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2021年2月

2021年2月28日 (日)

『DAU.ナターシャ』

久しぶりに映画館に行きました。Noは、たぶん53だと思う。

〈シネマ手帳〉No53

幕が下りたとき、胸にあったのは感慨や思索ではなく、あきらかな戸惑いでした。たったいま観た映像は、少なくともわたしが知る「映画」ではなかったのです。
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舞台は1952年、ソヴィエト社会主義共和国連邦の物理技術研究所に併設されたカフェです。登場人物は、カフェの労働者であるナターシャと同僚のオーリャ、研究所で軍事研究を行う常連の職員たちです。
2人で切り盛りするカフェの仕事ぶり、閉店後に開かれる女2人の酒盛りと諍い、研究所職員たちの気違いじみたパーティーや、その最中の享楽的な情事が、ナターシャを通して、濃密に映しだされる。スクリーンには、街の底に溜まるグロテスクな欲望があられもなくほとばしるのです。
カメラのレンズはひたすら、ナターシャという「点」に寄っている。あえて、俯瞰した「全体」(政治体制や社会矛盾)はあらわれない。

この映画の異様なまでの生々しさは、どこからくるのか。
タイトルの「DAU」は、1962年にノーベル物理学賞を受賞したソヴィエトの物理学者「レフ・ランダウ」からとった、時代を象徴する記号です。あしかけ15年に及んだ映画づくりは、ランダウが勤めた研究所を核にして、あの「時代」を完璧に再現する巨大なプロジェクトでした。
街のセットは、ウクライナの廃虚となった1万2000平方メートルの敷地内に建設されています。
驚くべきは、主要キャスト400人のうち一定数が、ここで当時の衣装のまま約2年間にわたり生活したこと。研究所では、映画に参加した本当の科学者各自のテーマ研究が継続され、イリヤ・フルジャノスキー監督はじめ制作スタッフも、出演者とおなじ時代の衣装で、いたるところでカメラを回しました。つまり、生きた街が、そこに生みだされたのです。撮影の延べ期間は40カ月、回った35ミリフィルムは700時間分にのぼります。その700時間のなかから取りだされた物語の第一弾が、本作なのです。                                                             
毎朝届く当時の新聞を目にして、通貨ルーブルで暮らす出演者たちは、ソヴィエト体制下の社会システムに従い、それぞれの役柄のまま人間関係をつくっていきました。いつしか、憎しみも愛情も、演技を超越していきます。

さて、ナターシャの目に映る代わり映えしない街は、終盤、まったく違う姿をあらわします。都市のなかに穿たれた深い穴に、彼女は落ちてしまう。落とされるのです。
その穴こそが、全体主義を維持するのに必須の機密空間だといえます。 20210228-155154
ちなみに、穴のなかでナターシャを待ちかまえる男は、実際に元KGB大佐だった人物です。もっともナターシャ役のナターリヤ・ベレジナヤ、オーリャ役のオリガ・シカバルニヤ、ナターシャと肉体関係を持つフランス人研究者ら多くは、演技とは無縁の仕事を持つ人々で、役者ではありません。その意味でも、これは恐るべき映画であり、実験だといえます。 75年、モスクワ生まれの異才・フルジャノスキー監督が、次になにをしかけるのか。要注意です。

 

 

(監督:イリヤ・フルジャノスキー、エカテリーナ・エルテリ/撮影:ユルゲン・ユルゲス/出演:ナターリヤ・ベレジナヤ、オリガ・シカバルニヤ他/2020年/ドイツ、ウクライナ、イギリス、ロシア合作/ロシア語/139分 イメージフォーラム他)

 

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2021年2月18日 (木)

このごろのこと


ひとり飲みを、ほんのすこしだけていねいにやることにしました。
料理をつくらずとも、肴に一手間をかける。サバ缶に、ネギをのせたり、豆腐にピータンをのせたり、漬け物を盛ったり。まぁそんなていどでいいのです。
酒器も、選ぶ。選ぶほどないからいつも同じなんだけど、それでもどうしようかと考えてみるわけです。ただしくは、考えるふりをしてみる。
ラジオのFM曲か、音楽を鳴らす。
で、木の鍋敷きを盆にみたてて、グラスと皿を置いてみると、まぁそれらしいのです。赤ちょうちんがかかった狭い間口のカウンターにひとりで座っているようで、なんだかたのしい。
あっ、これってままごとじゃないか!
と、最近ふいに気づきました。なにしろ、自分で舞台をこしらえて、自分で演じるのですから、自在なわけです。いってみれば、自分サイズの即席「王国」です。


