2018年11月 8日 (木)

「恋する虜」でトーク

フォトグラファーの村田信一さんから、松本でカフェを開く計画をすすめていると聞かされたのは、1年半ほど前のことでした。すでに店舗にする古民家とは賃貸契約がなされており、あとはやるだけだと。
イベントスペースに人がつどい、ちいさいながらも一定の発信力、経済力をそなえた活気あるコミュニティーをつくれたらおもしろいね。
そんなはなしをした記憶があります。そのとき店名は、まだ決まってはいませんでした。

さてさて、そのカフェ「恋する虜」で、ささやかなはなしの会をやることにしました。
テーマは「なぜいま詩集なの?」。この6月に詩集を出版したとき、いくにんもの人から訊かれたことをそのまま、テーマにしました。
もっともそれは、わたしがわたし自身にいま問うておくべきことなのだと思いました。
わたしはなぜ詩をつくってきたのか。なぜいま詩集をつくったのか。

はなしの会は二部仕立てで、店主の村田さんとの対談を第二部とします。
こちらのテーマは「複数の目」。
人口が減り、右肩上がりの経済成長がとまり、富の二極化と社会の分断がすすむなかで、10年ほどずっとわたしが考えつづけてきたのが「複数の目」です。生活や仕事、学びにおいて複数の拠点を持つことが、自分を保ち、心地よく生きる重要な糧になろう、と。
それは、あれやこれやをやってみようという多趣味のすすめとはちがうのです。いざというときのために、あっちにもこっちにも足場を担保しておくというリスクヘッジともちがいます。
実際、現実とどう折り合いをつけて、その人なりに、どんなふうにして生活のグラウンドデザインを描くことができるのか。そんなことを、村田さんと話し合ってみたいと思います。

「恋する虜」(https://www.facebook.com/Un-Captif-Amoureux-134300470487511/)に出かけるのは、わたしも今回が初めて。きっとすてきなカフェでしょう。楽しみにしております。
連休初日は、あまり人の出が見込めないとのこと。松本界隈に知人がおりましたら、お知らせ、お声がけをお願いいたします。でもね、お客さんひとりでも、もちろんやりますよ。
23日(金)午後2時スタートです。お待ちしております。 Img_0906


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2018年11月 4日 (日)

このごろのこと


川べりを、いつものように走っているとき、ふいに足がとまりました。岸から川に突きだした一本の枝の先に、見たこともない鳥がいます。
ひょっとして、カワセミ……
小粒の体が、朝陽をはじいてコバルトブルーに輝いています。あまりにも鮮やかで、自然の創造物だとは思えない。さまになっている、のです。
水がきれいだからこの川にはカワセミがやってくると、いつもここでカメラを構えているおじさんから聞いたことがあったけど、自分の目で見るまでは半信半疑でした。数時間後、都心で会った知人に報告したら「いったいお前どこに住んでるんだよ」と、やっぱり疑いの色を隠しませんでした。
その日からたて続けに、同じ場所でカワセミを見かけるようになりました。3日目に、家族にある朗報がもたらされました。が、朗報はたちまち騒動の種となり、寝られない一夜をへて、いまはやや落ちつきました。
結局、朗報はプラマイ・ゼロとなったけど、わたしはカワセミを吉兆だと思うことにしました。
そんな説得力が、かのたたずまいにはあるのです。


10年来愛用していた手持ちのコーヒーミルを、うっかり落としてしまいました。
持ち手の部品が割れてしまって、つかえない。
知人の結婚式の引き出ものでした。あろうことか、そのふたりの仲も割れてしまったことを、とっさに思いだしました。そろそろ調停に一区切りがつきそうだと風のうわさに聞いていたころ。まさに「寿命」であったのかもしれない。
ほかの用事で浅草のかっぱ橋に出かけたいと思っていたときだったので、近所で買うのをやめました。通販もやめました。
が、当日所用が入ってしまい、いまもそのままです。タイミングを逸して、もう半年になろうとしています。
おなじ道具を家に連れてくるのに、すこし時間をおきましょう。モノの神がささやいている気もしないではない。


