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2020年11月

2020年11月27日 (金)

「Go Toスタディ」の国から

ちょっと昔の話です。
アベノミクスを熱烈に応援している、ボストンテリアを連れたおじさんがおりました。法人を得意をする保険代理店を経営しておられた。
総選挙で大勝をおさめた第二次安倍政権が発足すると、メディアが景気浮揚を持ち上げ、「やっぱ自民だ、安倍総理だ!」とおじさんも上機嫌でした。商売の回転もよくなったようです。でも、わたしには真顔でこういいました。
「まだ本物じゃないんだな」
「ホンモノ?」
「そうさ、ホンモノ(好景気)はね、大田区あたりの中小企業がすっごく潤うんだ。こんなもんじゃない!」
「製造業者さん?」
「日本はモノづくりだ。製造の中小が儲かってたら経済は最強なんだよ」
そんな時代はもうこないよ……
とは、いえませんでした。わたしも、ぶちも。
特徴的なのは、こういう景気論者に、なぜか大日本主義者が多いこと。「個人」というものには、根強いアレルギーをお持ちでした。

ともあれ
現状の産業構造が永遠に繁栄するーー
人々にそう思わせることに、自由民主党の強さがあります。つまり既存の産業を手厚く支援する。しかし、それは産業構造の転換には対応できないという、致命的な弱さと表裏でした。冷戦終結以降、そんな強みがみごとにひっくり返った。すでに需要がない分野を持ちこたえさせる無理は、結局社会に垂れ流され、弱い者から倒れていくことになります。経団連のみなさんの要望を政策化し、働く個人を消耗させる経済システムができて久しい。

おじさんとのあの会話を急に思いださせたのは、ツイッターのタイムラインで目にした、あるツイートでした。その元になっているのが、スウェーデンからの報告「トラベルでもなくイートでもなく「Go Toスタディ」ですべての人が再復帰できる社会を目指すべし理由」です。
筆者は88年生まれの研究者・両角達平氏。ストックホルム大学院で国際比較教育を研究した方です。少々長いけれど、一部をそのまま引用します。

社会が変化すれば当然、労働力が必要とされる産業も変わります。その時に新規の生産者となれるのが、(高額の学費も負担しなければならない)一部の高学歴な大卒の若者だけな日本社会と、ほぼ全世代が障壁少なく参入できるスウェーデン社会と、どちらがその変化に応えるのが早いでしょうか。(中略)
日本は1度コケたら、相当に貯金をしていたりビジネスで成功していたり親が豊かでない限り、再スタートができない社会なのではないかと、改めて気づかされました。
スウェーデンは個人が社会によって守られるので、逆に企業側も解雇が潔くできるので「負債」を抱えずにすみ、方向転換ができるのです。故に競争力が維持できます。個人を守っているのが「社会」なので、企業から切れてもダメージが少ないのです。 逆に企業が個人の面倒をみてお抱えする日本のモデルは、首も切りにくい状態にあるので、小回りが効かないのです。

これは、コロナ対策の問題などではなく、国家と個人のありようがどのように発想され、その社会が築かれてきたかという根本的な相違点だと気づかされます。
個人が社会を構成し、「個人が社会によって守られる」のです。言い換えれば、その人個人が生かされないと、社会も国家も衰退してしまうという発想を、みなが共有している。
であるならば、この日本においては、一生のアイデンティティであり人生の保障だと考えられてきた企業への所属や職業などは、じつは個人の生活の一部、一過性のものでしかないともいえます。もしそういう社会であるならば、働くことだってだいぶ気楽になるでしょう。生きる意味を考える視界も、ずいぶんと開かれる気がしませんか。

 

 

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2020年11月26日 (木)

このごろのこと


冬を感じるのは朝の寒さと夜の空です。
月が高く、星がくっきりと見える。


わけあって5時40分に起きる日が1カ月ちかく続きました。10分で着替えて5時50分には、走りにでる。まだ外は暗い。


書籍の仕事にとりかかると、資料書籍が積み上がり、いろいろなことを考えます。考えざるをえない。だけど、いろいろなことがばらばらのまま、です。パズルのようにひとつの絵をなさないのです。
ひとつのピースがみつかると、そういうばらばらなものが、有機的につながりだす。と、いつも信じては、いる。


喪中はがきが舞い込み、知らずにいた訃報に接する。
高齢とは知っていても、やはりさみしいものです。冷え込む日だと、よけいにこたえます。資料を見せてもらいに、そちらをお訪ねしたのはオホーツクが凍りついた季節でしたね。晴れた午後、窓の外一面の光る雪を見ながらのお話し、たのしかったです。その節は、たいへん懇切に対応していただき、ありがとうございました。
斜里 北のアルプ美術館 山崎猛様

