2021年9月14日 (火)

夏はもどらない

雨音が聞こえてきた。また降ってきたようです。
曇ったり、降っったりがずっと続くうちに、いつの間にか夏がいなくなっている。もう、もどってはこないでしょう。
ほんとうに夏がやってきたのか。それすらあいまいです。
記憶にあるのは、長きにわたったオリ・パラの襲来だけ。

その8月、東京都では新型コロナに感染して、医療機関ではない場所(自宅のほか外出先も含む)で112人が亡くなったとの数字を、警視庁が公表しました。先月の2.4倍。
まさに、オリ・パラ報道一色だった時期、会場となった東京の生活者にまともに医療提供ができない非常事態だったわけです。
一方、五輪強硬に躍起だった、とうの東京都は「自宅療養中の死者」を、8月から昨日(9月13日現在)で、わずか39人としています。「自宅療養」とは、よくいったものです。
つくづく、不思議な国です。

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2021年9月13日 (月)

ない

机のうえにあった茶封筒をのぞいたら、1万円しかありません。
おやおや、2万円はどこいった?
ほかの封筒に入れてたかな。山積みの書籍や資料の切り抜き、ごみでしかないチラシなどをひっくり返してさんざんさがしましたが、出てきません。
あっ!
銀行口座に入れようとして、通帳にはさんだままだった気がする。
3銀行の通帳一式をまとめたメッシュポーチを収めている、机わきの一番下の引き出しを開けました。ところが、そいつが見あたらない、のです。通帳一式の紛失はもっと大ごとです。
引き出しに入っていたものを全部かきだしましたが、どこにもありません。もう、平常心でないのが自分でわかる。汗だくになりました。
あっ!
10日ほど前だったか、この引き出しを閉めたとき、ドタっというモノ音があったことを思いだしたのです。ためしに、引きだしごとそっくり引き抜いてみましたら、底に落ちていたではないですか。
しかし、メッシュポーチのなかにお札はありませんでした。すわりこんで、少し考えました。
あっ!
急な葬祭があって、すこしまえに3万円を包んだのです。つまり、あったはずと思い込んだ現金は2万円ではなく、3万円でないといけなかった……
こんなことをしていたら、仕事らしい仕事もしないまま日が暮れますでしょう。たんなる年のせいでないことは、自分が一番よく知っていますとも。

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2021年9月 6日 (月)

「末法」「末世」の方向感覚

手にとっていた片山杜秀著『歴史という教養』(河出新書)のなかに、「末法」(まっぽう)という言葉がありました。ブッダの正しい教えが存在した世を「正法」といいます。ですから、正しい教えがなにか、わからなくなってしまった世が末法となるわけです。
ブッダの教えが薄れ、彼の後に続いて悟りの境地に達した者が、ひとりもいない世になってまった、ということ。悟りを説ける者がいなければ、その時代の菩薩たち(成仏の可能性がある修行者のことですから、わたしも菩薩のひとりです)は、なににすがればよいのかが、わからない。「末法には、末法の生き方がある」と片山氏は言います。そのとき、たよることができる綱が「史観」。

夕方、書棚にあった阿満利麿著『法然入門』(ちくま新書)を、たまたま開いて拾い読みしたところ、冒頭にあった「末世」(まつせ)が、目にとまりました。
文字通り、世も末の状況。阿満氏は「時代の常識が無力になり、生きる目的や生きがいが定かではなくなってしまっている」と、法然が生きた13世紀と現代の共通点を語る。

「末法」と「末世」。
ようするに、正しい教えによって照らしだされた価値が、すっかり見えなくなってしまった渾沌たる状況です。
それは、かつてもあり、そしてまさに今、今日のことでもあります。渾沌がきわまる社会を生きぬくための処方箋は、おそらくない。
直筆がきわめて少ない法然のそれに、「念仏為先」という4字があります。「なにを差し置いても「念仏」がすべてだという主張」(『法然入門』)なのだそうです。
すなわち「南無阿弥陀仏」です。
たった6文字の念仏は、成仏にいたる確かな方法であり、そしてひたすら願うことにこそ現生を生きぬく真理がある。法然は、そう確信しました。

