2022年8月10日 (水)

療養中のこと

iPadで、これを書くのは初めてです。もっぱら仕事部屋のデスクトップPCしかつかったことがないのです。
コロナ感染者の療養施設(わたしが居るのは新宿区内のホテル)で、今日も一日を過ごしました。午前中、昨夕知人が差し入れてくれた洗濯洗剤で洗濯をしました。困ったのは、ハンガーが2つだけ、乾かすところがないこと。
でもって、洗ったシャツもタオルもまったく乾かない。
窓の外には、ビルの街があるだけ。夜には、ときおりヒステリックに鳴り響くクラクションが、ビルの間を這い上ってくる。
朝に夕に外を眺めるので、ティッシュを湿らせて窓辺に積もっている埃をていねいに掃除しました。そうする間にも、埃が逃げだし、部屋を舞うしまつ。清掃の状態というのは、そんなもんです。指定療養所になってから、次々に感染者を回してくるので、もう現場は手いっぱいなのでしょう。
そんなわけですから、差し入れのスリッパと掃除用スポンジのなんとありがたいこと。洗面所とバスをごしごし洗ってやりました。
夜は、バスタブに湯をためて40分も浸かりました。やっと、ひと心地がつきました。
しばらく連絡していなかった知人が容態伺いのメールをくれたので、ていねいに返信しました。先ごろの個展に合わせて作った写真集を持ってブックフェアに参加するという。ちょうど、おなじことを考えておったとこ。

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2022年8月 8日 (月)

『ドンバス』


〈シネマ手帳〉、じつに久しぶりです。No57だったんだね。映画館にはぼちぼち出かけているのですが、これを書くのがすっかりおっくうになってしまった次第。コロナ療養するこの数日、急に『ドンバス』を記さなかったことに思いがいたり、なんだか忘れ物でもしたかのように思えてきました。
上映は、各地ですでに終了しておりますが、ことしの重要な出来ごとに深く関係する作品であること、監督のセルゲイ・ロズニツァ氏自身(応用数学と制御システムが専門で、もとは人工知能の開発に携わった研究者という方)が、ロシアの侵略戦争をめぐって欧州映画界でいまも物議を醸す存在であることを考え、2022の道しるべとして掲載することにしました。思いがけず長くなって、映画評を逸脱してしまったこともあえてお断りしておきます。1024main_donbasssergeiloznitsa1


〈シネマ手帳〉No57

公開は、2018年(「カンヌ映画祭のある視点部門」でのオープニング作品。同部門監督賞受賞)です。つまりロシアによるウクライナ侵攻の4年前のこと。
さらにその4年前に起きたのが、まさに電撃的なクリミア占領。これが震源となってウクライナ東部のドンバス地域で、いきなり「分離独立派」の支配がはじまるのです。市民が普通に行き来していた生活圏はパッチワーク状に分断されていきます。
いったいドンバスでなにが起きているのか。
投稿サイトには、市民による動画投稿が相次ぎました。膨大な量の動画や書き込みから見えてきたドンバスの奇っ怪な現実を、ウクライナ人のセルゲイ・ロズニツァ監督は13のエピソードに構成して、描きだします。いまになってみれば、これはいずれ起きる本格的な戦争への痛烈な警告でした。あるいは、すでに戦争ははじまっていたのです。

 役者たちが、車両のなかで忙しくメイクをほどこしています。とはいえ、本当の役者ではなく占領地に住む普通の住民たちです。どうやら少なくない金で雇われているようで、徴収されて暗い顔で手を動かすメイクの女性と、役者の女の横柄さが好対照です。軍人の指示で、戦闘中の市街で報道番組の撮影がはじまりました。みな口々に、ウクライナ軍の非道を訴える。フェイクニュースが流れだします。

