきあいました。
彼の名は、若山牧水。啄木の死をみとり、なにくれと後始末に奔走してくれた彼の気のよさには、格別な敬意をはらわないわけにいきません。いいヤツです。

彼に「酒と小鳥」という散文があります。いうなれば「酒論」です。牧水はこの稿を
「誰でもそうかもしれないが、わたしは酒を飲むのに、のみたくてのむ時と、習慣や行掛かりでのむ時とふたつの場合がある」
と、書きだします。いわれずとも、だれでもそうです。湯屋で、おっさんが気持ちよく、酒へのこだわりをぶっているといった感じでしょうか。
「要するに、わたしの自然にのみたくなる酒は、常に自分の心や身体を清浄にし、又は高潮せしめる。だからそんな場合にわたしは、酒其物を霊魂あるもののようにも、将又(はたまた)極めて親しい友達のようにも思い倣すことがある」
一見、哲学的なことばに比して、たいしたことをいっていないところがいい。
散文「酒と歌」では、こうのたまいます。
「今まで自分のして来たことで多少とも眼だつものは矢張り歌を作って来た事だけの様である。いま一つ、出鱈目に酒を飲んで来た事」
歌をつくるものも、酒を飲むのも、彼のなかではたいして差がないのかもしれません。どちらも、欠くことができない暮らしのいとなみ。
朝といわず昼といわず、酒をさんざん飲んで42歳まで生きながらえたから、「この昭和2年からもっと歌に対して熱心になりたいと思う」(「酒と歌」)という新春の決意は、小学生のようにすなおでほほえましい。

酔い果てては世に憎きもの一もなし ほとほと我もまたありなしや

もうひとつ、彼には好きなことがありました。旅です。景勝地をたずねるわけでもなく、知人をたずねるわけでもなく、あてどなく、たったひとりで山間に点在する村から村へと歩いてゆく。骨の髄まで、非生産的なひとなのです。ようするに、あそんでいないと歌ができない。歌を詠むことだって、彼にはあそびでしかない。
おりしも、アメリカでは悪名高い禁酒法がしかれておりました。それについてひと言、極端な「現実主義物質主義に凝り固まっている」アメリカならばしかたなしか、といった感想をもらしています。
そこを読んだときこう思ったのでした。経済成長が至上命題のいまの社会に、果たして彼のような天真爛漫な歌詠みの居場所があるのだろうか。「牧水」が酒をたらふく飲んで、ぶらぶら旅をできないような世のなかは、つまらないなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«元旦のこと