「真理を方向感覚と考える。その場合、間違いの記憶を保っていることが必要なんだ」(『日本人はなにを捨ててきたか)』
故・鶴見俊輔氏が、関川夏央氏との対談で語ったこと。
ならば、パンデミックの終息が見えず、政治の無軌道ぶりが常態化したいま現在、南無阿弥陀仏を唱えることと、過去(己と人類)を問いなおすこととは同じ方向(浄土)をめざす行為といえまいか。わたしならばそのように読みます。
さまざまな方法や視点から歴史をたどってみると、いく通りもの解釈ができ、いくつもの、それこそ無数の「地図」が描けます。歴史を凝視し、俯瞰し、地図を描けば描くほど、ひとは迷う。
でも、恐れ、「迷う」ことをぬきに、よりよい未来など選択できるはずもない。おおいに、深く迷うからこそ「南無阿弥陀仏」と唱えずにおけない。
いまの権力者たちにもっとも欠けているのは、過去への真摯な問いかけではないかと思う。
南無阿弥陀仏

 

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2021年9月 2日 (木)

絵をもらう


その昔、仕事場としていた部屋の大家さんが、久しぶりに電話をくださった。
「あなたに、もらってほしものがあるんだけど。いつ、こられる?」
二階にあった仕事場の真下が、大家さんの喫茶店でした。御年91歳。とうとう店を閉めるという。で、店のものを処分しているというのです。


駅の外に出るともう陽が落ちていました。
そこから喫茶店までの道は、10年ほど前、自転車で毎日通ったものでした。ときに、ぶちとも歩いた。懐かしいと同時に、ほろ苦い季節でもありました。
月刊誌を中心に仕事をしながら、書籍をこつこつと書くというーー豊かではないけど、かろうじて暮らしていけるーー暮らしの土台が、ガラガラと崩壊した時期でした。
焙煎機から立ちのぼるコーヒーの香りが窓から流れ込んでくる。その匂いに包まれた部屋で、「なんとかなる」「道はかならず見つかる」と、来る日も来る日も自分に言い聞かせていた悲壮感が、ありありと蘇ってくるのです。
どうにもならないこともあるーー
と、現実を認める余裕は、そのころの自分にはとてもなかったのです。人生には、勝ちか負けのどちらかしかなかった……
わたしも、若かったのです。


すっかり片づいた店の壁に、れいの絵が架かっていました。
そういえば、あったなぁ
「もらってくれるでしょ? あなた、自分ではずしてちょうだい」
大家さんが言いました。津軽の故伊藤正規画伯の小品で、陶器にリンゴが3つ入っている。器の正面に描かれた一羽の鳥の黄色が、なんだか無邪気なのです。そして、氏の絵にしては珍しい金地。
まさに、この真上の部屋を借りていたとき、ある企業の広報誌に一話読み切りの紀行文を連載しておりました。津軽篇のとき、五所川原の画伯の絵のことに触れました。なぜかといえば、目の前の椅子に座って、この絵をほぼ毎日眼にしていたからなのです。


片づけをしていて偶然そのときの読み物を見つけた大家さんは、つい読みふけってしまったそうです。で、読み終えてすぐに、あの電話をかけてくださったのだと。
紙袋に入れた絵を抱えて、家の最寄り駅にたどり着いてみると、土砂降りでした。
よりによって、こんなときになぁ
どうしたものかと、駅舎のガラス窓越しに暗い空をぼうっと眺めていたら、いつの間にか、あの部屋の窓辺に立って雨を眺めているような気になっていました。
時間を巻きもどすことなんか、できるはずもないのに。巻きもどしたいとも、思ったこともないのにーー
なぜか過去に引っ張られるのです。

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2021年8月22日 (日)