 検問所を通って軍事境界線に足を踏みいれたドイツ人ジャーナリストは、親ロシア派司令官のインタビューを申し入れるのですが、だれが司令官なのかまるで要領を得ない。戦車の上に居並び、廃墟で見つけだしてきたピクルスをお気楽にほおばる連中は、「司令官」をゆずり合うただの気のいい土地のおやじ。「こいつはファシストだぞ!」と、まくしたてることぐらいしか知らず、どうみても戦闘指導などできそうにない。そのかたわらで、取材のようすを監視するロシア軍らしき軍人は、カメラを向けられることを注意深く避けるのです。

 捕らえられた老ウクライナ兵が市街でさらされ、住民による私刑がはじまります。縛られた無抵抗の老兵は、「ウク公め!」とののしられ殴られ血だらけです。やってきた老女が叫びます。「畑は地雷だらけだ! こっちの人間がこんなことするものか!」
そう、戦争がいったんはじまれば、「こっち」と「あっち」しかないのです。社会の緩衝材だったグレーゾーンはどちらかに塗りつぶされるのです。非道な殺戮はすべて「あっち」だとだれも疑わなくなる。ばからしいほど単純なフェイクニュースと大衆は、砲声を合図にたちまちひとつになるのです。

物不足に陥った産院に物資を与える占領者たちの大仰なほどこし口調、軍事境界線を越えてかつての家を見に行くバスの一行が遭遇する惨劇、新共和国に申請された結婚式の狂乱、新共和国行政官による市民からの財産収奪、粛々と行われる要注意人物の暗殺ーー
13のエピソードは、冒頭の役者たちが再び登場する最後の一話で、ひとつの像を結びます。それは、プロパガンダによってなる虚構が、占領という現実の土台をなしていく、「正義」の過程です。誤解をおそれずに言えば、占領とは途方もなく滑稽で壮大な「正義」のコメディです。ちっともおもしろくないコメディの脚本に、「あっち」も「こっち」もまきこまれざるをえず、やがてひとつの既成事実ができてゆきます。

ドキュメンタリストして知られるロズニツァ監督は、記録映像を編集して歴史的事件の風景を新たに組み直す手法で国際的評価を得てました。日本で公開されたばかりの「アウステルリッツ」(2016)、「粛正裁判」(2018)、「国葬」(2019)といった、三作に共通しているのは、独裁と全体主義が引き起こした事件そのものと、それをとりまく大衆を乖離させない姿勢です。
 本作でも、その視点は変わりません。中心には大衆がいる。プロの役者は3割ていどで、エキストラも含めた出演者の多くは、撮影地となったドンバスに隣接する地域の市民たちです。占領地とウクライナが入り交じる特殊な状況の、いわば当事者たちです。

 以下は、ロシア侵攻に端を発した現実の余談です。
 ロズニツァ監督は、ロシアの侵攻当初、断固たる声明を出せなかったヨーロッパ映画アカデミーを痛烈に批判して自ら脱退します。一方でその後、ヨーロッパ映画祭からのロシア映画のボイコットを決める同アカデミーをまたも激しく批判したことがきっけで、こんどはウクライナ映画アカデミーから、よもやの除名を宣告される複雑な事態を生みだすことになります。はた目には、なにがなにやら、よくわからない。
 ただし、除名の本当の理由は別にあるのではないか、との見方がもっぱらです。火だねは、いま現在戦時下にあるウクライナの過去の戦争加害(ソヴィエト軍が退却した後のナチス支配下で起きたユダヤ人虐殺に、ウクライナ人も積極的に加担した史実)を扱った次回作「ビバ・ヤール」。これがウクライナ側関係者を強く刺激したことは想像に難くない。つまり愛国主義に反する作品をつくる人物を、ウクライナ映画界は拒絶したわけです。言葉を変えれば、それはプロパガンダと相いれないものだったのです。
ロシアもウクライナも、その事情は変わらないようです。もっといえば戦争当事国になれば、どこでも表現の「条件」がものをいいはじめるのです。「条件」を楯に、表現を糾弾するのは国家、そして大衆。わたくしごとでもあります。

