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2021年9月

2021年9月26日 (日)

ひとハコ図書館

私立図書館から
「ひとハコ図書館」に参加しませんか
というお誘いをいただきました。引っ越して3年、わたしのことを館長さんに紹介してくださったのは、おなじ地域の古参(といってもわたしより10年弱かな)、エッジのきいた版元「共和国」の総統でした。
〈承知いたしました〉
館長さんに、二つ返事を返しました。

「言葉をとどける 〜世界はカラフル〜」
をテーマに開く図書館フェスの間、館内に「ハコ」を置きますので、そこを自分の「小さな図書館」にして最大20冊を並べてください、というのが企画の主旨。まっ、わたしは「館長」なわけです。
ハコを想像するだけでたのしい。
まずはワンテーマで、わたしの図書館名をつくらねばなりません。ちなみに、昨年の共和国の棚は「こんな世のなかはおかしいと一緒に考えるための図書館」でした。

さて、どうしようかぁ。
自室の棚を、ぼんやりと眺めました。
外にあった仕事場をたたんだときと、前回の引っ越しにより、書棚の規模はかなり縮小しました。もうこれ以上増やすまいと思ったものの、本は再びあふれだしていました。
ガラスケースつきの背の低い棚の一部と、背ぃ高の普通の棚の下段を(3つ分)、判型の大きな画集にあてていますが、ここはもう一冊も詰めこむ余地なし……。思想、宗教、近代史関係の棚も、本の頭と上板の隙間を横倒しの本が埋めています。
背表紙を眺めていると、いくつかアイデアが浮かんでは消える。そう、いつも行き詰まったときや新しいことをはじめようと思うと、こうやって棚の背表紙を眺めてきたのでした。
紙の本の存在価値は、まさにそれに尽きるのでしょう。ちいさな「ひとハコ」の無限の可能性もまた、実態として「存在すること」によるのです。

空想のなかにある、その「存在」をとりだそうというときのワクワクした感覚は、装丁のあがりを待つ時間に似ているかもしれません。
とりあえず、日暮れ前に湯屋にでかけます。風呂につかって、愉しい時間を引き伸ばし、さらに増幅してしまう目論みなのです。

 

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2021年9月23日 (木)

ちよちよ書籍化


「あのブログ、読んでいます。ほんとうならば書籍にしたいところです」
この「茶房ちよちよ」のこと。10年ほど前ですが、初対面の編集の方がおっしゃったのです。しかし現実には、会社(出版社)はそんな企画を通さないでしょうけどーーということなのですが、みなまで言わずとも互いにわかりきったことです。

ほめ言葉というのは、コケのように青々として記憶の岩場に住み着いているものです。ことに、ほめられることが、めったにない者の記憶には。
〈さて、なんの用事かな?〉
先日、その方がじつ久しぶりにメールをくださったとき、本文を開く前、とっさにあの場面がよみがえってきました。
で、本文をしまいまで読まずに、しばらく窓向こうの夕暮れ空を見上げてしまいました。まさしくそれが要件だったからです。

「Live Publishing」というのが、そのゴトウさんが今春につくった一人版元。出版活動をつうじて、現実の社会や生活に積極的に関わっていくというのが、創業の理想です。「Live」は、個々人の人生であり、暮らしであり、命であり、眼前の同時代のこと。
添付ファイルには、この3年分から抜粋した構成案がありました。瞬間しゅんかんの「覚え書き」である茶房ちよちよが、はたして、船出間もない版元の航路に、ウミガメのごとく浮かんできていいものかどうか。いったいどんな仕上がりと、読み手を想定しているものか。思案しつつ、喫茶店で返事を書きました。
「たいへん、ご無沙汰しております。提案いただきました出版のお話しですがーー」

刊行の目標は年内。元原稿があるとはいえ、やはり本づくりには相応の手がかかり、少なくない熱量が必要です。
急にいそがしくなりそうな、と思った矢先、なぜか塩漬けだったほかの案件まで呼応するかのように動きだしました。なにごとも、不可視の連鎖で動いたりとまったり、芽生えたり朽ちたり。そういうものなのだな。