人間らしさ

書きかけのテキストが、PCのなかにありました。ひょっとしたら、以前に書きかけのまま公開していたかもしれません。余白については、年がら年中考えているので、書きかけのものが散らばっていて、自分でもいつごろなにを考えて書きだしたのか分からなくなっています。重複カ所があったらご容赦くださいませ。


工場の発明は、効率化の時代の幕開けでした。安価な労働力を一ヶ所に集約し、工場の能力を最大限に引きだす。そのためには、工場の稼働時間をなにより最優先させる必要がありました。
休まずに工場を動かすために、労働力は数値化され管理されました。すなわち、人の価値が生産性をあらわす数に置き換わった。労働者は服をはぎとられて、人間らしさを失うことを余儀なくされました。飯を喰うために。


資本主義は、成長します。
宿命的に大きくならざるを得ません。投資した資金を回収し、利益を上げつづけるのですから。成長するために、どん欲に資源を喰います。
自然、水、鉱物資源、そして人間を。
そのうちに、人間の周りに空気のように存在した空間や時間を食い尽くす。
余白を失うことによって、人は人間らしさを喪失します。
はて、人間らしさとはなにか
必ずこの問いにつきあたる。
つまるところ、人間らしさについて考えることを飛び越して、資本主義を考えることはできない。


人間らしさを考えるーー
人間らしさと切り離せないのが、「余白」です。
余白があればこそ、人は逡巡し、たちどまり、ふりかえる。暮らしのなかの余白が、人間をつくってきました。
アテナイのソクラテスの学びは、ともかく議論(問答)することでした。そこでは「議論」の生産性など、だれも問いませんでした。議論のためにはるばる旅をし、議論のために論客をむかえる。時間をつかい、言葉を尽くすことは、人間性への問いとなった。こうしてソクラテスは、「よりよく生きること」を考える倫理学の扉を開きました。


ギリシャ文明のあとに起こったローマ帝国の競技場跡に、住み着いた孤児が「モモ」(『モモ』 ミヒャエル・エンデ)。持たざるモモが、たったひとつ持っていたのが「他人の話に耳を傾ける力」。ところがあるとき、身よりのない彼女の世話を焼いたり、雑談にやってきていた街の人々の足が、ぱたりと途絶える。みな「灰色の男」に余分な時間を預けてしまい、ぶらぶらしていられなくなったのです。預けた時間は、利殖する。つまり「金利」が、人々の過密な労働のモチベーションだった。朽ちることない貨幣の自己増殖力が、街にあった時間を一変させてしまうのです。


余白を売って働くことは、いまや当たり前になりました。労働力への対価は下落し、よもや「金利」などつきはしないのに。金利もないのに、わたしたちはどうして余白を、売ってしまうのか。
売らないと、暮らしていかれなくなったからです。選択肢などない。つまり、現代の資本主義は、労働者たる市民が「人間性」を持たない前提に成り立っているといえます。

 

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2021年8月15日 (日)

ウルトラ・ナショナリズム

どうしてこんな国になってしまったのか
考えない日はない。
8月15日は「終戦」の日ではありません。天皇の玉音放送がラジオ電波で流れた日です。強いて命名するなら、玉音の日。「ぎょくおん」なる特殊な言葉のとおり、じつに内向きな記念日です。
太平洋戦争の降伏文書の調印式が連合国と交わされたのは、1945年9月2日です。この日が、世界が認める(つまり外向きの)大日本帝国の本当の敗戦の日であり、もっと正確に言えば「降伏」の日なのです。

本日、またスガ政権の閣僚数名、安倍晋三前首相が靖国神社に参拝をなさった。
靖国とはなにかーー
降伏から76年がたっても、たったこれだけのことさえ、ケリをつけることができない、日本人のあわれな姿を彼らは身をもって国内外に示してくれました。