3枚の豆皿を、あきもせずつかいまわしています。
それぞれ熊とナガスクジラと鯛をらしらったデザインで、どうということもない皿です。陽があるうちに、ビールを開けるときなんかは熊です。ちょっと気がめいって一杯だけ飲もうというときは鯛だな、たいてい。少々美味しい酒を飲もうかなというときは、ナガスクジラだろうな。
でも考えてみたら、転がす豆菓子はいつだって変わらないんだよね。おなじ銘柄の大豆とピーナッツだけ。


大衆酒場で見かける厚口の日本酒用グラスが、食器棚の隅にひとつあります。近所の工芸セレクト店でみかけて、とおるたびにさわっておりました。
やぼったぁ。なんだか不必要に厚いんだよなぁ……
と思いつつ、北風が冷たい夜、なんとなく買って帰ったのでした。
酒をつぎこぼして、皿に落とすというのが、正しいつかい方ですが、自分ではどうもこれができない。
「こぼすのって、気が引けるんだよな」
とつぶやいたら、小耳にはさんだ息子がさもつまらなそうにいいました。
「じゃ、ちがうのつかえば。皿、じゃまなだけじゃない?」
「………」

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2021年2月12日 (金)

虚構の塔

失言の「撤回」に関わる意識について、もうひとつ話したいことがあります。
前回、政治家による発言の「撤回」というのは、聴衆がこれにうなずくであろう(積極的か消極的かはここで問いません)前提がないと成立しないと述べました。つまりさ、どちらも舞台での役割を共有しているからこそ、「撤回します」と言えるのです。

ここでいう「共有」には、ふたつの意味があります。ひとつはいま申した通り、それぞれの役割の「共有」ですよね。
もうひとつはといえば、発言の根底にある価値観の共有なのです。よじれていますが、前者が支配と隷属の関係であれば、こちらは「同志」的な感覚にちかい。

JOC最高責任者にあたる森さんの場合ですと、なにげなく口にした「女性の役員は会議においてさして有用ではない」という意味の発言は、その会議を構成する多くの「同志」に向けられていました。「同志」の間では、その認識は共有されている。あるいは自明のこと。だからこそ、そこで嘲笑がおきたのです。
同志は、現状と権威に従順です。異論を述べる者は好みません。ともすれば、ファシズムと親和しやすい。オリンピック誘致を称賛した力の根底には、この現状をなんとなくよしとする思考習慣があります。無関心と紙一重の圧力です。
起こるべくしておこった森さんの失言事件は、公共空間に存在するこんな圧力が形を変えたものだともいえます。

オーウェルの『一九八四』の第三章では、悲惨な拷問シーンがかなりのページをさいて描かれる。思想犯の更生を担当する「愛情省」の真の目的は、肉体的、精神的に犯罪者を追いつめて、ただ従わせることではありません。人格を破壊したうえで、党に心から服従する「同志」に生まれ変わらせることが最も重要なのです。
つまりさ、同志ってのは、どうじに体制の奴隷でもあるわけです。鎖につながれた奴隷ではなく、そんなものがなくとも、自ら奴隷であろうとする奴隷です。ファシズムの本質がここにある。
森さんの誤算は、このような多勢の同志が、同志以外のマイノリティーをいつまでも圧倒できると思い込んでいたことなのです。発言んの真意になんら問題がないのに、社会的には失敗してしまったのです。
だとすれば、森さんひとりが、JOCの役職を引くことにはあまり意味がないと、言わざるをえません。けっきょく、なにも変わらないのです。たとえば、経団連会長の中西宏明氏(日立製作所会長)の騒動への言及。
「日本社会っていうのは、そういう本音のところが正直言ってあるような気もします。(それが)ぱっと出てしまったということかも知れませんけど、まあ、こういうのをわっと取り上げるSNSってのは恐ろしいですよね。炎上しますから」
危機を覚えたのは、森さんの発言ではなくて、SNSの「炎上」であると。彼もまた「森さん」なのです。もし、森さんが後継を指名するようなことがれば(健常な組織であれば、ありえませんが)、その方もまたもうひとりの森さんです。