ボタニカルアートのパターンデザインを描くお隣さんが、家の前に机をだして2日だけ直販をします(年2回の恒例行事)。オリジナルのはがきや布、一筆箋などが並ぶと、ふだんはだれも通らない脇道に人がはいりこんできます。わざわざ遠くから来て、最寄り駅から10分以上も歩いてくる方もいます。
無人野菜売り場しかない一帯で、人の声がするのは希です。豆電球の明かりが灯るようで、すこしうれしい。
モノを介して人がつどう。人とお金の流れは、切りはなせないのだと思いました。人が流れると道ができ、町ができてゆく。「道」は方法なりパターンで、「町」はマーケットであり、ささやかな資本です。
利益があがらないことよりも、もっと好ましくないのは循環しないこと。
人が動かないかぎり風はおきないーーのだなぁ。
そんなことを考えつつ、松本にカフェを出したフォトグラファーの知人にメールの返信をしました。
「返信、滞ったままですみません。トークの件、出かけられそうな予定をお伝えますーー」
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2018年10月27日 (土)

「わりきれないもの」で世界はできている

またぞろ、「ちよちよ」更新の間が開きました。
まったく時間がないわけでもなく、深くなにかを考えすぎているわけでもなく、はたまたPCのキーが打てないほど、なにかに失望しているわけでもありません。

ことばが浮かびません。というか、声がわきでない。
トランプ大統領の中距離核兵器全廃条約からの離脱表明にも、「あぁ、そうか」といったつぶやきしか出てこない。パリ協定(気候変動枠組み条約国会議)からの離脱という前例があるもの。安倍総理の勇ましい憲法改正のかけごえにも、「あぁ、そうか」。世界を睥睨するかのような「皇帝」プーチン大統領の言動もしかりで、「やってますなぁ」と思うのみ。
人質になった日本人ジャーナリストの解放をめぐる激論には、ため息すらでない。

なにごとも、単調な二極からしかものが言えなくなりました。そうでないと、話題にならず、共感がえらえず、詰まるところ伝わりませんもの。
シロかクロかーー
世界はいつからこんなに極端で先鋭的なものに支配されてしまったのだろう。
淡い中間色を、ことばで現すのは難しい。そのことばを整頓し、理論化するには相当な体力がいる。
理論化することのひとつの意味は、その過程でさまざまな齟齬や矛盾に突きあたること。胸中にあった「わりきれないもの」の輪郭が、明らかになってくること。
大切なことです。
じつは、ひとはこの「わりきれないもの」によって、暮らしを円滑にし、人間関係の深みを識るのです。わりきれないものは、自分とちがう他者をみとめ、合意点をさぐり、葛藤する自己のなかで折り合いをつける手がかりでもあります。「わりきれないもの」こそが、考えることをもとめ、議論を喚起するのです。

「わりきれないもの」などないかのように振る舞う、昨今のメディアや表現空間に、わたしはただ息ぐるしさを感じ、おろおろするばかりです。消化しきれずに胃のなかに残るのはいつも、無力感ばかり。
社会はどんどん稚拙になって、そこでうまくふるまうために、まさに人々に稚拙になることを強要しだしました。発信者になっただれもが、乱暴・単調にものをいい、大股で道のまんなかを歩き、「なかま」でないものを無遠慮に恫喝する。正論の姿をした「正論」に大挙して人が寄り集まり、世界(思考の領域)はますます狭くなってゆきます。

かつてないほど、いまのわたしは「おおごえ」が苦手です。小さな声や、声にならない声をたちどころに吹き飛ばしてしまうから。
そういえば、もういない友は「あまり」ということばが好きでした。あまってしまうものをどうすくい上げるか。思想や表現の真価はそこにある、と。

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2018年10月13日 (土)

数式ノート

日曜日の夕刻、地下鉄の九段下駅から新宿方面に向かう都営線に乗りました。
人はまばらでしたが、座席にあきはありませんでした。つり革につかまり、しばらく目を閉じたあと、なにげなく目線を落としました。
青年がノートを開いて、手を動かしている。大人から子どもまで、こうした時間の隙間はもっぱらスマホで埋める時世ですから、やや新鮮に見えました。

鷲づかみにしたようなにぎりの間からひょっこりと芯の先が出た、いびつな鉛筆の持ち方が最初に目に入りました。
その手が器用に「x」や「y」、「√」といった文字を、書き継いでゆく。一定のリズムを刻んで。数式のバランスがほどよい。
数珠のようにつながっているであろう、数式が一行、また一行とできてゆきます。
ノートは、確実に数式で埋まってゆく。余白は、もう左隅八分の一ほどしかない。
と、そのあたりで鉛筆がとまったまま、動かなくなりました。彼は、じっと考えます。