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2020年11月23日 (月)

このごろのこと


こんなのやらないよ、時間の無駄だもの
と思っていたヤフオクというものを、初めて経験しました。
ずっとさがしていた希少書が出品されているのを、偶然目にしたのです。アカウントをつくって、とりあえず入札してみた。自分の提示額を超える額が、すぐに表示されました。使い方さえわかれば、問題なしさ。まだ終了には1日の猶予がありました。
翌日、終了30分前に机にすわって、額を入れ続けたけども、埒が明かない。
あとになって、自動入札のシステムを知りました。
そういうこと……なの
どんなことでも、なんの役に立つかわからずとも、1回ぐらい試しておくべきだったかと悔いても、時すでに遅し、でした。


自分が書くものが、だれかを救ったことがあるかーー
こたえは、否だな。読者を知っているわけではないけど、少なくとも書籍をつくる動機のなかに、救済の意図はないであろうと思うのです。
では
自分が書くものに、自分は救われたことがあるかーー
書籍そのものは自分を救わなかったが、書籍をつくっているときの自分は、それに没頭していたとはいえる。それはひとつの救済のかたちかもしれないとも思うのですが、これには目下、こたえがありません。


「conte a paris」(ブランド名だと知る)と刻印された画材を文具店で見つけ、線を引いてみた。
おぅいいかんじだ
色は、pierre noireという種類。クロクマのように漆黒です。ようするにエンピツタイプの黒いコンテです。2Bと3Bを一本ずつ買いました。エンピツみたいに芯を鋭く長く削らずに、丸い頭のままクロッキーで試してみて、うれしくなりました。こういう「うれしい」は、しばらく持続します。

 

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2020年11月17日 (火)

このごろのこと

すこしだけしゃべりたい日は、SNSですこしtweetします。調子がよければ、2回ぐらい。
一転、翌日はまったくしゃべりたくなかったりもします。
情報に触れすぎて、目が回っている。そんなことが、常態化している気がします。あたりまえになってしまうと、正常と異常の境目がもう見つからない。
なんだってそうで、あたりまえ以前のことは、波打ちぎわの砂山のようになくなってしまう。

きょう一日、なにをしたのかを考えてみます。
なにもしていない……
というよりも、なにも記憶にない。記憶装置がからっぽ、だ。
記憶すべきことがなかったわけじゃないんでしょう。でも、記憶したら自分がやりきれなくなってしまう。やりきれないことばかり抱えて、朝から夕への時間を右往左往しているのだもの。

明日は、どんな明日だろ。言ってみて、なににも期待していない自分に気づく。

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2020年11月15日 (日)

消えた光と浮かぶ影

筧克彦という方の古書『大日本帝国憲法の根本義』(岩波書店)を、購入しました。
昭和19(1944)年に発行された9刷版、初版は昭和11年になります。売れたんですね。
文部省の憲法講習会での講演録を、整頓したものです。
筧の名は知らずとも、これでどういう方かは、おおかた想像がつきましょう。ときの憲法学者の頂点にありました。東京帝大法学部卒、6年間のドイツ留学を経て、帰国と同時に同大教授に就任した英才です。

本を開いてたった1ページ読むだけで、くらくらきました。紙の臭気でやられ、筧の世界観に打ちのめされる。
アカデミアの泰斗による、憲法学の解説でなく、明らかにこれは皇道という宗教の基本世界を説いたものなのです。神がかっています。彼の言葉を借りるならば「神ながらの道」です。さすがに、ショックは大きい。
かりに、近代国家の祭政一致がなぜいけないのかと問われたら、ひとことで答えることができる人が、どれほどいるでしょうか。わたしも、その1人。
ただ、この一冊をすすめることはできる。
憲法学の書と思えば、まちがいなく大きなショックを受けるはずです。始めから終いまで読めずとも、一章、読むだけでいい。だって、始めから終いまで、同じことを形を変えて語るのみ、なのですから。まるで法華教典のように。p258の一節を引いておきます。

仰 大日本帝国とは、国体の箇所にて反省せし通り、神国・皇国にて「人民の国体」ではない。「権力を本義とせる帝国」でもなく「日の本つ国とて 天照大御神の和魂(わみたま)を本とする国」即皇国である。「国民の国体」ではなくして「天皇様を中心とせる皇民の一心同体」である。天皇様の御人格の普く一切人に拡張しつつある全一たる人格者である