(監督・脚本 セルゲイ・ロズニツァ/撮影 オレグ・ムトゥ/ドイツ、ウクライナ、フランス、オランダ、ルーマニア/ウクライナ語、ロシア語/日本語字幕 守屋愛/2018年/121分/カラー)

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2022年8月 7日 (日)

『エンデ全集17 闇の考古学』

6時半起床。
咳、くしゃみ、鼻水はあいかわらずですが、喉の痛みはだいぶ緩和されていました。きょうも一日部屋ごもりです。
最寄りの保健所より、ショートメールで「配食」の通知が届きましたので、折り返し連絡してみました。と、いきなり「インターネットはつかえる環境ですか?」との質問。PCR検査から一貫してスマホの登録情報によるやりとりですから、聞かずとも分かるでしょう。「いいえ」と答えるのはいかにも不自然。
「ええ」
「食材はご自分でインターネットで購入できますから、配食サービスは辞退していただきたい」と告げられました。希望の確認ではなく、もう有無を言わさぬ雰囲気。どうやら陽性者が多すぎて、準備も配送も間に合わないようです。
午後になって、東京都の宿泊療養所案内の方から電話がはいり、体調に関するかんたんな聞き取り調査がありました。ものの5分ほど。やはり陽性者多数で手配はできるかどうかわからないとのことでした。

積ん読のうちの一冊『エンデ全集17 闇の考古学』(丘沢静也訳 岩波書店)を、ようやく開きました。たぶん8年ほど前に購入したものです。ミヒャエル・エンデが、父エトガー・エンデの画業について語ったインタビュー録です。インタビュアーは、エトガーの死後20年の節目に、彼の論文編集を担当したイェルク・クリッヒバウムで、4時間の約束ではじまった話が、思いがけず4日に及んだと序文で記しています。濃厚な芸術をめぐる話。
「要するにこの会話は、はじまって二、三分もすると、自分で勝手に歩きだしてしまったのだ。明らかに、質問する側も質問される者も、おなじような義務感にとらわれ、ありとあらゆることが話題になり、核心となるべきものが端っこに追いやられてしまった」
迷走をはじめて、着地点がわからなくなっていくのだけど、会話はとまらない。こういうことって、ときどきあります。ただ相手にも聞き手にも、一貫した方向性、つまりは「核心」あってこその断線、迷走であって、言葉を投げあいながら、たいがいに次々「発見」が生まれる状況でないと、これは成り立たない。
じつは「核心となるべきもの」は、「端っこに追いやれて」などいませんでした。
だから、クリッヒバウムのつぎの言葉にわたしは深くうなずくのです。
「このようなわけで、あとになってはじめてーーつまり、録音した会話を文字に起こした原稿に目を通してみてはじめてーーわかったのだが、疑いようのない率直さは私には驚きである。こう言うほうがいいだろうか。私たちはこんなにもストレートに話しあっていたのだ」
とてもスリリングなインタビューです。問うーーこたえるーー気づくーー新しい展開が生まれる。会話のすごみとはこれだなと思うのです。もっとはやく読めばよかったな。

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2022年8月 6日 (土)

