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2020年12月

2020年12月31日 (木)

年越しの一日



すこし掃除をして、すこし買い物に出て、あとは日暮れまで「積ん読」の一冊を手に取ろうと目論んでしました。が、そうはいかない。
エアコンだの、照明の傘やふたを外し始めたら、あっという間に昼を過ぎ、もう西日が大きく傾いでいます。


いそぎ、気乗りしないぶちを外に連れだしました。
川辺に出てもどると、うっすらと空に墨色が差している。こうなると、あっという間に陽が落ちます。


玄関前に前の住人が植えた南天があり、鈴なりの赤い実がじつにきれいです。が、半分ほどなくなっていました。ヒヨドリが数羽でやってきて、せっせと食べているのです。その姿を窓の内側から、毎日眺めております。
鳥たちに、気前よく食事をふまっている気分。どうぞ、どうぞ。ぜんぶ差しあげますとも。


12月31日の日没をみはからい、家々に氏神がやってくると、だれかに教えてもらったことがありました。
ですからこの日ばかりは早々に料理を準備して、酒をふるまい、ご馳走をあげて神さま方を歓待するわけです。だとすれば、もうこの家にもだれかがいるやもしれません。そろそろ、とっておきの干魚を焼きましょう。
この一年、「茶房ちよちよ」の暖簾をくぐってくださったみなさまに感謝いたします。
コロナ禍の危機を、なんとか生き延びることができたというよりは、生かしてもらったと言ったほうがいい。お世話になった人はいうにおよばず、すでに世にいない人々も、いまある生を必ず支えております。そのことを最近、実感します。
皆々さま方に、感謝いたします。

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2020年12月30日 (水)

このごろのこと


コロナ禍が、東京オリンピックをなぎ倒しました。オリンピアをテコに大日本帝国の復活をうっとりと夢見たアベノ王子が政権をほうりだし、特高ばりの人心支配が売りのスカ皇帝が行政府の頂点にのぼりあがった2020年が、じきに終わります。
10年後、20年々後に振り返ったときに、あれが重要な曲がり角だったと思えるできごとが、じつはあったのかもしれません。
でも、いまを生きる人にはなかなかそれがわからない。時と一緒にはしっているから。あるいは、できごとと距離がちかすぎて。


なんどでも言うけどね、たとえば、日本学術会議の人選を総理が任命拒否した「事件」。これは、独裁政権が最初にはじめる公開裁判と処刑によく似ています。
権力者はこの見せしめにより、社会に疑心暗鬼の芽をばらまきました。そのうちに芽がのびて育ち、人々は権力者の意向をみきわめ、自ら監視行動を心がけるようになっていきます。自分と、そして他人を。安倍時代の置き土産で、すでに損得の秤が、知性を凌駕するようになって久しいよね。


注視すべきは、徹底して菅さんが、憲法をなぎ倒したまま任命拒否の説明を拒否していること。この社会が法による支配にないことを、総理が語ったにひとしい。つまり渦中の6名が、任命拒否された理由は、市民が自分で考えろということです。考えたうえで、自分の未来に重ねてみよということ、なのです。やがて、国家に忖度する私刑がまかりとおるようになるでしょう。
とんでもないことが、すでにはじまっているのかもしれない。


大掃除を途中でほうって、昔住んだ街の酒屋に行きました。すぐ駅前、小さな間口の店ですが、酒の種類は充実しています。常連さんらしい人が入れ替わり棚をのぞいていくんだけども、騒がしいほど込み合いはしない。暮れにここで酒を買うと、ほんの少しだけど幸せな気持ちになります。
ことしも一本買いました。選んだのは秋田の蔵元による「春霞」赤ラベル無濾過生酒。なんとなく、たたずまいがよかった。

 

 

 

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2020年12月28日 (月)

このごろのこと


時間の裂け目に落ちて、消えてしまってもかわないんだが。ときどきそんなことを思います。


月が大きく弧をえがいて、頭のまうえを過ぎていく。空高く、たかく。首を折って見上げますと、さまつな雑事を一瞬忘れます。あれもこれも、星くず。あぁ、あすが満月か。


2020年もあと少し。
covid-19による大混乱は、きっと来るべくしてきました。
それはマジックでも怪奇現象でもなく、まして邪悪な侵略戦争でもない。新型ウィルスを呼びこんで蔓延させた条件は、まちがいなく人間社会がつくりだしたのです。自然界と人類のバランスがもたらした一現象。その意味を、もっと人は真剣に考えたほうがいい。そんなこと考えたところで、直面する危機に、なにか役立つのですかと言う人がいるかもしれない。そのとおり。けどね、この先の社会を変えていくためには、その思索は欠かせないのです。拡張と消費一辺倒の「これまで通り」は、もう限界です。
立ちどまる。立ちどまろう。すわりこんだってかまわないと思うのです。想うこと、考えることさえ、とめなければ。