評論家の故・加藤典洋は、論考「失言と癋見(べしみ)」で、戦後の政治家の失言事件を手がかりに「日本人独自の思考様式」とはなにかをとらえようとしました。
過去に政治問題化した発言、騒動の推移、結果を丹念に検証することにより見えてきたのは、この社会が持つ「ホンネの共同性」でした。
「失言には二つの共同性がある。一つは社会的了解の共同性である。(中略)もう一つ、このホンネの共同性がある、この共同性は、語られない(語ればタテマエになる)」
と加藤は述べる。二つの共同性は、おなじものごとの表裏となります。
「語られない共同性」でしばしば政治問題化するのが、「南京大虐殺はなかった」「大東亜戦争はアジア解放戦争」であったというもの。森さんの女性蔑視もそう。
男女が平等であることは「社会的了解の共同性」。だが、「ホンネ」では、女性は社会活動において男性よりも一段おとることは事実でだれもが知っていること、というのが「語られない共同性」です。
語られない共同性を、これこそが社会の道理であると公言する「現実主義者」は、加藤がこの論考を発表した1998年当時よりも明らかに増えました。彼らは、より大きな声を発するようになりました。もはや、「社会的了解の共同性」を「ホンネの共同性」が侵食し、その境界は溶けてみえなくなっています。
東京オリンピックは、「ホンネの共同性」でかためられた巨大な「希望」の塔なのです。崩れようと崩れまいと、ひたすら天を目指す以外の選択肢を持ちません。
東京オリンピックにからみつく「ホンネ」とは、すなわち自我ではちきれんばかりの生々しい欲望です。だれが組織のトップをつとめようとも、虚構の塔はそびえ続ける。もし、この塔を倒す力がどこかにあるとすれば、それはなにがしかの「外圧」でしかないのでしょう。絶望的なことです。

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2021年2月11日 (木)

「撤回してるだろ!」の論理

「深く反省をしております。発言を撤回したい。不快な思いをされた皆さんにお詫びしたい」と東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の会長をつとめる森喜朗さんが、おっしゃった。
発言が問題視されたあと、山下泰裕JOC会長は、このようにこたえました。
「本人が謝罪されて、撤回されております。いろいろな意見があることは分かっているが、最後まで組織委を全うしていただきたい」
「撤回」によって、ことが一旦解決する。あるいは沈静化する。この国独特の政治風土といっていいでしょう。

ところで、言ってしまったことを「撤回」するって、そもそも可能でしょうか。考えてみたくなりました。
その場にいただれかに向かって発言した言葉は、消しゴムでこすっても消えはしません。物理的に、消去は不可能です。そんなことはみんな承知。
発言者にできることは、ふたつです。
情報に誤りがあった場合は、まちがっていた部分を明らかにして訂正することです。だれかの人格や尊厳を傷つけた場合は、反省して謝罪することです。

ではなぜ、発言の撤回という本来、不可能な行為が、この社会では慣習的に行われるのでしょう。いいかたを変えますと、社会通念としてなぜ「撤回」は、通用するのでしょう、か。

「撤回」とは、一種のマジックだとわたしたは思うのです。
手のうえのリンゴが一瞬で消滅するはすはないのですが、マジシャンの技術によって舞台を観るものの目にはそのように映ります。
観客はトリックのメカニズムは知らない。しかし、なにかが仕掛けられていることは承知している。承知したうえで、予定通りに一枚の布きれに覆われたリンゴが一瞬で消えて、鳩が飛びだすという結末に驚くわけです。
つまり、マジシャンと観客が共有する認識がなければ、マジックショーは成り立ちません。

「撤回します」は、「さぁ、たったいま言葉を消しましたよ」
という呼びかけ。わたしたちはこれに応え「あっ消えましたね、ほんとうに。問題なんてなにもありませんでした」と、うなずいてみせる。このような前提がなければ「撤回します」というショーは、成立できようはずがないのです。

魅せるべき技術も理念もない為政者が「撤回します」というとき、彼らはそれにやすやすと同意する「奴隷」の観衆を想定しています。
さもありなんですが、発言を「撤回」したにもかからず、その進退を問う社会に逆ギレする意見が、自民党議員のSNSから飛び出してきました。そんなものは、思いやりでも、まして彼がいう「寛容さ」でもありません。
言わんとしていることは、「おまえたちは、奴隷だろう。先生のみごとなマジックをいま見なかったのか!」なのです。

 

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2021年2月 7日 (日)

このごろのこと


4月並の陽気だという。
なんカ月ぶりかで、ロードバイクを走らせてみました。
すぎさる風の心地いいこと。みるみる世界が変わっていきます。
ときどき乗るだけ、しかも、たいそうな距離を走るわけじゃない。片道せいぜい10キロ以内。それでも、自転車がない生活というのは、ちょっと味気ないと思えてしまう。


あまり歩かなくなったぶちと、今朝、隣町まで行きました。以前は週一度はあるいていた(やや)長距離コース。
かつての中島飛行機工場まで敷設された引き込み線跡をとぼとぼ上がってゆき、駅近くの学園の周りを半周する格好で、こんどは崖状の急坂(しかもクランク)をくだって戻ってきます。ざっと50分。
陽気のせいか、今朝のぶちはがんばった!🌼
4月がくれば13歳です。
午後はふたりで昼寝をしました。