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2021年9月14日 (火)

夏はもどらない

雨音が聞こえてきた。また降ってきたようです。
曇ったり、降っったりがずっと続くうちに、いつの間にか夏がいなくなっている。もう、もどってはこないでしょう。
ほんとうに夏がやってきたのか。それすらあいまいです。
記憶にあるのは、長きにわたったオリ・パラの襲来だけ。

その8月、東京都では新型コロナに感染して、医療機関ではない場所(自宅のほか外出先も含む)で112人が亡くなったとの数字を、警視庁が公表しました。先月の2.4倍。
まさに、オリ・パラ報道一色だった時期、会場となった東京の生活者にまともに医療提供ができない非常事態だったわけです。
一方、五輪強硬に躍起だった、とうの東京都は「自宅療養中の死者」を、8月から昨日(9月13日現在)で、わずか39人としています。「自宅療養」とは、よくいったものです。
つくづく、不思議な国です。

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2021年9月13日 (月)

ない

机のうえにあった茶封筒をのぞいたら、1万円しかありません。
おやおや、2万円はどこいった?
ほかの封筒に入れてたかな。山積みの書籍や資料の切り抜き、ごみでしかないチラシなどをひっくり返してさんざんさがしましたが、出てきません。
あっ!
銀行口座に入れようとして、通帳にはさんだままだった気がする。
3銀行の通帳一式をまとめたメッシュポーチを収めている、机わきの一番下の引き出しを開けました。ところが、そいつが見あたらない、のです。通帳一式の紛失はもっと大ごとです。
引き出しに入っていたものを全部かきだしましたが、どこにもありません。もう、平常心でないのが自分でわかる。汗だくになりました。
あっ!
10日ほど前だったか、この引き出しを閉めたとき、ドタっというモノ音があったことを思いだしたのです。ためしに、引きだしごとそっくり引き抜いてみましたら、底に落ちていたではないですか。
しかし、メッシュポーチのなかにお札はありませんでした。すわりこんで、少し考えました。
あっ!
急な葬祭があって、すこしまえに3万円を包んだのです。つまり、あったはずと思い込んだ現金は2万円ではなく、3万円でないといけなかった……
こんなことをしていたら、仕事らしい仕事もしないまま日が暮れますでしょう。たんなる年のせいでないことは、自分が一番よく知っていますとも。

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2021年9月 6日 (月)

「末法」「末世」の方向感覚

手にとっていた片山杜秀著『歴史という教養』(河出新書)のなかに、「末法」(まっぽう)という言葉がありました。ブッダの正しい教えが存在した世を「正法」といいます。ですから、正しい教えがなにか、わからなくなってしまった世が末法となるわけです。
ブッダの教えが薄れ、彼の後に続いて悟りの境地に達した者が、ひとりもいない世になってまった、ということ。悟りを説ける者がいなければ、その時代の菩薩たち(成仏の可能性がある修行者のことですから、わたしも菩薩のひとりです)は、なににすがればよいのかが、わからない。「末法には、末法の生き方がある」と片山氏は言います。そのとき、たよることができる綱が「史観」。

夕方、書棚にあった阿満利麿著『法然入門』(ちくま新書)を、たまたま開いて拾い読みしたところ、冒頭にあった「末世」(まつせ)が、目にとまりました。
文字通り、世も末の状況。阿満氏は「時代の常識が無力になり、生きる目的や生きがいが定かではなくなってしまっている」と、法然が生きた13世紀と現代の共通点を語る。

「末法」と「末世」。
ようするに、正しい教えによって照らしだされた価値が、すっかり見えなくなってしまった渾沌たる状況です。
それは、かつてもあり、そしてまさに今、今日のことでもあります。渾沌がきわまる社会を生きぬくための処方箋は、おそらくない。
直筆がきわめて少ない法然のそれに、「念仏為先」という4字があります。「なにを差し置いても「念仏」がすべてだという主張」(『法然入門』)なのだそうです。
すなわち「南無阿弥陀仏」です。
たった6文字の念仏は、成仏にいたる確かな方法であり、そしてひたすら願うことにこそ現生を生きぬく真理がある。法然は、そう確信しました。