問題の核心は、A級戦犯合祀の可否とか、死者への「哀悼の意」のなにが悪いのかとか、中韓の反発とかではないのです。靖国をどう理解しているか。それだけです。つまり、歴史への態度。
日清・日露戦争後の1911年に、論考「日本独特の国家主義」(『中央公論』)において、すでに河上肇が
「日本人の神は国家なり。而して天皇はこの神たる国体を代表し給う所の者にて、いわば抽象的なる国家神を具体的にしたる者がわが国の天皇なり」
と、明確に述べています。国体の概念をもっとも完結に述べた文章とも言えます。ウルトラ・ナショナリズムが社会を覆う満州事変の20年前も前のこと。
そして、靖国をこう位置づけます。
「既に国家主義は日本人の宗教たり。故に看よ、この国家主義に殉じたる者は死後皆な神として祀らるることを。靖国はその一なり」
すなわち、「日本独特の国家主義」を成立させている一装置というわけです。

戦後、政府の「靖国参拝問題に関する懇話会」の委員をつとめた江藤淳は、そんなふうには考えませんでした。論考「生者の視線と死者の視線」では、外国人には理解されえない「日本の国柄そのもの」だという言い方をしました。ようするに、靖国の存在は、国家主義などとかかわりのないものだと。
「日本人は生者のことだけを考えていい民族ではないのですね。生者が生者として生き生きと生活するためには、死者のことを常に考えていなければいけない」
それが、たまたま靖国という形になったというわけです。
わたしは、うなずけません。江藤の主張は断じてちがう、といわざるをえない。そうであるならば、なぜ空襲に焼かれた自国の市民を祀らないのか。なぜ、侵略した国々で奪った無数の命を祀らないのか。祀れないのか。なぜ、英霊は兵士(軍属ふくむ)なのか。
むずかしい話ではありません。靖国は、植民地主義をむき出しにした大日本帝国の精神そのもの、戦争遂行のための政治システムにほかならないからです。国民を兵士として消耗し続けるためには、死後は英霊になるという「担保」が必須だったのです。

説明を尽くしても、おそらく理解できないでしょう、安倍さんも小泉元総理のご子息も、日本会議のメンバーであるおおくの代議士たちも。それが超国家主義(ウルトラ・ナショナリズム)というものです。

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2021年8月14日 (土)

このごろのこと


詩集を3冊買いました。
いずれも現代詩、同時代人のものです。でも、買った詩人については、どんな履歴の人か、どんな詩をつくる人か知りません。
そもそも、これまでほとんど同時代人の詩を読まずにきました。


きっかけやら必然が生じたわけではなく、ふと、思ったのです。
同時代に生きている人は、詩という形をつかって、どんな言葉で、どんなことを歌っているのだろうか。どのようにして、時代に言葉を刻みつけているのだろうかと。


なんの知識もなかったので、twitterで、ある詩人(詩の世界では知られているらしいという以外に、この方についても知らないのだけど)が勧めていた2冊、それとタイムラインで書籍の映像が流れてきた1冊(表紙とタイトルの感じがよかった)を、「e-hon」のサイトから注文しました。


詩集は値が張る、は書籍の世界の常識です。たいして部数を刷らないので、どうしても一冊に乗るコストは上がってしまう。
ハードカバーの『ニューヨーク・ディグ・ダグ』(長田典子 思潮社)は税抜きで3,600円でした。『貨幣について』(さとう三千魚 書肆山田)は税抜きで2,400円。この金で、読みたい本が何冊買えただろ、などと考えてはいけない。と、自分に言いました。
ちなみに、薄く簡素なつくりの『地面』(大崎清夏 アナグマ社)は1,000円でした。そういえば、自分の詩集だって1,500円はします。人さまに勧めるには、少々高価です。


昨日からずっと雨でしたので、買ったままだった三冊の詩集を開きました。一篇読んだら、別の本をめくりといった無節操な読み方です。
足もとから、ぶちのいびきが響いてきます。きょうは、なん度一階に抱きかかえて降ろしても、じきにのぼってきてしまう。

 

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2021年8月11日 (水)

