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2021年8月14日 (土)

このごろのこと


詩集を3冊買いました。
いずれも現代詩、同時代人のものです。でも、買った詩人については、どんな履歴の人か、どんな詩をつくる人か知りません。
そもそも、これまでほとんど同時代人の詩を読まずにきました。


きっかけやら必然が生じたわけではなく、ふと、思ったのです。
同時代に生きている人は、詩という形をつかって、どんな言葉で、どんなことを歌っているのだろうか。どのようにして、時代に言葉を刻みつけているのだろうかと。


なんの知識もなかったので、twitterで、ある詩人(詩の世界では知られているらしいという以外に、この方についても知らないのだけど)が勧めていた2冊、それとタイムラインで書籍の映像が流れてきた1冊(表紙とタイトルの感じがよかった)を、「e-hon」のサイトから注文しました。


詩集は値が張る、は書籍の世界の常識です。たいして部数を刷らないので、どうしても一冊に乗るコストは上がってしまう。
ハードカバーの『ニューヨーク・ディグ・ダグ』(長田典子 思潮社)は税抜きで3,600円でした。『貨幣について』(さとう三千魚 書肆山田)は税抜きで2,400円。この金で、読みたい本が何冊買えただろ、などと考えてはいけない。と、自分に言いました。
ちなみに、薄く簡素なつくりの『地面』(大崎清夏 アナグマ社)は1,000円でした。そういえば、自分の詩集だって1,500円はします。人さまに勧めるには、少々高価です。


昨日からずっと雨でしたので、買ったままだった三冊の詩集を開きました。一篇読んだら、別の本をめくりといった無節操な読み方です。
足もとから、ぶちのいびきが響いてきます。きょうは、なん度一階に抱きかかえて降ろしても、じきにのぼってきてしまう。

 

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