そのとき、わたしはこのノートの美しさに、はたと気がついたのでした。この数式がなんであるのか、どこに向かっていたのかは皆目分かりません。が、それはどうでもいいことでした。
なにがしかの秩序、規則性が、不完全のまま出口を探している。この瞬間の時間軸をもふくめ、その不完全さこそがひとつの定理をまさにあらわしているのではないかと思ったのです。
仮にノートの1ページを彼から譲り受けたとして、それを額に閉じこめてしまったら、おもしろみは消えてしまうかもしれないなぁ。そんなことを考えました。

わたしが途中駅で降りるときも、数式はとまったままでした。ただ、鉛筆をつかんだ彼の手はまだ小刻みにリズムを奏でていました。

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2018年10月 1日 (月)

ある月刊誌とわたしのこと

もう15年も前のことですが、ある月刊誌を主要な執筆の場としていたことがありました。
自分で選んだテーマを書くのでなく、編集部の「依頼」にこたえることがもっぱらでした。
わたしに求められたのは、凄惨な事件現場を歩き、30〜35枚の読み切りでドキュメンタリー一編を書くこと。
この仕事が好きかどうかなど、無名のわたしには縁のない悩みでした。やるか、やらないかーー。編集部が問うたのは、それだけです。

マスメディアが押しかけてさんざん踏み荒らした事件現場に、1か月、2カ月、あるいは1年という時間をおいてから入るのが、この仕事の肝でした。毎度気分が重くなります。メディアにうんざりし、敵意すら隠さない地域で、どんな素材をどんなふうにして拾い集めることが可能なのか。やってみないと皆目わからない。
取材はいつも綱渡りで、最後は運にゆだねるよりありませんでした。
一編を入稿すると、心底疲労しました。書くほどに、自分のちっぽけな居場所を、悪魔に切りわたしているような気分に苛まれました。

次なる依頼を持ちこむ担当編集の声はまるで「悪魔の声」でした。とはいえ、わたしと同年配の彼は取材の下準備に余念なく、修羅場で小さな摩擦がおきれば、「こんなことに力をつかわないで、コマムラさんは書くことに専念してください」と、平然とそれを引きうけてもくれました。機転がきくし、視界はひろい、そして動じない。わたしたちはいつからか「あ・うん」の呼吸で、現場を歩きまわり、原稿を積みあげるようになりました。

一度だけ彼にほめられたことがありました。
差別や偏見、プライバシーあばきともとられかねない、非常に繊細な事件素材を、わたしたちは拾い、そして事件の重要なキーとして、その風景に埋めこみました。一歩間違えば、世間の非難や祖訴を招きかねない。そういう素材をさがすのが仕事なのに、いざ手にしてみれば、決まって懊悩することになる。
担当編集はこういったものです。
「使わなければ、深みはでない。けど、安易につかえば、生臭さとえぐみで、とても読めない。読み終えたとき、興味本位や悪意といったものを感じさせないのが、コマムラさんの持ち味なんです。ぎりぎりのところに針を通すのは、なかなか他の人ではできない」

採算割れを覚悟で発刊してしてきたこの月刊誌の名物路線は、資金繰りがつづかず数年で運休を余儀なくされました。
正直、わたしはほっとしました。

月刊誌から離れて3年ほど経ったときでしょうか、かつての事件モノとはまるでちがう題材で、短期連載の枠を得たことがありました。意外に思われるでしょうが、拙著『山靴の画文ヤ 辻まことのこと』は、じつはこの連載が祖型となっています。
「依頼」ではなく、初めてわたしは彼に「書きたい」ものを伝えたのでした。雑誌の部数はすでにじり貧で、多くの読者を想定できないこの読みものに、編集部はまったく興味を示しませんでした。アテにできないのは百も承知ですから、ひとりで資料を集め、取材にかかったある日、担当編集が電話をくれました。
「短い連載ですが、枠をもらえましたよ。渡航の取材費も工面しましょう。ボゴタ行きでしたっけ、出発の準備をしてもらっていいですよ」
「よくまあ、このご時世にオーケーがでましたね。びっくりです」
彼は、いつもの落ちついた声で言いました。
「おそらくこの雑誌は、もうそんなに長くは持ちません。ならば、(雑誌が)いまのうちに利用できるのを、利用してください。やりたいテーマで、一本でもいいものを書いてください。つかってください。時間がないんです」
頼もしい編集者でした。
結局、この短期連載は雑誌の版元である新潮社ではなく、他社である山川出版社から書籍化されました。思えば、この一冊をつくることができたのは、まぎれもなく彼の援護があったからです。

