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2021年6月15日 (火)

レール


先日、陽が明るいうちに乗った電車の車両が、たまたま最後尾でした。ふと振り向くと、窓越しの風景がうしろへ後ろへと逃げてゆく。乗り慣れたいつもの路線が、まるでちがって見えるのに目を見はってしまいました。
途切れることなくつながるレールはまるで時間軸で、どこかに向かって時間を遡っているのではないかという空想がひろがる。


ふと、一本の映画を思いだしました。イ・チャンドン監督の「ペパーミントキャンディー」。フィルムの逆回しにより、列車がどんどん後ろへと走るあの映像が浮かんだのです。戦争と独裁政権下の監視社会に翻弄された、ある男の20年がレールを滑るように映し出されてゆく。
細部まで覚えていないのですが、見終えた後の荒涼たる寂しさだけが記憶の奥からよみがえり、過ぎ去るレールから目をはずしました。


わたしのなかでは、なぜかレールは空間的なベクトルでなく、時間的なベクトルです。どうしてだろうか。
レールをよりどころに人や物が行き交う時間の感覚は、単調で安定しています。でも、考えようによっては迂遠です。固定したポイントたる駅を必ず経由する手間、一本道という制約、そしてそれゆえの安心感。それって、家のドアを出て目的のドアの前に行ける自動車の移動にはない感覚かもしれません。

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