 

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2020年12月26日 (土)

谷口ジローを買ってもらう

はて、谷口ジローの「犬を飼う」を読んだのはいつだったか。
『犬を飼う そして……猫を飼う』(小学館)は、作者谷口の飼い犬や猫にまつわるアンソロジー集。まだ読んでいない短編や散文も詰め込まれていたので、先日、書店で見かけて迷わず買いました。

夜遅くに本を開いたら、かつてこれを読んだときの記憶が蘇りました。
ああそうだった、こんな展開だったよな。
以前とちがったのは、涙があふれてとまらなくなってしまったっこと。一篇読んで、その先「そして……猫を飼う」に、進めなくなってしまいました。生きることの、なんと切ないことか。
そういえば、前に読んだときは、まだぶちはこの家には来ていませんでした。

13年前の12月に逝った父親のことを思いだしました。
善光寺の門前通りに老舗の書店がありました。「長野で一番古い書店だ」となんど聞かされたか、父のお気に入りでした。あるとき、仕事についていった帰り道だったかな、立ち寄って2冊を買ってもらいました。
小学校2年か、3年生だったと思います。
それが、谷口ジローの『ブランカ』と『シートン動物記』でした。
父自身は活字にまったく興味のない人でしたが、わたしが本を読むことは、もちろん悪く思っていませんでした。というより、自分が読まない分を、子どもに回して満足している感があった。が、漫画となると話はべつで、その時代の人らしく根強いアレルギーがありました。
ところが、なぜかこのときだけは、表紙をちょっと眺めて、拍子抜けするほどすんなり買ってくれたのです。
谷口ジローに出会ったのは、これが初めてでした。
この2冊は、なんども繰り返し読みました。縁側に寝ころんで読む自分の姿が、なぜかいまも浮かんできます。
と、いまだに不思議に思うのです。父はどうして、あの2冊を買ってくれたんだろうか。

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2020年12月18日 (金)

一本道の作戦

コロナウィルなんか、絆創膏を貼ってしまえば大丈夫ーー
日本オリジナルの「Go To」って、まさにそんな感じ、なのです。

ともかく、奇っ怪なコロナ緊急対策です。政策そのものの発想も、それをとりまく社会も。
まずもって予算規模が破格であることが、あまり注目されません。まぁ「緊急」って、そういうものですが。安倍内閣時代の第一次補正予算に盛り込まれた額1.7兆円って、じつは「前例のない予算規模」(毎日新聞 経済プレミア)なのですね。比べてみるとわかるけど、熊本地震後の「九州ふっこう割」は180億円、「北海道ふっこう割」81億。「Go To」の1.7兆円とはまるで比べ物になりません。どっちも2桁小さいよ。しかも、昨日の第3次補正予算でさらに1兆円を追加すると決定ーー
もう怒濤ごとく、金をつぎ込むわけです。
ところで、ふつうに考えてみりゃ「観光支援」なんだよね。

「Go To」を強行した菅さんは、総理就任直後に「やらなかったら、たいへんなことになっていた」と言ったそうな。感染拡大で停止がとりざたされたときは、テレビメディアも平然と「地域経済を下支えしているためーー」と、無根拠な官邸の言葉を垂れ流していたっけ。
でも、立ちどまって考えてみてよ。繰り返すけど、これ「観光支援」なんだよ。そもそも観光地って国土のごく一部、でもって観光産業も、地域ごとの多様な経済状況のごく一部分ってことを、なぜだれも言わないのだろうか。

現状をわかりやすくいうと、パンデミックの緊急政策として、日本は数ある作戦のうち観光支援を選択し、一本道をひたすら突き進むつもりなのです。政府がツアー旗を振って、旅への一億総出撃を叫ぶ。この絵柄、かなり異常だとは思わないでしょうか。
わたしは、かのインパール作戦をすぐに思いだしました。独断専行、科学的知見の不在、相手の軽視、兵站の軽視、ほかのオプションの不在、作戦の修正や撤退を議論できない体質、などなど。司令官の「意欲」だけが評価され、無謀な作戦は命という弾が尽きるまで続行されました。

前段が長くなってしまいましたが、わたしがずっと抱く不信感は、とても単純なものです。
この時期、この格安キャンペーンをつかって旅行にくり出す人たちは(事情はそれぞれですが)、感染や困窮、あるいは別の病気(コロナによる逼迫で通常の医療が受けられない)で命と生活の危機にさらされる人々に比べたら、はるかに安泰な生活ができている層(富裕層とはいいませんが)です。ありていに言ってしまえば、余裕のある人々の娯楽を公金でダイレクトに援助するのが、「Go To」なのです。