陽性者の初日

6時起床。体はどんより重いけど、さいわい発熱していません。
深夜にショートメールでスマホに届いたPCR検査結果は陽性でした。
まずは指定のサイトにアクセスして、通知書を確認。アクセスには、確認コードが必要で、ぼっとした頭ではちょっと要領がつかめない。
なんでもスマホで処理をしないといけない。これがわりとストレスです。
陽性通知では、医療機関にかかって保健所に登録する旨を指示しています。ここからはPCを立ちあげて、保健所が公表しているコロナの確定診断を行う医療機関一覧をあたり、とりあえず一番近所に電話してみました(一応尋ねてみたかかりつけの医院には、すでに断られています)。
手早く経過と主旨を伝えると、だいぶ待たされたすえに、「こちらに来てどうしたいんですか?」という、まったく予想外のこたえが返ってきました。
「えっ、診察ですが。保健所には医療機関しか陽性者の報告ができませんでしょう」
「えっと、まだ保健所には通報してないってことですか」
「説明したとおりですが……。個人では直接連絡できないですよね」
じゃどうしておたくは指定医療機関のリストに載ってるんですかーーと、言いたくなるのをぐっとこらえる。こういうやりとりもストレスになります。
指定された11時半、自転車で出かけて受診。帰宅してから東京都宿泊療養施設の案内センターに電話するも、予想どおり一向につながりません。
部屋にこもるとはいえ、トイレやシャワー、台所に立ち寄らないわけにはいかず、どんなに気をつけても家庭内感染を避けるのは難しそうです。
なんども電話をかけなおして、やっとつながったけど、「こみ合っておりますからね、お返事は明日になると思います」との返答。これも予想どおり。
うんざりしてきたころ、ショートメールがはいる。厚労省の接触確認アプリcocoaに登録せよという。
朝から休む間もない。咳をしつつ、くしゃみで汚れる手と鼻をぬぐいながら、スマホをずっと離せない状態です。ともかくスマホ持ってるのが、わたしは好きじゃないんです。
いいかげんくたびれてきました。はたして、もっと重症だったらここまでの手続きを自分ひとりでできただろうか。
朝、書棚からぬいた「積ん読」本3冊には、もちろんまったく手がついていません。
ともかく横になろうっと。

 

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2022年8月 5日 (金)

あれっコロナ陽性ーー

8月4日(木)
体がくたびれている。
すこし体調を崩しました。
体が不調のときは決まって、手帳を見なくなります。予定も確認しなければ、出来ごとのメモも残さない。と、しだいに行動が行き当たりばったりになって、大切な仕事に時間がまわらなかったり、はたまた決定的なミスを犯すような状況に陥ったりします。きっと、ものの考え方も粗雑になっている。

だいぶ休んでないけど、しかしこのまま寝こむわけにはいかないなぁ。冷凍庫に鶏もも肉がありました。
こりゃカレーだな
昼過ぎから、チキンカレーとポテサラをつくりだしました。
タマネギと、ショウガ、ニンニクを刻み、タマネギだけ時間をかけて炒めます。じくじくと煮えたようになり色が変わってきたところで、ショウガとニンニクを合わせる。
ローリエ、唐辛子を加えて、おやっと思う。いつもなら、もっと香りがたつはずなのです。カレーをつくる気分が、一気に高鳴るところなのに……
缶詰めのトマトを炒めだしてからようやく気づきます。ホールのスパイス(コリアンダーとクミン)を炒めていなかったのです。
肝心なことが、ストンとぬけておったか。
一段と疲れが重くなった気がしたのでした。

ひと段落してから銭湯に行くつもりでしたが、雨が降ってきました。予報どおり。雷も聞こえてきた。とりやめです。
ではポテサラを肴に、ゆっくりビールでも飲もうかと思ったのですが、あいにく冷蔵庫が空です(酒類)。
思ったようにいきません。

8月5日(金)
前日に書きとめたものを、うっかりアップせずに寝てしまったのですが、今朝は一段と体が重いのです。というか、しんどい。咳とくしゃみが出て、喉の痛みがある。
よもやーーと思い、東京都が設置したPCR検査センターに行ってみました。結果を待つあいだ、自宅にあった抗原検査キットを開封しました。昨年春から必要に迫られてなんどか自主検査の機会があったのですが、いずれも陰性。こんどもそうとばかり思いこんでいました。
あれまっ、陽性です。
おそらく、PCRの結果もおなじでしょう。
ふとんを敷いて仕事場にこもるよりーーないか。

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2022年8月 2日 (火)