「真理を方向感覚と考える。その場合、間違いの記憶を保っていることが必要なんだ」(『日本人はなにを捨ててきたか)』
故・鶴見俊輔氏が、関川夏央氏との対談で語ったこと。
ならば、パンデミックの終息が見えず、政治の無軌道ぶりが常態化したいま現在、南無阿弥陀仏を唱えることと、過去(己と人類)を問いなおすこととは同じ方向(浄土)をめざす行為といえまいか。わたしならばそのように読みます。
さまざまな方法や視点から歴史をたどってみると、いく通りもの解釈ができ、いくつもの、それこそ無数の「地図」が描けます。歴史を凝視し、俯瞰し、地図を描けば描くほど、ひとは迷う。
でも、恐れ、「迷う」ことをぬきに、よりよい未来など選択できるはずもない。おおいに、深く迷うからこそ「南無阿弥陀仏」と唱えずにおけない。
いまの権力者たちにもっとも欠けているのは、過去への真摯な問いかけではないかと思う。
南無阿弥陀仏

 

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2021年9月 2日 (木)

絵をもらう


その昔、仕事場としていた部屋の大家さんが、久しぶりに電話をくださった。
「あなたに、もらってほしものがあるんだけど。いつ、こられる?」
二階にあった仕事場の真下が、大家さんの喫茶店でした。御年91歳。とうとう店を閉めるという。で、店のものを処分しているというのです。


駅の外に出るともう陽が落ちていました。
そこから喫茶店までの道は、10年ほど前、自転車で毎日通ったものでした。ときに、ぶちとも歩いた。懐かしいと同時に、ほろ苦い季節でもありました。
月刊誌を中心に仕事をしながら、書籍をこつこつと書くというーー豊かではないけど、かろうじて暮らしていけるーー暮らしの土台が、ガラガラと崩壊した時期でした。
焙煎機から立ちのぼるコーヒーの香りが窓から流れ込んでくる。その匂いに包まれた部屋で、「なんとかなる」「道はかならず見つかる」と、来る日も来る日も自分に言い聞かせていた悲壮感が、ありありと蘇ってくるのです。
どうにもならないこともあるーー
と、現実を認める余裕は、そのころの自分にはとてもなかったのです。人生には、勝ちか負けのどちらかしかなかった……
わたしも、若かったのです。


すっかり片づいた店の壁に、れいの絵が架かっていました。
そういえば、あったなぁ
「もらってくれるでしょ? あなた、自分ではずしてちょうだい」
大家さんが言いました。津軽の故伊藤正規画伯の小品で、陶器にリンゴが3つ入っている。器の正面に描かれた一羽の鳥の黄色が、なんだか無邪気なのです。そして、氏の絵にしては珍しい金地。
まさに、この真上の部屋を借りていたとき、ある企業の広報誌に一話読み切りの紀行文を連載しておりました。津軽篇のとき、五所川原の画伯の絵のことに触れました。なぜかといえば、目の前の椅子に座って、この絵をほぼ毎日眼にしていたからなのです。


片づけをしていて偶然そのときの読み物を見つけた大家さんは、つい読みふけってしまったそうです。で、読み終えてすぐに、あの電話をかけてくださったのだと。
紙袋に入れた絵を抱えて、家の最寄り駅にたどり着いてみると、土砂降りでした。
よりによって、こんなときになぁ
どうしたものかと、駅舎のガラス窓越しに暗い空をぼうっと眺めていたら、いつの間にか、あの部屋の窓辺に立って雨を眺めているような気になっていました。
時間を巻きもどすことなんか、できるはずもないのに。巻きもどしたいとも、思ったこともないのにーー
なぜか過去に引っ張られるのです。

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