ここには、国が大切に考える優先順位が正直に組み込まれています。
「経済をまわす」という名の観光(娯楽)は、命のリスクよりも優先されるのです。つまり、そういう社会なのです、ここは。
インパール作戦のいびつさを、だれも「いびつ」と言わなかったように、いまの人々も「Go To」の経済効果やリスクにこそ言及すれども、構造のいびつさを率直に「いびつ」だとは言いません。あるいは、言えないのです。旅行を楽しむ多くの人が読者であり視聴者であるメディアは、なおのことです。
これだけの予算出動を公表した「Go To」作戦ですから、「一時停止」はたんなる緩衝材で、おそらくーーもう後にはひかないでしょう。とことん行くんでしょう。

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2020年12月14日 (月)

いいかげんにしろ

Go Toトラベルの一時停止を決めた菅さんが、こう言ったそうです。
「年末年始にかけて、これ以上の感染拡大を食い止め、医療機関の負担を軽減し、皆さんが落ち着いた年明けを迎えることができるよう、最大限の対策を講じる」
なんなんだ、この他人事のようなもの言いは?
明らかに不自然です。感染爆発の現状に、まったく関与しなかった人のもの言いなのです。
いうまでもなく彼は、Go Toトラベルを強行し、つい昨日まで「(Go Toの停止は)考えていない」と言い捨ててきました。一時停止措置を公表するならば、それを踏まえた言動でないと、ならないはずです。
Go Toが、感染拡大を招くのはだれの目にも明らかでした。それを強行した安全の根拠はなにか、そしてなぜいま見直すのか、そもそもスタート時に引き返す基準や手順を設定していたのか。懇切に説明したうえで理解を求めるのが、責任ある為政者のやりかたです。
だから、わたしたちは、彼のこのような不遜な態度を安易に受け容れるべきではないのです。
ここは、「いいかげんにしろ!」と声を大きくすべき場面なのです。

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2020年12月10日 (木)

このごろのこと


時は急ぎ足です。
完全に師走モード。
covid-19の拡散速度はもっと速く、もうスキップしているかのよう。ある臨界点をとうに越えているのかもしれません。


なんだか今年は、無事に年の瀬にたどりつけるのか、どうも自信がありません。
パンデミックの冬を生き延びるというのは、じつはかんたんではない。いつ、だれが倒れても不思議じゃないのです。感染で、経済的困窮で、だれかのいらだちとの衝突で、気力そのものの喪失で、いまという時代への絶望でーー
なんだって、ありえます。
だからこそ、隠しようもないその人の本質が問われるのだと思う。本音がむきだしになってしまう。そう思うと、いまという社会は砲弾が飛び交わない戦場なんだね。


いかなる場面でも、自分の生命と、他者の生命を優先すること。いま見失っていけないのは、それだけ。難しいけど、単純なことでもあります。ひとりの権力者がある局面で、優先させるべきものを本気で守ろうとしたのかは、だれの目にもわかるはずです。勇ましい現実主義やら経済通の発言で、どことなく生命をないがしろにしてるなと思ったら、それはきっとどうつくろっても私的な損得に基づくものだからです。知ってしまえば、その内実なんて拍子抜けするほど陳腐なもの。

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2020年12月 2日 (水)

このごろのこと


急に冷えこんだり、妙に暖かかったり、陽気がふらふらしております。
で、どんより重いきょうは、午後から雨。冷たい。


10月の国内自殺者2153名。新型コロナウィルスによる死者2087名(11月27日現在の厚労省まとめ)を上まわったといいます。
もっとも、世界的に見て自殺者が高水準であるのは、いまにはじまったことでもないのですが……
関連の報道は、決まって経済状況との比例関係を語ります。まちがってはいない、と思う。ただ、もっと根深いところに、人が生きていることを放棄したくなる、なにかがあるのだと思っている。それがなにかーー。
気がつけば、陽気な町を歩きながら、そんなことを考えていたりするのです。


12月2日。1942(昭和17)年のきょう、尾形亀之助がひっそりと世を去ったことを、詩誌『回生』のコグマさんのtweetで知りました。
だれにも看取られず、下宿屋の一室で、衰弱した彼はひとりで逝きました。そういえば、尾形の詩集『障子のある家』を持っていた友人、辻潤も、この2年後にどこぞの部屋でひとりで逝きました。やっぱり年末の寒い季節です。ふたりとも、敗戦を待つことができなかった。
「友人」とはいったものの、どちらも相手のことは書き残していません。たしかなのは、辻潤の手元にあった非売の『障子のある家』が、「No7」であったことのみ。
コグマさんの書きもので最近知ったのだけど、尾形は郷里の宮城県大河原町の人々からは、「亀どの」と呼ばれていたそうな。なんだか、すごくいいのだな。

〈幼年〉

夜あけにハモニカを吹き出した
子よ
可哀想にそんなに夜がながかったか
ブーブー ハモニカを吹くがよい
お前のお菓子のような一日がもうそこまで来ているのだ

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