このごろのこと

眠くって目が開きません。
まぁ、しかたない。
そういえば、詩稿をぜんぜんいじっていないのでした。昨年の暮れぐらいからずっと。
まぁ、しかたない。
きょうも一日、酷暑でした。いまも、夜は熱波に覆われています。
まぁ、しかたない。
ぶちは、たびたびトイレを失敗するようになりました。トイレまで歩くんだけど、間に合わない。歳をとって、子どもに返ってしまったんだね。
まぁ、しかたない。
思考が散乱していて、一ヵ月たってもまだ原稿の一行目がさだまりません。どう歩いたらいいか、たぶんわからないんだ。
まぁ、しかたない。

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2022年8月 1日 (月)

真夏の日のこと

7月が昨日で終わっていたことに、しばらく気づきませんでした。
で、なんだかモノを落としかのように狼狽いたしました。
ほんとう? 8月なんだーー
7月に置いていかれたか、それともわたしが気もそぞろに追いこしてしまったか。それほど、カレンダーにも周りにも、目がとどいていないということです。要注意ですね。

しばらく空を見ておりません。心身ともに疲労。すこし休んで一日ごろごろしていたいのですが……
原稿が一向に進んでいないものですから、そういう気分にもなれず。気の重い夏です。

いつも和服で店番をしている西早稲田の古書店の御婦人が、昼日向からドアを閉じようとしておりました。まだ2時です。太陽がぎらついている。
ときどき棚をのぞく書店です。本を数冊買ったことがあるだけで知り合いではありませんが、つい声をかけてしまいました。
「おしまいですか?」
「ええ、暑いですから」
これ以上ない明快なおこたえ。そう、暑いとか、寒いとか、疲れたとか、苦しいというのは、それだけで十分な休む理由のだよな。
働きすぎてはいけない。

せっかくだから、気にかかっていた本を一冊買いました。すでに電気が消えた壁を見上げたら、額装された絵が5、6点かかっています。これって前にはありませんでした。
どれも、故・永島慎二さんのもの。よくよく見たら、見慣れたはずの店の看板もそうでした。うっかりしていた……
「どうして永島さんなんですか?」
「うちの主人が永島先生と親しくしてたんです。それで、こんな絵がいろいろ家に残されております。阿佐谷のご自宅にも、西荻窪の方にも、よく出かけていました」
「亡くなってしまったぼくの友人も、じつは永島さんとは懇意でした。その人の所蔵していたものは、早稲大学に寄贈されました」
「あらまぁ、そうですか」
そんな会話をしました。ヒロセさん、ここに来たらさぞよろこんだろうな。
いなくなって3年、命日から2週間、ですね。

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2022年7月18日 (月)

このごろのこと

日暮れを気にしながら、クラウドブルーのBROMPTONを飛ばして西荻窪まで10キロほど走りました。だいぶ疲れていたけど、少しの時間があるときを逃すと、なかなか時間がとれなくなるから。
青梅街道沿いのいつもの自転車屋(ぜんぜん洒落ていない、よくある街の自転車さんだけど専門店だといっていい)で、点検をたのみました。この一角に来ると、にわかにBROMPTONユーザーの密度が上がります。四方の門から、いろいろな自転車があらわれ、店の備品を眺めたり、店のひとになにごとか相談したり。あるいは「ちょっと空気入れを借ります」というだけの人もいるけど、よくよく見るとサドルからタイヤ、ペダルなどさまざまなところに独自の改良を加えており、つい見とれます。
点検がすむまで、ぼんやりと立っている。自分もこの風景のひとつだと思うと、かなりうれしい。

銭湯に行きました。
500円硬貨をだして、つっ立っておったら、お釣りがないことを告げられました。つい2日前の7月15日から20円値上がって、500円ちょうどの大台に乗っていたのです。
たった20円ですが、負担感は否めない。湯屋が数歩、日常の暮らしから遠のくような気がしました。
とはいえ、値上げなしに営業を維持する難しさはもちろんわかるのです。なくなることを思えば、やむなし。