レモン色のスニーカー

ソールが壊れてしまったスエードのスニーカー(ニューバランス)を、修理に出すために昨日、高円寺の駅に降りました。靴箱のなかでもう3年ちかく眠っていたものです。あかるいレモン色です。

9年前に逝った友人の形見分けでもらった一足。「処分するのももったいないから、もらってくれない?」とその方のパートナーに言われたときは、やむなく首を横に振ったのでした。イエローは友人がとても好きだった色ですが、ちょっとわたしには難しい。
しばらくして、届いた小包みのなかに、なぜかこれがありました。
弱ったな
と思ったものの、いつしかよく履くようになりました。

さがす小さな修理工房は住宅地のなかにありました。
見積もってもらった修理費は1万4千円弱。毎朝走るわたしのジョギングシューズならば新品を2足買ってお釣りがきます。
納品には2カ月ほどかかるとのことでした。ずっと懸案だった「しごと」がやっと片づいたような晴れやかな気分。

故人がこれを履いて待ち合わせの街角に立っていた姿を久しぶりに思いだしました。右手をちょっとあげて
「よっ、こまやん」と言うのでした。
盆です。

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2021年8月 9日 (月)

このごろのこと


五輪の熱狂の後ろ姿がまだ見える今朝、思い浮かんだことばは「敗戦」。
あっそうか、あれは敗戦の狂気か。
植民地主義を正当化するために掲げた「五族共和」と、人類がコロナを打ち負かすのだという五輪。いずれも空疎。ナンバー「5」の重なりは、ただの偶然か。


知人からのメールで、8月9日だと気づきました。
朝からの生暖かい強風は、長崎からの爆風にちがいない。
11時2分、アメリカ軍が市街地に投下した原爆は、人々の暮らしを吹き飛ばし、7万4000人の命を高熱で溶かしたのです。
あのときもこの列島は、ある種の熱狂に侵されていたのでした。


家を一歩も出ずに、領収書、机周りの整頓と、執筆のための年表づくりをしていたら、もう日暮れです。
植民地台湾とは、大日本帝国にとってなんであったのかーー
こたえがない。
セミが鳴いています。今日中に読み切ってしまおうと思っていた資料は、まったく手つかずでした。
しかも片づけたつもりの机のうえは、まだ渾沌としています。
「敗戦」
銭湯に行くか夕方まで迷ったのですが、もろもろのリスクを考えやめました。
大きな浴槽で、のんびり汗を流したい。

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2021年8月 8日 (日)

東京一極へ

台風10号が太平洋を北東に進んでいる。
朝から雨。ぶちと朝8時まで朝寝坊しました。散歩もなし。
すごく蒸し暑く、汗がふきだしてくる。
こういう日は、なにもしないのがいい。

 

東京オリンピックが終わります。
賛否を分けた「開催とりやめ」は、政府、東京都に一蹴され、「いま」がなにごともなく、晴れやかに眼前にある。しかも、メディアの大々的な報道により、いやがうえにも競技は盛り上がったようで、「やってよかった」の合唱が、これから大きくなると思われます。
くわえて、電波メディアはオリンピアンの「英雄」を次々とバラエティーやトーク番組に招集するはずです。オリンピックは「物語」と「笑い」に変換され、二度消費される。閉会してなお、日本的エンタメになってしばらくメディアに居座る見通し。
結果として、否定的な論調は跡形もなく漂白されるそうな予感です。
気づけば、眼前に総選挙の扉が開いているーー

いまある事態を肯定する。そんな圧倒的多数が、マイノリティーをさらに圧迫していく転機が、ふりかえれば2021年の夏であった。そんなふうに時代が移っていくかもしれないな、と思っています。

見えにくくなっていますが、このオリンピックによって、より強固になったことのひとつに東京の一極化があるのを、覚えておきたい。これから、「東京」という一極があるゆるジャンルにあらわれ、価値を支配する。
こんな推測がみごとにはずれてくれればいい、と思うばかりです。

きょうの夕飯をどうしようか考えています。カマスの干物を焼くか、レモンのスパゲッティーにするか。

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