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2021年8月15日 (日)

ウルトラ・ナショナリズム

どうしてこんな国になってしまったのか
考えない日はない。
8月15日は「終戦」の日ではありません。天皇の玉音放送がラジオ電波で流れた日です。強いて命名するなら、玉音の日。「ぎょくおん」なる特殊な言葉のとおり、じつに内向きな記念日です。
太平洋戦争の降伏文書の調印式が連合国と交わされたのは、1945年9月2日です。この日が、世界が認める(つまり外向きの)大日本帝国の本当の敗戦の日であり、もっと正確に言えば「降伏」の日なのです。

本日、またスガ政権の閣僚数名、安倍晋三前首相が靖国神社に参拝をなさった。
靖国とはなにかーー
降伏から76年がたっても、たったこれだけのことさえ、ケリをつけることができない、日本人のあわれな姿を彼らは身をもって国内外に示してくれました。

問題の核心は、A級戦犯合祀の可否とか、死者への「哀悼の意」のなにが悪いのかとか、中韓の反発とかではないのです。靖国をどう理解しているか。それだけです。つまり、歴史への態度。
日清・日露戦争後の1911年に、論考「日本独特の国家主義」(『中央公論』)において、すでに河上肇が
「日本人の神は国家なり。而して天皇はこの神たる国体を代表し給う所の者にて、いわば抽象的なる国家神を具体的にしたる者がわが国の天皇なり」
と、明確に述べています。国体の概念をもっとも完結に述べた文章とも言えます。ウルトラ・ナショナリズムが社会を覆う満州事変の20年前も前のこと。
そして、靖国をこう位置づけます。
「既に国家主義は日本人の宗教たり。故に看よ、この国家主義に殉じたる者は死後皆な神として祀らるることを。靖国はその一なり」
すなわち、「日本独特の国家主義」を成立させている一装置というわけです。

戦後、政府の「靖国参拝問題に関する懇話会」の委員をつとめた江藤淳は、そんなふうには考えませんでした。論考「生者の視線と死者の視線」では、外国人には理解されえない「日本の国柄そのもの」だという言い方をしました。ようするに、靖国の存在は、国家主義などとかかわりのないものだと。
「日本人は生者のことだけを考えていい民族ではないのですね。生者が生者として生き生きと生活するためには、死者のことを常に考えていなければいけない」
それが、たまたま靖国という形になったというわけです。
わたしは、うなずけません。江藤の主張は断じてちがう、といわざるをえない。そうであるならば、なぜ空襲に焼かれた自国の市民を祀らないのか。なぜ、侵略した国々で奪った無数の命を祀らないのか。祀れないのか。なぜ、英霊は兵士(軍属ふくむ)なのか。
むずかしい話ではありません。靖国は、植民地主義をむき出しにした大日本帝国の精神そのもの、戦争遂行のための政治システムにほかならないからです。国民を兵士として消耗し続けるためには、死後は英霊になるという「担保」が必須だったのです。

説明を尽くしても、おそらく理解できないでしょう、安倍さんも小泉元総理のご子息も、日本会議のメンバーであるおおくの代議士たちも。それが超国家主義(ウルトラ・ナショナリズム)というものです。

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