気づかないうちに夕方の陽が、のびていました。確実に、春が近づいているようです。
陽が落ちるまで、空はかたときもおなじ表情ではいない。静かにしずかに、どんどん変わっていきます。このとき、ぼんやりと西の空を見ている時間が、すごく好きです。片手にビールがあるともっといいのですが。

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2021年2月 6日 (土)

さよなら ポラン書房


明日で店舗を終いにするという古書店「ポラン書房」に、出かけました。最寄りの西武池袋線大泉学園駅は、二駅となりになります。
閉店の事情を大きな扱いで報じた新聞記事の影響でしょうか、店内はいつになく混みあっていました。古書がぎっしり詰まっていた棚が、いたるところ空いております。


レジのおつりが不足気味のようで、会計のとき奥様が
「細かいお金があったら、たすかります」
とおっしゃった。がま口を開けて、左の手のひらに小銭をぜんぶ吐きだしてみたのですが、拾いだすとあいにく1円が足りません。
「いいですよ。これでけっこう」
その声に、別の声がこたえました。
「わたしがカンパします」
声の主は、数冊の本を手にしてわたしの後ろに立っていた年配の男性で、トレーにすっと1円を置いてくださった。
「ありがとうございます」
この書店ならではの、できごとかもしれません。


ちなみに最後に持ち帰ったのは、文庫ばかり3冊。
『家郷の訓』(宮本常一著 岩波文庫)
『文明崩壊』上・下(ジャレド・ダイヤモンド著 楡井浩一訳 草思社文庫)
わたしが、かねてから聞き知っていたこの店に通うようになったのは、ちょうど3年前です。近くに引っ越してからのことでした。天気がよければ自転車を走らせ、無目的に棚を眺めるのでした。詩集、宗教、思想、絵本の棚をゆっくり見てまわり、近くの喫茶店で買った本をひろげる時間が好きでした。
子どものころよく読んだ『しろいうさぎとくろいうさぎ』(ガース・ウィリアムス文・絵 まつおかきょうこ訳)を買ったときは、道でなくしたものがもどってきたような気になりました。いま自分の書棚を見わたしたら、ちょっと変わったもので、戦前、昭和16年5月発行の『昭和国民礼法要項』(昭和銀行)という小冊子が目につきました。これもポラン書房で買いました。余談ながら、昭和銀行は、昭和金融恐慌の預金者と破綻銀行の取引先を救済するために構想され、終戦直前に吸収合併されてなくなっています。


レジでは、ときどき店主が声をかけてくださり、持ち帰る本について短い言葉を交わすこともありました。それも楽しかった。
つい先日、『ミシェル・フーコー』(重田園江著 ちくま新書)を差し出したときは、こんな具合でした。
「すみません、わたしが付けた付箋がそのままでして」
「いいえ、これがいいのです。(本の)案内になりますから」
「どうでしょうかねぇ」(笑)
だいじな遊び場が、またひとつ消えてしまいます。

 

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2021年2月 2日 (火)

このごろのこと


じきに午前零時です。
冷え込んでいます。
やっと節分まで来ました。
季節が冬に向かいだしてから、ここまでが長かったなぁ。
下弦の半月が思ったより東の低いところにいて、よく光っています。さっきまで、すぐ頭のうえにあったオリオンは、見なくなってしまいました。


緊急事態宣言を延長する首相会見は、観ませんでした。そのあとのニュース番組も、スルーしました。メディアと政治のお約束の会見につきあうよりは、豆でもまいたほうが、はるかに明日のためになるでしょう。


年が明けてから、財布を変えました。
どうという理由もないのですが、近所のお店に並んでいた黄色いがま口を買ってしまいました。がま口をつかうのは、初めてです。
二重のがま口で、内側の口に小銭をいれて、外側にお札を畳んでいれています。これまではといえば、札入れと、小銭入れをわけていました。
さて、このがま口、つかいやすいのか、つかいにくいのか判断つきかねるところです。まだ、勝手がさだまっていない。

それでも、ことしは、身のまわりの持ち物にはじまり、いろいろなものを、気がるに変えてみようと思っています。大きな仕事だとか決意というのでなくって、ささやかな習慣レヴェルでいいので、これまでやったことがないことを、やってみるつもり。うまくいかなかったら、それはそれでいいのです。続かなくとも、もちろんけっこう。
とりあえず、ちゅうちょしていたボーダーを、ぽんと越えてしまうのだ。
そんなふうに過ごすのが、よさそうなのです、丑の年の残り11カ月間は。

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