平たくいえば、国家は概念などではなく、身体を有する「人格者」なんだね。身体は、天皇のそれ。つまり、生き神さまです。
明治政府は、天皇という神を創造して、神と国家を不可分のものとしました。これが、筧のいう国体。
そんな神話は国際通念上通らない。現実には、国家はあくまでもいち法人であり、天皇は国家の上にいただく、ひとつの「機関」というのが、おなじ憲法学者の美濃部達吉の見解です。いわば西洋の君主制です。美濃部もまた、筧ともに東京帝大の憲法学を担った同時代の逸材でした。
なぜか私たちは、美濃部の名は知っています。東京帝大法学部長を務めたのち貴族院議員となった美濃部の「天皇機関説」が軍部の排撃を受け、辞職に追い込まれるという事件は、周知のことです。歴史教科書が伝えているからです。敗戦によって、こういう「影」に光があたった一方、筧のような「光」の存在が一瞬にして見えなくなってしまいました。
ときの風景や空気感を想像するためにも、光をひかりとして、歴史にとどめておくことは、必要なのです。わたしたちは、天皇機関説を排撃したものの姿を知らず、「できごと」だけを文字通り覚えることになる。おきた「こと」の本質を学ぶ機会がないのです。

天皇機関説は、突然おきたわけではありませんでした。京都帝大法学部の瀧川幸辰教授が講義した「トルストイの刑法」を問題視した文部省と司法省が、意義を唱えたのは、昭和7(1932)年のこと。「けしからん、瀧川は無政府主義を学生に指導した」というわけです。京大の小西総長は、滝川の罷免要求を拒否するものの、文部省は休職として強硬処分に踏み切ります。
記憶に留めたいのは、それからの展開です。
これに抗議する法学部教授31名が辞表を提出したため、小西総長も辞職に追い込まれます。収拾をはかった後任の松井総長の判断は巧妙です。辞表提出者のうち、瀧川を含む6名のみを免官として、あとの辞表を却下したのです。
これへのさらなる反発があり、結果として教授、助教、講師ら他8名が辞職の意思を貫くのですが、法学部は完全に分断されました。
つまり、政治は、最初の一撃を打ちこんだだけで、あとは様子眺めをすればよかった。拒むものと従うものの亀裂が鮮明になり、憲法をめぐる法学の世界はなかから自壊してゆくのです。

混迷する京都帝大への援護の声があがったものの、この事態を東京帝大の法学界は、静観しました。が、京大で上がった炎の火の粉が、ほどなく飛んできます。3年のち、昭和10(1935)年、天皇機関説への攻撃がはじまるのです。
ちなみに、瀧川事件の火つけ役となった論文の筆者、蓑田胸喜も東京帝大法学部の逸材でした。天皇機関説事件を通じてはじまる大学粛清運動の理論的支柱となり、学者個人を治安維持法違反や不敬罪で告発する活躍をみせます。いわば、メディアの寵児ともいうべき論者でした。
彼もまた、敗戦とどうじに消えた、まばゆかった「光」のひとつ。著作は、いまも古書の海を漂っています。

菅内閣がやっていることは、この出きごとによく似ています。これまでの言動を、一連の歴史に照らし合わせてみるのがいいかもしれません。

 

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2020年11月11日 (水)

一つにはなれない

市民の分断が深刻なのは、大統領選挙で世論が真っ二つになったアメリカばかりではありません。いわずと、この日本でもそう。

グローバル化した資本主義は大きく破綻しないかぎり、引き返すことはまずないでしょう。投資と、それを上回る回収を繰り返し、ひたすら拡大の道をゆく。つまり、持てる者による持てない者たちからの搾取はやまない。富の偏在は、もっと激しくなり、二極化のコントラストはますます悲壮になる。

ではどのように、分断した国民を統合するのか、という議論がしばしばおこります。
でも、そもそも国民は「ひとつ」にはなれない、と思う。なれるはずもなく、ひとつでない人々が妥協しあって共生するのが健全な社会であるはずです。
ゆるやかにでも相手の生存を認め、自分の生存を認知してもらう。できれば、だれかが困っていたら、なんの利害がなくとも、特別な関係がなくとも、自分の手を差しだす。いずれ、それは自分にもめぐってくる。
わたしが考える「妥協」とは、そんなものです。コミュニティーでの淡々とした人との関わり方。
その妥協ゆえに自分の居場所が確保されることに気づくと、やがて「連帯」が芽生えるかもしれない。連帯は、理念ではなく生きるための行為です。