このごろ、以前とはちがうタイプのポテサラをつくるようになりました。覚えたてのフランス風で、こちらはポテトをつぶしません。サイコロ状に切る。ほかの野菜もサイコロ状。全体にコロコロしている。もうひとつ大きくちがうのは、マヨネーズで味つけしないこと。塩コショウとレモンか酢、そこにオリーブオイルを加えたドレッシングであえる。
いろいろな野菜が採れる季節は断然これがいい。あれもこれも、ぶちこんでしまえるから。できればミックスビーンズとパプリカはほしいところです。
銭湯に行く前、キーマカレーとこの仏風ポテサラをほぼ7割方作っておきました。昼寝を断念して、正午過ぎからせっせと働き、明るいうちに湯屋の暖簾をくぐりたいがためのこと。
こころなしか、ひと仕事を片づけたあとの風呂はより気分がいいもの。
帰ったらビールとポテサラだな。

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2022年7月15日 (金)

阿弥陀仏さま

いまごろになって梅雨がもどってきたようです。
まっ暗。帰ろうとして外に出たらどしゃぶりです。
たちまち雨水は靴に染みこんでくる。ズボンの裾も重い。
地下鉄駅入り口がある大通りの手前で、足もとをなにかが横ぎったのに気づきました。視界はそうとう悪かったけど、町のネズミだとかろうじてわかりました。やつも、ずぶぬれです。
そういえば、10日ばかり前でしたっけ。朝、住宅街をぶちと歩いているとき、ふと視線を感じて振りむきました。と、ネズミが道を大急ぎで横ぎってゆくところでした。田舎のネズミです。あっちの家の庭から、そっちの家へ。
おそらく、わたしとぶちが行きすぎるのを待っていたんでしょう。
なんの縁か、ネズミをよく見るなぁ。

こんな他愛をない話を、ほんとうにおもしろそうに聞いてくれるのが、あなたでした。
そりゃ、コマさんの人徳だよぉ、なんていう根拠のないなほめ言葉まで添えてくれたりする(きっとそうだよね)。話ながら、こっちはなにがそんなに愉しいのか首をかしげたくなるわけです。
はやいですね、もう3年です。
あなたが逝った夜も、しとしとと降っておりましたね。陽射しが薄い、冷たい夏でしたね。
もう、帰ってはこないと、ようやくこのごろあきらめがついたところでしょうか。今夜も、酒をさしあげますね。
南無阿弥陀仏
これ、あなたに届くような気がするのですよ、いまは。阿弥陀仏とあなたの区別がつかなくなったってことは、さて、あなたは仏になりましたな。こたえずとも、よいですよ。

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2022年7月12日 (火)

行きつもどりつ

猛烈な勢いで降りだした雨の音で、居眠りからさめました。夜の11時。
なにが起きるか、一寸さきのことはわからない。
ふとした瞬間、火薬がはじけて、眼前の状況が一変している。そこかしこに蒔かれていた惨禍の種が、地表からはいだそうとしている。
雨粒のような量の情報が、ゲリラ豪雨のように町を打ちつける。まったく、終わりがないかのような勢いで。わけがわからない不安から逃れたく、みな思考の戸口を閉めてしまう。やがて大行進がはじまるかもしれません。
そういう2022年に、わたしは暮らしているわけです。

ようやく、書籍原稿にとりかかりました。
材料に満足しようがしまいが、とにかくーーここからは書かないといけない。しまいまでやらないといけない。社会がどのように揺れようと、そのテーマから目をはなしてならない。
あっ、はじまったな。はじまってしまったな。
この数日、ぶつくさと自分に言い聞かせております。
こういう2022年に、なんの因果かわたしは50年以上も前にある女性が残した絵について、考えて続けているわけです。行きつもどりつ。

行きつもどりつーー
考えるとは、そういうことだよなと、ふといま思ったのでした。行ったきりでは、思索にならない。だいじなことかもしれない、これって。

 

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