月刊誌は、予想に反し直近の休刊をまぬがれ、奇しくも彼が編集長を拝命することになりました。
わたしはといえば、以降再びここで筆を持つことはありませんでした。

わたしと『新潮45』と、そして最後の編集長となった彼とのはなしです。

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2018年9月30日 (日)

ある月刊誌の休刊について

言いはなつーー
といった態度が昨今の言論空間ではあたりまえになりました。ツバを吐くように、言葉を吐きつける。
自分の考えを整頓し、論拠をかため、理論の展開をつくりこみ、ことばを精査する。そんな七面倒くさいことは、やらない。それが、潮流です。
ようするに、対話のための準備がないわけです。そもそもそういう言論は、はなから対話を目的としていないのですから。
じゃ、なんのためか。
「共感」をあつめるためです。罵倒し、攻撃対象に深手を負わせるようなあからさまな言説ほど、狭い世界の人々から確実に支持されるのです。
ウケる方法とすれば、手堅いともいえる。

出版メディアは、長い地盤沈下期間(いまだその途上だけど)に、その一冊でなにを表現するかにエネルギーを傾けることに見切りをつけ、血眼になってマスマーケットを探すようになりました。しかし同時に、星をつかむような、最大公約数的な書籍・雑誌づくりの限界も思いさらされ、次いで、おなじ色に染まった特定のエリアの読者層を、手っとりばやく優良の客と見なすようになりました。
売り上げの一定量を、このエリアでまかなおうとした結果、おのずと、差別的、排他的マーケットが、ここに確立されることになったわけです。これに、政治色が混ざるのは、いつの時代も変わりません。どちらも、「数」を頼みにするからです。

差別的、排他的な感情は、冷静に省みればだれの心の底にもあります。ただ、心の底にそういう影を住まわせることと、あからさまに表明することは、おなじでない。自分で、自分が持つ影の負を自覚するか、そうでないかの距離は、天地ほども離れています。
いつからか、中国や韓国に対するヘイトを、堂々と書籍や雑誌が活字にして、書店が積みあげるようになりました。それがベストセラーにもなるのですから、出版世界は差別や排他性を解きはなつことに躊躇しなくなりました。
考えること、折り合うこと、合意点をさぐること、理想像と現実とのはざまで悩むことを棄て、「共感」にすり寄ったのです。
つまり、安易な「イイネ」の壺に逃げ込んでしまったのです。

休刊となった『新潮45』の元編集長が、出演するテレビ番組で、次のような主旨を述べた動画をTwitterで見つけました。
性的少数者に差別的な政治家の寄稿文には、大きな問題があると言える。しかし、これを掲載した雑誌を非難するのは間違いである。なぜならば、出版物は「議論の場としてあり、問題を提起する」のがその仕事であるのだから。

「議論の場としてあり、問題を提起する」のが出版物の役割であることは、もっともです。
けれどもわたしは、これにうなずくことができませんでした。
毎月送付されてくる、ここ何年かの『新潮45』の特集、およびその執筆陣を俯瞰するかぎり、「問題を提起する」姿勢を感じることが、難しかったからです。
「みんなが口にできない、本音をおれが大声で言ってやるよ」。いってみれば、特集はそんな調子でつくられてきました。少なくともわたしには、それが「問題を提起」しているようには見えませんでした。

休刊の直接の要因になった性的少数者への問題に目をとられ、見過ごされていることがふたつあります。
ひとつは、公の言論空間を、この雑誌が無残に踏み荒らしてしまったこと。ヘイトの徒に「特集」のページを委ねてきたことは、言論空間における知性と理性を鼻でわらったにひとしいのです。
知性や理性こそ、出版人が護るべき自らの「存在価値」であったはずです。それが「共感」に、ひれ伏してしまったのです。

もうひとつは、体制に荷担しないはずのメディアが、ときの政治権力と精神的な次元で親和してしまったことです。
安倍政権が開けたフタから漏れだした汚物ーー権力の対極にいる少数者を虐げたり侮辱する「自由」ーーを、その手で掬ってしまった。問題の発端となった特集の執筆陣は、おしなべて安倍政権下で、活躍の場を得た人々であったことは、やはり目にとめておくべきでしょう。
言いはなつ、そして共感をあつめる。
いうまでもなく、これは安倍政権の特徴的なやり口なのです。