現状の分断が深刻なのは、分断そのものではなく分断のありようです。異なる立場の批判を持ち寄る社会基盤が失われていること。プラットホームがないのです。既存の政治体制は、プラットホームとしての社会基盤を破壊することで、強力な支持勢力をつくってきました。対話による歩み寄りが到底不可能である状態こそが、排除の論理を隠さない為政者を支えることになります。

調べごとで手帳をめくっていたら、コロナ禍の今夏、京都大学が行ったオンライン講座のメモが目に入りました。山本博之氏の「メディアとコミュニティー」の導入で氏が述べた言葉。
「互いに愛し合わなくてもいい。しかし、殴りあったりはしない。問題可決のためには協力する」
異なる考え方や文化を好きになれずとも、あるいは歴史的な対立関係を抱えていても、生活圏における最低の倫理観を共有していれば、侵すことも侵されることない。そんな文脈であったと思います。

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2020年11月 5日 (木)

このごろのこと


ものが書けないのに、ぽつりぽつりと詩の言葉は浮かんできたりするのは……なぜなんだろうか。
つまり、詩として言葉にさわるときは、思考を構造化したり、物語を構想していく作業とは、べつの回路が動いているということなんでしょうか。その逆もありますから。
言葉を糸のように編み込むのが、いわゆる散文をつくるときの印象。まさにテキストです。
一方、詩は、粘土を造形するような印象でしょうか。あるいは、一本の木から、粗く像を掘りだすような感覚のときもあります。あるいはーーどろ遊びってときも。
でも、どちらも祖型の最小単位は、言葉なんです。


「大阪都構想」がなんなのかを知らない人は、意外と多いのですね。「都構想」という一種のスローガンと、実際に行われることとが結びつきにくいからでしょう。「都構想」ではなくて、「大阪市廃止案」と言えば、もっと人々には伝わっていたでしょう。
でも、大阪維新の会は、そうしなかった。たぶん、あえて。彼らの手法はいつもそうで、実態を「言葉」でねじ曲げてしまう。そのねじ曲がった言葉を、タレントのようにテレビメディアを自在に操る市長や知事が、活劇ばりにおもしろく発するわけです。聞かされる人々のなかで、危機感と、だれかを倒すのだという渾沌とした昂ぶりが起きる。
まさしく、「まるめこむ」という表現が、じつに似合うのです。まるめこむのは、人々であり、言葉そのもの。


都構想がなにかわからなくとも、アメリカ大統領選にやけに詳しい人はごろごいて、時候のあいさつのように話題になっています。まるで自分たちに、選挙権があるかのよう(たしかに属国だが、市民権と選挙権はあたえられていないよ)。
これはおそらく、メディアの報道量に比例している。そう、異常なバランスだよね。
連日ニュースのトップで、アメリカ大統領選というフェスティバルに多くの時間を割く日本のメディアの情熱を、どうしてもわたしは理解できない。都構想も国会もけっ飛ばして、大統領選どっぷり。言葉がやけに軽快なわりに、どこか空洞。キャスターの表情がまた過剰に深刻。ようするに、軽薄なのです。分かることといえば、伝える優先順位が、明らかに人々に喜ばれるものにシフトしていること。目指すところは、エンタメなんだね、きっと。軽薄な言葉はいずれ、軽薄なれした人々のものとなる。で、社会のものとなるでしょう。

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2020年11月 1日 (日)

このごろのこと

目覚めたら11月になっておりました。
それに気づいたのは昼過ぎなんだけど。

コロナ禍でキャンセルになった取材を、たぶん年内にすませることは難しい。ちょっと見通しがたちません。
だからといって
ずっと収束を待っていたら、たぶん版元に依頼された期限(ざっくりとした約束なんだけど)を、大幅に引き伸ばすことになってしまいそうです。
だからといって
感染を警戒する先方をせかすことは、あまりに勝手な著者の都合というもの。
八方塞がりです。
だからといって
資料さがしと読み込みまで、このまま風待ち(気持ちがのってくること)でいいわけはないのです。それは重々わかっているのです。
毎度のことだけど、なにかひとつ扉が開かないと、どうも腰が動かない。まったく、たぬき寝入り決めこむぶちみたいだな。
そんなこんなを考えつつ、取材ノートを眺めておりました。

午後、ベッキオ(友だちのGIOS)を走らせました。あてもなく行くところといえば、昨今は2駅となりの古書店と決まっています。
書棚をタテにヨコに追いながら、やっぱり書籍仕事の立ち往生が気にかかっている。
11月だからなぁ。
珈琲屋に寄って目をあげると、もう傾いだ陽に夜の色がしのびこんでいる。家に向かってペダルをこぎだすと、たちまち陽が落ちました。じきに
12月だからななぁ、とぼやくことになるでしょう。

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