と思えば、それが『新潮45』だけでなく、ひろく出版界全体に蔓延している病であることに気づかされます。いや、社会全体といったほうがいいでしょう。
傷口から露呈した膿んだ肉は『新潮45』だけのものではありません。

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2018年9月22日 (土)

考えてりゃ……

手を動かしていないと、考えが膨らみすぎる。
張りぼてのよう。
どこにも重心がないんだ。

知らない町を歩かないと、考えが動かなくなってゆく。
小さな箱のなかにこもっているよう。
現実を突き破れなくなっている。

そらを見あげないと、考えが閉じてゆく。
針の穴をのぞいているかのよう。
小さな一点しか目にうつらなくなっている。

はやく歩きすぎると、考えがはしりすぎる。
自動車に乗っているよう。
次から次へと風景がうつってしまう。

リズムが聞こえてこないと、考えがおどらない。
しばりつけられているよう。
手足がのびのびとあそんでくれない。

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2018年9月17日 (月)

沖縄の「ほんとうの話」

ジョージ・オーウェルは、権力と大衆について、考えずにはおけなかったらしい。両者を、ともに信用していなかったから。
推理・犯罪小説についての書評「ラフルズとミス・ブランディシュ」のなかに、次のような一節があります。
「ふつうの人は政治に直接関心を持ってはいないから、政治のことを読むとすれば、現在の世界の抗争にしても、それを個人をめぐる単純な物語に置き換えたものでないと興味がもてない。GPUやゲシュタポには興味が湧かなくとも、スリムやフェナー(『ミス・ブランディシュの蘭』のなかのギャングと私立探偵)の話ならばおもしろく読めるのだ」
で、こういう。
「庶民は自分に理解できる形の権力を崇拝する」

クリミア併合に歓喜したロシアの庶民とプーチン大統領の関係が好例でしょうか。アメリカの復権を吠えたてて低所得者層の票をかき集めたトランプ大統領、「日本をとりもどす」という意味不明なスローガンをぶちあげた安倍首相もしかり。
いまや世界の政界は「おもしろく読める」ストーリーで、あふれるようになりました。
笑えないのは、これが推理・犯罪小説のようなフィクションではなく、まぎれもない現実だからです。

沖縄県知事選が告示されました。
先日、ある沖縄県出身者がお茶の席で、「基地がなかったら、沖縄はやっていけない。経済がまわらないんだから。反対派なんかほんの一握りで、地元の人は基地の建設が頓挫してじつは困っている。それをマスコミがおもしろく伝えているにすぎないんだ」と、大きな声で解説しておりました。
沖縄県出身者自身が語る「ほんとうの話」とあって、周囲の人々も「実際はそうだろうなぁ」と深くうなづいておりました。
「基地がなかったら、沖縄はやっていけない」は、いかにも「ほんとうの話」のように聞こえます。
が、そればかりで語りきれるほど、ことは単調でなかろうとも思うのです。そもそも、現状をそのまま肯定するだけだったら、政治など不要なのだから。選挙そのものが、無意味だということになる。詰まるところ、民主主義などいらないと言うにひとしい。

オーウェルが言うところの「おもしろく読めるストーリー」とは、「自分に理解できる」範囲で描いた、既成の世界です。目の前にある現実そのまんま。新たな情報や、未知の見識を介在させる余地を持ちません。
言葉を変えると、それが「ほんとうの話」となるわけです。
なるほど、いまある現実だから「ほんとう」にはちがいないんでしょう……
一方で、理解できないものを、「マスコミがおもしろく伝えている」だけのフィクションと、ひとことで片づけてしまう。
れいの沖縄県出身者は、こんなことも話しておりました。
「基地問題なんて、どこにもないんだよ。あれは、沖縄を知らない、外の人間が言っているだけ」
わたしは、こういうものいいに、ファシズム(全体主義)の匂いを感じてしまう。現状にものをいう人間を排除する気配を。

べつのエッセイに出てくるオーウェルの言葉をもうひとつ紹介しておきましょう。
「全体主義の真の恐怖は、「残虐行為」をおこなうからではなく、客観的事実という概念を攻撃することにある。それは未来ばかりか過去までも平然と意のままに動かすのだ」
冷静に考えてみれば、沖縄に米軍基地ができたのは、わずか70年ほど前のことです。「ほんとうの話」を聞いていると、米軍基地はあたかも琉球王国の時代から、ずっと沖縄にあったかのような錯覚を覚えてしまうのだけれど。

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2018年9月 9日 (日)

台風と地震と

猛夏が、過ぎようとしています。相変わらず暑いけれども、7月の凶暴さはもうない。
大阪を破壊した台風21号と、北海道の大地震とが、日を置かずに申し合わせたようにやってきました。
人の営みがどれほどちっぽけで、なす術がないか。災害を予想する50年、100年という時間軸がいかに「瞬間的」か。ただ、思い知るのみです。
まして、地球環境の破壊は、絶望的に歯止めがかからない。被害の状況を前に、言葉が見つかりません。

そういえば東日本大震災の直後に政権を奪った安倍首相は、ほどなく「国土強靱化」というわけのわからぬ言葉をつかいだしました。
津波に呑まれた三陸沖の町村でまだ行方不明者の捜索がつづき、放射能を放出する福島第一原発の状況すらはっきりと分からぬ濃い霧のなかで「国土強靱化」は、闊歩をはじめる。それを初めて耳にしたとき、体が反射的に硬直しました。
〈正気かーー〉
この言葉のセンスは、尋常な人間のそれではない。
陳腐で、稚拙で、劇画のように非現実なのだけど、大の大人が勇敢に連呼することで、その言葉をあたかも常識のごとく、あるいはさも誠実そうに響かせる。まるで、言葉の錬金術です。
驚くべきことに、この言葉はふつうにメディアで流され、社会に受けいれられました。10年でおよそ200兆円を山野を刻んだり固めたり、堤防を高くするなどの土木事業に投下するという壮大な国土強靱化法案は、すんなり国会を通過しました。
200兆円で、わたしたちは国土を「強靱化」するサービスを買ったわけです。

人知の及ばぬ領域を、金で塗りつぶすという発想ーー
民主主義社会ですから、政治家と市民の双方が、同質に狂っていないかぎり、こんな常軌を逸した取り引きは成立しないはずです。言葉を発する側も、受けとる側も、とてもまともとはいえない。「国土強靱化」などというマジックが現実的かどうか、考えずともわかりそうなもんだけど……

現在、予算のうちの20兆円ほどが使われたそうです。まだ序の口で、ほんの10分の1ていど。あと180兆円で、国土の強靱化は完了するそうです。
たがが外れた尊大さを持った「強靱化」という空洞が、こうしている間もむくむくと膨張していく。森を、川を、海を、社会を、人の心を強靱につくり変えるために。
言葉が、見つかりません。

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2018年8月29日 (水)

ゲリラ豪雨

途中駅で列車のドアが開いた瞬間、石つぶてのような雨が飛びこんできて、ドア近くの人はたちまちずぶ濡れになりました。異常な降りかただと思ったら、案の定、列車は止まってしまった。昨夜のこと。
風雨をもろにひっかぶっただれひとり、「こいつぁ、弱っちまったなぁ」というあきらめ顔をしない。みごとに無表情です。で、一瞬、心底不快だという憎しみの色を浮かべるや否や、すっとそれを隠してしまいました。わずかにずれた仮面は、すぐにもとにもどる。

複数の中央省庁が、障害者雇用の数を水増ししていたことが明るみになりました。
行政府の仕事において公正さが担保されないということは、国家の基本システムが正常でないことを意味します。
でも、この問題にそんなに驚く人を見たことがない。ということは、日ごろから異常な状態をだれもが受けいれていることに、なりますね。ならばさぁ、異常なことにことさら反応したり反発を覚えることは、「正常」な考え方だとはみなされないことになる。そいつは、異端にされてしまう。

なんせここは、官僚が政治家の国会答弁にしたがって、記録を改竄しても、許される社会なのです。
ということは、だれがどんな理由で記録を改竄したのかは、あまり問題ではない。改竄をほどこした記述こそが、事実としてまかりとおることになります。
なにがあったか、ではない。なにが語られたか、です。
であれば、考えることは無用です。

いまや、わたしも、だれもかれもが、「建前」というものを忘却してしまいました。建前に沿って、見つくろうなどという無駄な労力はつかわない。結果、なんでも、わりやすい単色で語られるようになりました。まちがっていようが、ぜんぜん的をはずれていても、単色でとおすのです。
異常を否定できずとも、せめて建前があれば、異常と正常の区別ぐらいはついたのに……

結局、いなおってしまえば、まかりとおるのだ。
ゲリラ豪雨に全身を打たれながら、そう胸のうちでつぶやいたとき、ふと浮かんだのが、終戦直後の小林秀雄のことでした。

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